第31話 避暑地にて②
桟橋にボートを戻して、一番最初にしたことは、アルに抱きつくことだった。
「アル、ありがとう。嬉しい。私もアルを幸せにする。一緒に幸せになろ! 一生そばにいるからね。アルが世界で一番誰よりも何よりも大好きだよ!」
「わお。熱烈だねー」
私は思いっきり背伸びしてアルの首に腕を回した。アルが少し屈んでくれたので、私はアルの唇にキスをした。
それから今度はアルが私の腰を掴んで身体を持ち上げてきた。「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げる。目線の高さが同じになる。大好きな深い海が目の前に。回した腕に力を込め、私たちはもう一度唇を重ねた。
「こっちこっち」と手を引かれて、木陰でひと休みする。
一本の大きな大きな樫の木の下。そこにピクニックみたいにシートが敷かれ、お茶の準備がされていた。その手際の良さに感心してしまう。
辺りには数名の使用人と護衛が待機していて、私たちは決してふたりきりにはならない。なれないのだ。アルはもう慣れた感じで気にも留めていない。
木の根元にもたれかかって座り込み、用意されていた冷たいレモネードを手に取った。程よい酸味と甘さが、喉に心地よい。冷たい飲み物を即座に用意出来るのも、王家の財力の証だよね。
ここは空気も美味しいし、自然もいっぱいですごく綺麗な場所だ。なにより涼しいしね。王都からこんなに近いところにあるなんて信じられない。王家はいろんな場所に別荘を持っているみたいで、その圧倒的な権力にはいつも翻弄されてしまう。
私はアルの肩に寄りかかって、そっと目を閉じた。私は果報者だなと、その幸せを噛み締める。手を繋ぎながら、アルの指に嵌められた指輪をクリクリと弄んでいると、
「くすぐったいよ」
と、アルが可笑しそうに言った。私は目を開けて微笑みを返した。
それから、アルの手を取って、自分の指輪と一緒に眺める。ホントに嬉しい。素敵……と、うっとりと見比べていると、ふと気がついた。同じデザインなんだが、微妙に違うことに。なんて言っていいか、こう流線形の曲がり方というか線の入り方というか。
何の気なしに疑問を口にすると、アルは右手で顔を覆い、耳まで真っ赤になっていた。
「素人の手慰みだと思って許して……」
「えっ!?」
この反応に、まさか、と思った。
「まさか、アルが作ったの!?」
「うん……」
嘘でしょう。
凄い。前から手先が器用だとは思っていたけど……ホント多才すぎ。
少し前、バルトル地区の水害による崖崩れの視察で一週間ほど留守にしていた時があった。その帰りに、キースの工房に寄ったらしい。
「えっ! パステル行ったの!?」
「うん……」
アルは立て膝をして、顔を埋めちゃった。
「恥ずかしいから、あまり聞かないで……」
なに、この可愛らしい反応。キュンとしちゃうじゃないか。
思い返せば、パステルにいた頃、初めてペンダントをプレゼントされて、それがアルの手作りによるものだとバラされた時も、同じように頭を抱えて、盛大に照れていたっけ。
このお揃いの指輪は、世界に2つとない、かけがえのないものだった。この時の私の歓喜はとても言葉では言い表せない。アルがもうたまらなく、気も狂わんばかりに愛しかった。
「一生大切にするね。私がおばあちゃんになってもずっとずっと」
大切な宝物。一生忘れない想い出。
「私ね、小さい頃アルから貰った手作りのペンダント、今でも身につけてるよ」
「うん、知ってる。ヴィーの胸を触るといつも手に当たるだろ……って、イテテ」
私は無言でアルの頬をつねった。
避暑地からの帰り、馬車の中で尋ねた。
「ねぇ、キース、アルのこと怒ってなかった?」
「開口一番に怒鳴られたよ。突然いなくなってこの薄情者!って。君と婚約したって言ったら凄く驚いてた」
「そっかぁ」
私はふふふっと笑った。
「パステル、私もしばらく行ってないなぁ」
「今度、一緒に行こうか。想い出巡り、まだしてないよね」
「うん!」
アルと繋いだ手にぎゅっと力を込める。
「今日は本当にありがとう。最高の一日だった」
「よかった。君が暑さで溶けちゃう前に連れ出せて」
「は! そうだった! 王都に帰りたくないよぅ」
「またいつでも連れて来てあげるって」
アルがクスクスと笑ってる。
そんな、他愛もない話をしながら、馬車は進む。次第に私はうとうとし始めた。
「眠いなら寝てていいよ」
「ん……」
アルの肩にもたれかかると、優しく髪を撫でてくれた。
アルの声はとても心地よい。凪いだように透き通る声。彼の声を遠くに聞きながら、私は眠りに落ちていった。
「……ヴィー、出会ってくれてありがとう。君に出会えたことは俺にとっての奇跡だよ。君があの時王宮に迷い込んで来なかったら、俺は今頃どうしていただろう……今でも暗い顔でジークの傀儡になっていたのかな。君は俺の光、俺の希望、俺の未来、俺の全て。ヴィー愛してるよ、心から愛してる。一生君を手放さない……」
アルの囁きが、私の耳に届くことはなかった。




