第35話 一度は言ってみたいセリフなんだけど。
それは、とある昼過ぎの、まったりとした時間。
ソファに隣り合って座りながら、アルがお茶請けの大ぶりのマドレーヌを「あーん」と言って口に押し付けてきた。
私はそれを半分齧ったが、アルは更に残りをグイグイ押し付けてくるので、仕方なく全部口に含む。
口の中に広がるマドレーヌは甘さも程よく本当に美味しい。さすが王宮のパティシエの作るお菓子は一味違うね。
口いっぱいにモグモグと頬張っていたら、アルがぱぁぁと顔を輝かせて、「うわっリスみたい」と言って、頭を抱き抱え髪をくしゃくしゃに撫で回してきた。
「ヴィー可愛い可愛い。なんだこれ。すごく可愛い。俺は今、奇跡の瞬間に立ち会った!」
やめんかい。オモチャにされてる気がするんですけど。
今度は紅茶のカップを口に運んで来たので、ひと口飲み込む。すかさずまたマドレーヌを口に押し付けてくるアル。私は反射的にそのマドレーヌを大きく口を開けて頬張った。
「うわーヤバ……俺を萌え殺す気か」
また髪を揉みくちゃにされ、「可愛い可愛い」と言いながら、頭にキスの嵐が降り注いだ。
何がアルのツボに入ったのか知らないが、もう好きにしてくれ……私は無我の境地で、アルの奇行を見守った。
「ヴィーはこんなによく食べる子なのに、ちっとも太らないよね。不思議」
「えー? 太らなくていいよ。コルセット締めつけたくないもん」
「ダメダメ。もっと食べて、もっと肉付き良くして、もっと抱き心地良くなっておくれ」
そう言いながら、お腹を摩ってきた。
「何よ。見たこともないくせに」
「じゃあ、見せてよ」
「やだよ」
「いいじゃないか。確認するだけ」
「やだって! アルのスケベ」
「ああ、俺はスケベだよ。だから早く見せろ」
「ひ、開き直ったわね〜!? アルのどスケベ! 変態! 変態!」
「何とでも。ヴィーの裸体を熟視する為ならどんな謗りでも受け入れよう」
「あのね。こんなの見たって楽しくもないよ」
「馬鹿を言うな。これ以上に楽しいものあるか」
ソファに押し倒され、押し返し、見せろ、やだよの応酬が続く。
「近いうち君は俺に美味しく頂かれちゃうわけで、そうしたら全身隈なく堪能されちゃうんだよ? だからさ、もう覚悟決めよう、ね?」
私は喉の奥がヒュッと鳴った。
グイグイ迫り来るアル。瞳が爛々と輝いている。
ヤバい。このままだと犯されちゃう!!
「アアアアル! 一旦落ち着こう。正気に戻って! 冷静に!」
「俺はいつも冷静だ」
「どこが!!」
誰か助けて……
視線を彷徨わせると、お兄様と目が合った。
お兄様が侮蔑の表情を浮かべている。
「人前でイチャイチャイチャイチャ、なんなのお前ら。見てるこっちが恥ずかしくなるわ。いい加減、離れろ」
ここはアルの執務室なので、当然、お兄様もクリス様も在席しております、はい。
強制的にベリベリと引き離される私たち。
助かった……と安堵の溜息を吐く。プロポーズされてから、アルは人前でも強引になってきた。先程言っていた、美味しく頂かれちゃうのも時間の問題かもしれない。結婚まで貞操を守るのは難しそうな予感。南無三。
アルが恨めしげな顔でお兄様を睨んでいた。
「邪魔するな」
「お前はもう少し自制心を持て。見境がないのは嫌われるぞ」
「俺のものを俺の好きにして何が悪い」
「お生憎様。ヴィアンカはまだうちの子なんで。早く返せ」
「駄目だ。この子は誰にも渡さない。俺から奪うつもりなら身内であろうと容赦しない」
「お前はいちいち発想が物騒なんだよ」
「ハッ、小舅が偉そうに」
「お前なぁ!」
「なんだよ。やるか」
殺気のこもった睨み合い。
ひぇぇ! 喧嘩しないで!
焦った私は思わず大声で口走るのだった。
「私の為に争わないで───!!」
……途端にシーンとなるのは居た堪れないのでやめてほしい……
ちなみに。
こんな私たちのくだらないやり取りを完全に無視し、ひとり黙々と仕事を続けるクリス様はできたお人だと思う、今日この頃。
次回からアルの過去の話(アル視点)に入ります。
少し重い雰囲気の話です。
数話続く予定。
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◇
[短編]婚約破棄され殺された、とある悪役令嬢の夢
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