第22話 婚約
その日は快晴で、雲ひとつない天気だった。心まで晴れやかになる気がする。
「本当にいいんだな?」
と、お兄様は言う。
「無理そうだったらいつでもやめていいんだからね」
と、お父様は言う。
馬車の中で、二人が心配そうに私を見守る。
私たちは、本日行われるアルベルト王太子殿下との婚約の儀のため、王宮へ向かう最中である。
「無理などしておりません。ご配慮いただきありがとうございます」
私は礼をして微笑んだ。
王宮へ到着し、お父様の先導で、儀式が行われる広間へと歩みを進める。
城の中はシンと静まり返り、私たちの歩く足音だけが響き渡る。
案内された部屋の中には、国王陛下を始めとし、王妃様、第一王女のフランチェスカ殿下、宰相閣下、そして……アルベルト王太子殿下のお姿が。
1ヶ月振りに目にするアル。正装に身を包むその姿はまるで絵のように眉目秀麗で、私は食い入るように見入ってしまう。アルはこちらを振り向くと、花を綻ばせるように笑った。嗚呼、素敵すぎて気絶しそう……
婚約の儀と言っても、婚約宣誓書に二人で名前を書き込み、見届け人として陛下のサインと玉璽を押印するだけだ。宰相閣下が宣誓書を確認し、婚約の認可を宣言する。
私たちは目配せを交わしてから、二人並んで最敬礼すると、拍手が巻き起こった。
「アルベルト、お前も婚約者を得てようやく半人前だ。これからはより一層務めに励むように」
「承知しております」
陛下から激励の言葉を賜り、頭を下げる。
次に、お父様と向き合う。
「殿下、娘のこと頼みましたよ」
「命に替えましても」
アルとお父様は握手を交わした。
その後、アルはお兄様の方へ頭を向け、軽く頷き合っていた。
婚約の儀が終了すると、アルが私の両手を握りしめて言った。
「ヴィー、これからよろしくね」
「こちらこそ」
アルが今までにないくらいの極上の笑顔を向けてくるので、私も釣られて顔を綻ばせる。
「パステルダール侯爵、ヴィアンカ嬢を少々お借りしても?」
「どうぞ」
「帰りは責任を持って送り届けますので」
アルはそう言って、私の手を引いた。
「ヴィー、行こう」
連れて来られた先は、アルの自室だった。そこは侯爵家の貴賓室なんかよりも遥かに広くて豪華で洗練されていた。ひと目で高価だとわかる調度品で構成されており、部屋と言うより、最高級ホテルのようだ。
私ははしたなくキョロキョロしてしまう。そんな様子を、アルは笑いを堪えながら見ていた。うぅ……後でゆっくり見学させてもらお……
「とりあえず座って」
促されソファに腰を掛ける。溺れそうなほどふかふかで座り心地は抜群だ。アルが隣に座ってきたので、「あれ?」と思った。当然対面に座ると思っていたからだ。
程なくして、メイドさんがお茶を給仕しにきた。温かい紅茶の香りに包まれホッとなる。
先程からアルが微笑みながらずっとこっちを眺めているので、なんだか居た堪れなくて、小声で囁いた。
「あんまり見つめられると穴が空いちゃうよ」
すると、あろうことか頬にキスしてきたので、私は慌てて飛び退いた。メイドさんも多分ギョッとしているだろう。
真っ赤になってアワアワしていると、
「可愛いね」
とニコニコして言うので、卒倒しそうになった。
アルはお立場上、人前でこういうことしてこないと(勝手に)思っていたのでビックリした。二人きりだと割と大胆で強引なのは知ってたけどさ。
メイドさんが退出していくと、アルは私の手の甲に軽く口づけた。
「やっと君が手に入った」
蒼い瞳がゆらゆら揺らめいている。
そして、力一杯抱きすくめられた。
「ああ、ヴィー。可愛い可愛い、俺のヴィー。好きだ。すっごく好き。ずっとこうしたかった。夢みたいだ」
そう言って、頬にチュッチュ、額にチュッチュ、唇を舐め回され、耳朶を口に含まれ、首筋に舌を這わされ、胸に顔を埋めて、スンスンと匂いを嗅がれ、髪をこれでもかと揉みくちゃにされ、目が回る。
ある程度好きなようにさせておいて、ひと通り愛でられた後、太ももを撫で回してきたところで白旗を上げた。
「待って待って待ってってば! もう満足でしょ」
「まだ全然足りないけど」
悪戯っぽく笑うので、私は途方に暮れた。
やっぱりアルはいつものアルでした……
「アルってさ、ストイックに見えて、実際は相当スケベだよね」
アルは心外だと言わんばかりに目を丸くした。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
求められるのは素直に嬉しい。
「ヴィーにだけだし」
「私以外にもこんなことしてたらある意味尊敬しちゃうよ」
私は溜息を吐いた。
「ヴィーが婚約者になってくれたのが嬉しくてさ。かなり浮かれてる」
「私も嬉しい。アル、本当にありがとう」
「幸せだ。幸せすぎておかしくなりそうだよ」
「……うん」
「一生何があっても離さないからね。覚悟しておくように」
「……うん」
「ヴィー好きだよ」
アルの腕の中で、「私も」と呟く。
こんなに幸せでいいんだろうか。アルが諦めないでいてくれたおかげで、今こうしていられるんだと思ったら、愛しさが込み上げて切なくなった。一生この人を支えていこうと心に誓った。
「もう。アルのせいで髪がくしゃくしゃだよ」
「おいで。直してあげる」
そう言うと、一旦髪を解き、手櫛で漉いた後、丁寧に編み込み始めた。
私は心底驚き、
「なんでこんなことまで出来るの?」
と、聞いた。
「たまにフランの髪を結ってあげたりしてるよ」
フランとは今年5歳になるアルの妹君のフランチェスカ殿下のことだ。
「へぇ……アルってホント器用だよね。いい旦那様になるよ」
「ヴィーに捨てられないように頑張るよ」
アルは苦笑していた。
そうやって、しばらく二人で戯れ合っている時、
「今度、里帰りしようか。パステルに。想い出巡り」
と、アルが囁いた。
「いいね。楽しみ」
そう答えて、アルにしがみ付いた。




