第36話 アルの過去①(アル視点)
その頃のアルベルトは全く笑わない子供だったらしい。らしい、と言うのは、当時の記憶がひどく不鮮明だからだ。
ユーイン王国の第二王子として生を受け、物心がつく前から厳しく育てられた。王族として、王子として、周りの期待と信頼を損なわないよう必死だった。
お前はいずれ王太子殿下の臣下となる身なのだからと言われて育ち、我儘を言うことも許されず、言われるがままに物事をこなす。我慢が当たり前になり、感情が抜け落ちた。それは自我を持たない操り人形のようなものだった。次第に自分が何がしたいのかわからなくなっていった。
4つ年上の兄のジークフリートは王太子だった。何をしても許された。望めば何でも手に入った。いつも傲慢で居丈高な態度は非常に不愉快だったが、なまじ王太子と言う地位であったが為、そのことに甘んじており、周囲もそれを受け入れているようだった。
ジークフリートはアルベルトを酷く毛嫌いしていた。暗い子供だ、お前のような奴が弟で恥ずかしいと、事あるごとに見下し、蔑んだ。時には暴力も振るわれた。
王太子である兄に逆らう訳にはいかず、されるがままになっている弟を、ジークフリートは激しく罵った。
「お前なんか死ねばいいのに」
アルベルトの心は折れる寸前だった。
その時、一番に心配してくれたのは、パステルダール侯爵だった。幼い頃から何かと気にかけ、可愛がってくれていた。アルベルトも「パステルのおじさん」と慕っており、いつも暗い顔のアルベルトを優しく、時に厳しく励ましてくれた。
それは同情からくるものだったのかもしれないが、その頃のアルベルトには必要なものだった。彼は恩人のようなもので、今でも頭が上がらない。
◇
アルベルトが7歳の時だった。
ジークフリートからの、躾と言う名の折檻に耐えかね、逃げるように裏庭の茂みに蹲っていた。
その日は晴れ間のないどんよりとした天気だった。
「どうしたの?」
突然、同い歳くらいの小さな女の子がアルベルトの前に姿を見せ、顔を覗き込んできた。ビックリしたアルベルトは咄嗟に顔を背けた。
「元気ないね」
と、女の子が話しかけてきて、「はい」と差し出してきたものは紅い色の飴玉だった。
「甘いもの食べると元気が出るよ」
アメジストのような瞳をパチクリと瞬かせ、真っ直ぐにこちらを見つめてくるとても可憐な女の子にぽうっと顔が赤くなり、気がつくとアルベルトは飴玉を受け取っていた。
それを口に含むとイチゴ味の優しい甘さが広がって、なんだか無性に泣きたくなった。
女の子はそのまま隣に座り込むと、何も語ろうとしないアルベルトを特に気にする様子もなく、ひとりで話し始めた。
お父様と一緒に王宮に来たのに広くてはぐれちゃった、こんなに大きいお城初めて見た、お城ってやっぱりお化けが出るのかな、お化けとブロッコリーがこの世で一番苦手なんだとか、聞いていてアルベルトはちょっと吹き出した。笑うのなんて久々で、そんな自分に戸惑った。
それから唐突に、こんなことを言い出した。
「ねぇねぇあなたジークフリート様って知ってる?」
アルベルトはビックリして、女の子に振り向いた。
「わたし、ジークフリート様の婚約者にさせられるかもしれないの。それがすっごくイヤでさ」
彼女曰く、正式に婚約させられる前に、領地に引きこもってしまえば、なかったことにされるだろう。だから今度お父様にお願いして領地に遊びに行くんだ。行ってしまえばこちらのもの。もう一生出て来ない。ね、いい計画でしょ。内緒だよ。
ニシシッと悪戯っぽく笑う彼女があまりにも切なくて胸が締め付けられた。
「だったら俺が結婚してやるよ」
それは無意識に出た言葉だったが、アルベルトはこの言葉がストンと胸に落ちた。この子は自分が守ってやらなくちゃ。ジークから守れるのは自分しかいない。何故だかそう思った。
女の子は大きな瞳をパチパチと瞬かせ、
「あなたって王子様みたいね」
囚われのお姫様を助けにくる王子様みたい。昨日絵本で読んだの。と、とろけるような笑みを浮かべた。
「あ! お父様だ!」
女の子は立ち上がり、「じゃあね」と言って駆け出した。彼女が飛び付いたのはパステルのおじさんだった。王太子の婚約者にさせられちゃうと言う言葉に、そこそこ身分の高い子供なんだろうとは思っていたが、パステルダール侯爵の娘なら納得だ。
あ、そういえば名前を聞くの忘れた。迂闊な自分を恨んだ。
よろしければ、ブックマーク、☆評価、いいね、で応援していただけたら嬉しいです。励みになります。
◇
[短編]婚約破棄され殺された、とある悪役令嬢の夢
https://ncode.syosetu.com/n5017hy/
こちらも是非覗いてみてください。




