第27話 狂気②
アルが泣いている。肩を震わせ声を殺して。全て私のせいだ。
私は身体を起こし、アルを精一杯抱きしめた。腕の中で、アルが震えている。
「アル、ごめん、ごめんね。私もアルが大好きだよ。絶対に離れない。信じて」
嗚呼、私は馬鹿だ。こんなにもアルを傷つけて、一体何をやってるんだろう。つまらない意地を張って、アルを避けて、私は正真正銘の大馬鹿だ。アルはこんなにも私を愛してくれてる。求めてくれている。それだけでいいじゃないか。
「私はアルのものだよ。アルの好きにしていいよ。壊したいなら壊せばいい。それでもアルが好きだから」
彼の告白を聞いて、私の胸に湧き上がったのは途方もないほどの歓喜だ。アルの激しい想いが嬉しくて仕方がない。
それほどまでに、私もアルを愛しているのだと伝えなければ。
「私はアルのものなのに。それなのに、アルが私だけのものにならないことが悲しくて悔しくて、拗ねちゃってただけなの。でももういい。もういいよ。折り合いつけるよ。アルは何も心配しなくていい。大丈夫、大丈夫だからね」
頭を撫でると、アルは顔を上げた。涙で濡れた瞳がキラリと光った。泣き顔も麗しいなんてアルは卑怯だな。
こんなにもアルが愛しい。どうして、一瞬でも離れようだなんて思ってしまったんだろう。
「アルがこの先誰かを娶らなくちゃいけなくなっても、大丈夫なようにするから。今はまだ冷静でいられないけど、その時が来たら、ちゃんと受け止めるから。だから、お願い。一番だけは私でいさせて。アルの一番は私なんだって、思わせて。それだけは、お願い……お願いよ……」
瞳に涙が浮かぶ。泣いちゃダメだ。泣いて困らせたくない。それなのに、瞳に涙がどんどん溜まっていく。情けない。
「……ヴィー? なにを言ってるんだ? 君以外となんて考えたこともないよ」
「だって、アルは王族だもん。自分の意思とは関係なく、婚姻を求められることもあるんでしょう? 本当は嫌だけど絶対に嫌だけど、それはどうしようもないことなんでしょう? だから折り合いつけなきゃって、覚悟を決めなきゃって、そう思って……いたんだけど……」
声が震える。
涙が堪えきれなくて、ポロポロ溢れ落ちた。
「アルがその唇で私以外の誰かに口づけて、アルのこの手で私以外の誰かを抱くなんて、想像するだけで気が狂いそうだよ! こんな思いするくらいなら、いっそのこと婚約破棄してしまった方が楽になれるかもって考えもしたけど、でもやっぱりダメだった。アルと離れたくない。離れたくないよ……」
アルにしがみ付いて、ひっくひっくとしゃくり上げる。子供みたいな自分が憐れで嘆かわしい。でも止まらない。
「もうどうすればいいかわかんない。こんなに好きにさせて、責任とってよ! アルのバカ! どうして王族になんか生まれちゃったのよ……」
そこまで言ってしまって、サッと青褪めた。
言ってはいけないことを口走ってしまった。慌てて、口をつぐむ。
「な、なに言ってるんだろ、私。ごめんなさい。忘れて……ホントにごめ、」
急に唇を塞がれた。それは怒ったような噛み付くキスで、少し痛かった。
「ヴィー。君はそんなことで悩んでたの?」
「そんなこと、じゃないよ。私にとっては」
「君はバカだよ。俺のことをちっともわかっていないんだな。どうしてそんな愚かな考えに至ったのか、理解に苦しむよ」
「よく聞いて」と、額に額を合わせて、アルが言った。
「君は側妃の存在を心配しているみたいだが、そんなもの、俺には必要ない。君さえいればいい。それだけは自信を持って言える」
「そ、そんなの、わかんないじゃない。止むに止まれぬ事情が出てくるかもしれない。これは私たちだけの問題ではないんだから」
「関係ない。君を泣かせるくらいなら俺は全てを捨てるよ。こんな不自由な身分なんていらない。もし万が一どうしようもなくなった時がきたら……そうだな……ヴィー、俺と駆け落ちしてくれる?」
私は息を呑んだ。
アルがそんなふうに考えてくれていたなんて。
「……アル……!」
私はアルに思いきり抱きついた。
「勿論だよ! どこまでもついて行く。アルと一緒ならなにも怖くない。安心して! アルがどんなに落ちぶれちゃっても、私が養ってあげるからね!!」
アルは、「う、うん?」と口籠もりながら、抱きしめ返してくれた。
「俺は永遠にヴィーだけしか愛さない。ヴィーとしか結婚しない。誓うよ」
「ほんとう? アルは私だけのアルでいいの?」
「そうだよ。俺は君のもの。君は俺の一番で唯一だよ。だから変なこと考えるな」
アルの指が優しく涙を拭ってくれて、そっと瞳を閉じると、唇が重なった。今度は甘く穏やかなキスだった。
「ヴィー、約束してほしい。これからは溜め込まないで、なんでも言って。愚痴でも不満でもなんでもいい。ちゃんと言葉にして、ふたりで対処しよう。今回みたいに黙って避けられると俺も不安になるよ」
「そ、そうね。私が悪かったわ。これからはなんでもアルに相談する。すれ違うカップルの7割がコミュニケーション不足って言うしね。うんうん」
「へぇ……そんなのあるんだ」
「いや、私調べだけど」
「なんだよそれ」
アルがベッドに横たわるので、私もそれに倣ってアルに擦り寄った。腕枕で私を抱き寄せる。私は幸せで胸がいっぱいになった。
「ヴィーには泣かされてばかりいるな。誰かの前で泣いたことなんてないのに。ヴィーだけだよ。俺の泣き顔を見たのは」
「そういえば、小さい頃も泣いてたね。私が木から落ちた時」
「あの時も俺は衝撃で目の前が真っ暗になったけど、君は平然としてるし。昔から君は予想外のことばかりやらかすから、俺は振り回されてばっかりだよ」
「うふふっ」
「これから先も一生振り回され続けるんだろうなぁ……」
なんだか少し嬉しそうに言うので、私はアルの頭をナデナデした。「よろしくね」と言うと、アルは困った顔をしたけど、否定はしなかった。
「そろそろ帰るよ」
と、アルがベッドから起き上がった。
辺りはもうすっかり日も暮れ、月明かりが窓から差し込んでいた。
私は「ヤダ」とアルの腰にしがみ付いて駄々をこねた。
「泊まっていけばいーのに……」
「あのねぇ……もしかして誘ってる?」
と、意地悪く言ってきたので、慌てて手を離した。
「君が許してくれるなら、俺はいつでも喜んで応じるんだけどな」
と、頬っぺたをつついてくる。
「俺もヴィーと離れたくないけどさ。君の父上も兄上も怖〜いから」
笑いながら、「一番怖いのは君だけど」と言って、優しく口づけてきた。
しばらくして、「ねぇヴィー?」と呼びかけられた。
「俺の中に潜んでいる狂気を、生かすも殺すも君次第だってことは忘れないでね。俺に君を殺させないでくれよ」
と、耳元で囁いて、そのまま首筋にものすごい強さで吸い付いてきた。
くっきりと残るキスマークに、アルの言葉が被さって、私は目を見開いた。
「な〜んてね。冗談! 冗談だよ」
その時のアルの笑顔が、一番怖いと思った。




