第30話 避暑地にて①
アルが何でうちまで来たのかというと、デートのお誘いに来てくれたようで、毎日暑い暑い言い続ける私を見兼ね、王家の避暑地に連れて行ってくれるという。
この日差しの中、外出するのはちょっと……と尻込んでいた私だが、「涼しいところだよ」のひと言に即座に飛び付いた。
馬車に揺られること2時間、見えてきたのは深い緑に囲まれた立派な別荘だった。
馬車を降りると、新緑の香りがした。そよそよと吹く風が心地よい。私は大きく伸びをした。
「すごく気持ちがいいところだね!」
アルは満足気に微笑んでいた。
別荘で一休みした後、私たちは森の中を散歩に出かけた。辺りの木々から木漏れ日が差していて、薄暗いのに明るい。
いつものようにアルが手を差し出してくるので、私はその手を握った。手を繋いで歩くのは最早当たり前になっているから、特に文句はない。
「アルは暑くないの?」
「そんなヤワな鍛え方してないよ」
「ふーんだ。どうせ私はヤワでか弱くて病弱で純粋で清純な深窓のご令嬢ですよーだ」
「誰のことだい、それ」
しばらく歩くと、湖が見えてきた。
水面に光が反射して、キラキラと輝いている。すごく綺麗。私は胸いっぱいに息を吸い込んで、マイナスイオンを全身に浴びる。
「あ! ボートがあるよ!」
「乗る?」
「乗るー!! ね、私が漕いでもいい?」
「いいけど、気をつけてね」
私はウキウキとはしゃいでいた。
アルに手を引かれて乗り込むと、オールを力一杯動かした。
「うっ、結構、重い、かも、よっ、んっしょ、んっしょ、よっ、んっしょ、んっしょ」
奇妙な掛け声をかけながら、懸命に漕ぎ続けるも、あまり進まない。アルはくすくす笑いながら見守りつつ、好きにさせてくれている。
しばらくして、私は根を上げた。
「あー、もう、腕が、限界……」
「ほら、代わるよ」
場所を移動して、アルが漕ぎ出す。あの重たいオールを羽根のように軽々と。す、凄い。
「はー、アルがカッコ良く見えるよ」
「それはどーも」
湖の中腹辺りまで来た時、アルは漕ぐ手を止めた。
水面の光が眩くて、目を細める。時折吹く風が、髪を揺らした。日傘を傾けて、空を仰ぐと、雲ひとつない青空。
そして、目の前には大好きなアルがいて。
ああ、なんだか今、すごく穏やかな気分。
「楽しい?」
アルが聞いてきたので、
「すっごく楽しい。来てよかった。連れて来てくれてありがとう」
笑顔で答えると、アルも嬉しそうに笑った。
「ヴィーにはいつも隣で笑っていてほしい」
アルは言った。
「ヴィーの怒った顔も拗ねた顔も泣いた顔も、全部好きだけど、笑った顔が一番好きだな」
懐から小箱を出してきて、パカリと開けた。中にお揃いの指輪がふたつ並んでいた。
私は目を見開いて、アルと指輪を交互に眺めた。
アルが少し照れたように、小さい方の指輪を、私の左手の薬指に嵌めてくれた。金色の、途中で捻りが入った螺旋のような流線形のデザインで、それは私の指にピッタリと収まった。
「結婚式には王家に代々受け継がれる指輪を贈るから、これはそれまでの代わり」
はにかむアルの顔が、ぼやけて見える。涙が目に溜まって溢れた。
「どうして泣くの」
「だって……嬉しくて……」
アルは少し困った顔で笑った。
「俺にも嵌めてくれる?」
私は頷いて、大きい方の指輪を手に取った。デザインは同じだが、こちらは銀色。それをアルの薬指に嵌めて、クスッと笑った。すぐにわかったよ。アルの意図が。
「俺は独占欲の塊だからね」
そう堂々と告げるアルが、たまらなく愛しい。
「これから先、楽しいことばかりじゃない。辛くて苦しいこともたくさんあると思う。でも俺がずっとそばに居るから。君の笑顔は俺が守る。必ず幸せにするよ。約束する。だから俺と結婚してください」
アルが手を握りしめて、言った。
涙が溢れて止まらない。
「…………はい」
掠れる声で、そう答えると、アルは顔を綻ばせた。「ヴィーの泣き虫」と、優しく涙を拭ってきて、私は気が遠くなるほどの多幸感に酔いしれた。




