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セイバートゥース ~魔を狩る牙~  作者: 夢見シン
陽の下で咲く少女
11/20

2

 空護達が日ノ出市に着いたのは夜明け前――東の空が白んできた頃だ。風真に起こされ最初に聞かされたのは、帰還してすぐの報告場所に空護の家が指定されたことだった。


 いつもなら、ゆっくり休んで後日こちらから鶴乃宅に赴き報告しているのだが、今回は早急に報告しなければいけない事案がある。既に鶴乃は大和家で待機しているらしい。


 そんな理由で空護を乗せた車は寄り道せずに《喫茶YAMATO》へ進路を向ける。


 家に到着した頃には既に空が明るくなっており、空護は車から降りると数時間座りっぱなしで固まった体をこれでもかと伸びほぐした。


「寝足りねぇ。このまま布団に直行したい」


 そんな願望は鶴の一声で一蹴される。


「そうしたけりゃとっとと報告済ませな。寝起きのコーヒーぐらい出してやるよ」

「鶴さん、ここ俺ん家だよな?」

「家主の了解は得てるよ」


 ――あぁ母さんね。


 空護は自分の家の客間に招かれるというシュールな扱いに嘆息しつつ、報告を済ませるべく努めて迅速に行動した。全ては一刻も早く安眠したいがために。


 煉と風真、そして源一郎も勝手知ったると客間へと移動した。因みに車から降りた時点で全員が覆面を外している。全員の素顔を見て神代日向は初めて驚いた表情を見せた。


 空護らが子どもだとは思ってなかったらしい。


 決して広くない客間は中央に長テーブルとソファーが置いてあり、空護達と神代日向と鶴乃の計七人が入ると結構な圧迫感があった。当然ながら席が足りる訳がなく、更に一つは鶴乃が占拠しているので、ここは紳士的に年長者と女子に残った席を譲って悪ガキ三人は眠い中で立ちに甘んじることになった。


 ただテーブルにはしっかり人数分のコーヒーが用意してあった。まさか鶴乃が入れた訳ではないだろうが、一応一口啜って確認。


 ――うん。間違いなく母さんの味。


 そうして一息入れた所で、鶴乃が「さてと」と本題を切り出した。


「大体のことは源一郎から聞いているが、改めて成果を報告してもらおうかね」


 空護は岩戸村に着いてから山でヒグマの変化をどうやって仕留めたか、その後どのようにして神代日向を引き取る羽目になったかを詳細に報告した。ただし本人の前なので、村人――特に門脇――が吐いた彼女に対する悪態は極力省略してだ。


 全てを聞き終えて、鶴乃は改めて空護達に労いの言葉をかけた。


「聞けば聞く程しんどい仕事だったねぇ。まぁ無事に帰って来てやれやれだよ。ご苦労さん。そして空護、あんたがやらかした件だけど……」

「問題になったらその時に言ってくれ」

「反省なしかい。いや、あんたがするとは思ってないけど。それより……神代日向さん、あんたのことを話しておかないとね」

「……はい」


 鶴乃に話しかけられて彼女ははっきりと返事をした。これこそ早朝報告会の本題だった。


 これが片付けばようやく寝むれる。厄介な案件だが源一郎が連絡した段階で鶴乃も考えているだろう。 きっと二人で今後の良案を捻り出してくれる筈と空護は疑わない。


「こっちでも連絡を受けて話し合ってね。結論を言うと、あんたには当分この家で生活してもらうことになった」


 出してくれる筈…………はい? なんですと?


「因みにそこにいる金眼の坊やが家主の息子だよ。大和空護ってんだ。空護、挨拶しときな。どうせ自己紹介なんてしてないだろ」

「えっ、いや……あの」


 ――ちょっと待て、それどころじゃなくて、なんでそんな話になってんだ?


 いきなり過ぎる展開に空護はテンパって思わず親友二人に目を向ける。しかし全く意味がなかった。当然だ。二人もあまりの出来事に戸惑いを隠せていない。するとこの話のもう一人の当事者はこっちの動揺を察していないのか、このタイミングでご丁寧に挨拶をしてきた。


「神代日向です。あの……宜しくお願いします」


 お前もお願いしますじゃねぇよ! とっくに名前なんて知ってるっつうの、って言うかなにを簡単に受け入れてんだよ! こんな会ったばっかの男子と一緒に住めって言われてなんか言うことないんかい!? 俺なんかあり過ぎて逆になにも言えねぇよ!


 空護の動揺を察して、問いたい疑問を口にしたのは源一郎だった。


「鶴さん待った。性急すぎて空護が戸惑ってるじゃないか。まずなんでそうなったのかを説明しないと」

「うん、全く以って正論だけど、多分聞いても反論しようがないよ。だから説明を端折ったんだけど、それでも聞くかい?」

「……頼む」


 反論しようがないとは引っかかるが、それも聞いてみないと納得できない。空護は鶴乃が諭すように語る真相に耳を傾けた。


「源一郎からその娘の話を聞いた段階で、真っ先に誰かがしばらく面倒を見なきゃって話になったんだよ。そしたらある人が『提案者であり《実行役》が責任を取るべし』だって主張してね、それで空護の家で世話することになったんだよ」


 そこまで聞いて空護には嫌でも察しがついた。そんなことを言う誰かさんは知っている限り一人しかいない。


「一応聞くが、それは誰なんだ?」

「は~い。私で~す」


 源一郎の問いに対して、一握りの緊張感もない声色と共にその《誰かさん》は降臨した。


 ダークブラウンの三つ編みを揺らし、少女のように眩しい笑顔を振りまく(魔)女――つまり空護の母である大和美空その人である。鶴乃の言った意味が分かった。


 美空が相手なら空護がなにを言っても無駄だと判断したということだ。


 だがそれは激しく違う。幾らなんでもこんなことを勝手に決められる訳にはいかない。


「母さん、彼女の部屋ってもう用意してあるんだろ?」

「もちろん! って言っても寝床を整えただけでベッド以外の家具とかなにもないけど」

「十分だよ。神代さん疲れてるし、こっから先の話は俺達だけで進められるから彼女にはもう休んでもらって大丈夫だよ。部屋に案内してあげて」

「了~解」


 そう言って美空は神代日向を連れて部屋を出て行った。少女は相変わらず戸惑う様子を見せずに丁寧に会釈してから客間を後にした。


「ねぇ空護、随分と物分かりがいい態度がすごく不自然なんだけど……平気なの? それとも、あの娘と同居できるのが実は嬉しいとか?」

「んな訳ねぇだろ‼」


 煉の見当違いも甚だしい推測を全力で両断した。とても容認などできない。ただそれを彼女の前では言えないので遠ざけるためにああ言っただけだ。


 今だけは仕方ないので目を瞑るとして、まず美空に一言物申さなければいけない。


 当の美空は神代日向を案内して客間に戻って来ると不敵にこう言った。


「それで? 彼女を除け者にしてまで言いたいことがあるようだけど、なんか反論でもあるのかしら?」


 ――予想通りこっちの意図はお見通しかい。


「あるに決まってんだろ! 勝手に世話を引き受けやがって、もっと年頃の男子に対して気遣いとかあんだろうが!」


 自分で言うのもなんだが、空護は超が付く人見知り体質だ。学校では上手く立ち回っているつもりだが、それが結構なストレスだったりする程に。心許せる友人など煉と風真しかおらず、そんな空護に突然女の子と同居とは、一体なんの罰ゲームだと激しく言いたい。


「なにを似合いもしない可愛らしいこと言ってんのよ。それに《年頃の男子》ならあんな可愛い娘と一緒に住めることをむしろ喜ぶでしょう」

「そういう問題じゃねぇー‼ そもそもこんな大事をこっちの許可なく決めるのがおかしいだろうが!」

「許可もなにも、他に選択肢なんてないわよ。鶴さんに聞いたら、あの娘を保護するって提案したのあんたでしょ。だったらあんたが引き受けるのが筋じゃない」


 そうじゃなく、保護する羽目になったのも事情がある訳で。そこまで言いかけて諸々の事情についてフォローをくれたのは源一郎だ。


「美空、そのことなんだが元は俺がこいつを巻き込んだんだ。空護は俺の失敗の尻拭いをしてくれただけで、責任を取るとしたらそれは俺の役目だ」


 ――源さんナイスフォローだ。これを基点にしていざ反撃を――。


「それは承知してるわ源さん。あなたが報告した内容は余すことなく鶴さんに確認済みだから。でもこれはそれを踏まえた上での決定なの」


 反撃する前に先手を取られてしまった。しかし今の美空の発言を空護は聞き逃せない。そう思ったのは源一郎も同じで首を傾げながら聞き返した。


「どういうことだ? そこまで空護が責任を取る必要があるとは俺は思わんぞ」

「違います。この子が責任を取らなくていい訳じゃないけど、それ以上に私達で引き受けるのが日向ちゃんにとって一番問題が少ないって判断されたの」

「……? 尚更どういうことだ?」


 空護も源一郎と同意見だ。そこまでして大和家が引き受ける理由があるか疑問しかない。そんな二人を見て美空は呆れながら言った。


「あのねぇ~お二人さん……日向ちゃんは《女の子》なのよ。それを分かってる?」


 分かってないみたいに言われたが、分かっているに決まっている。別にボディチェックなどしていないが、どこから見ても《女の子》で間違いない。


「母さん、そんなこと――」

「当然分かっている」

「そう……。なら源さん、あなたに年頃の女の子の面倒を見る技能がおあり?」

「「………………あっ」」


 少年と中年が二人揃って間抜けな声を上げた。


 そして美空が言わんとしていることにようやく気付く。途端に源一郎が軽く取り乱した。


「待て美空……俺はなにも自分があの娘を引き取るなんて言うつもりはなかったぞ。ただ今後のことは責任を持って考えなければと言いたかっただけで――」

「あら、それは聞き捨てならないわねぇ。源さんともあろう人がその程度の気持ちで責任なんて言葉を使うだなんて。一応聞くけど引き取る以外にどんな案を考えてたのかしら~。是非聞かせてもらいたいわねぇ」

「いや、その……それはこれから皆で考えようと――」


 これで源一郎はもうなにも言えなくなってしまった。しかし引いたら美空の思う壺だ。なんとかこの女の言い分を跳ね除けなければ。


「なぁ母さん、俺って言うか母さんがあの娘の世話を任されたのは女の子の面倒が見れるってことがポイントなんだよな? だったら母さんじゃなくても集会所には他に適任者がいるんじゃないか? 例えば女の子を育てた経験がある人とかさ。母さん俺を育てた経験しかないだろ」


 とりあえず息子持ちの母親という点を突破口にしよう。さてどんな反応をするか。


「それは違うわ空護。まず大前提を履き違えちゃダメよ。確かに私以上に子育て――特に娘さんを育てた経験が豊富な方は沢山いるわ。鶴さんもそのお一人ね。でも今回のことは不測の事態とは言え仕事に当たった当事者が招いたこと。よってその責任も当事者もしくはその関係者が負うべきです」


 これ以上の問答は不要。それくらいキッパリと言い放った。しかしその発言の中に空護は一筋の光明を見出した。


「つまり実行役と支援役を務めた者かその家族が該当すると。ふっ……だったら、やっぱり母さんが適任ってのは早計だぜ」

「あら、どういうことかしら?」


 余裕の笑顔を絶やしてないのが腹立つが、その余裕を切り崩す!


「他に適任者がいるってことさ。……なぁ風真!」


 言った瞬間、先程まで会話の輪の外にいた風真に客間中の視線が集中した。


「え……オ、オレ~!?」


 言われた本人もびっくりのようだ。厳密に言えば適任者は風真ではなく、風真の保護者なのだが。


「あのさ空護……風真はお祖父さんと二人暮らしだよ。だったらやっぱり女親の美空さんの方が適任なんじゃ……?」


 そう。そう思われたから空護の家が適任と判断されたのだ。源一郎は一人暮らし。煉は叔父さんと二人暮らしだ。当事者で女親がいるのは空護だけ。


 しかし皆そのことに目が曇っている。重要なのは女親であることじゃない。


「それは違うぞ煉。女親であること以上に大切なことがあるだろうが。俺がさっき言ったけど《女の子を育てた経験》があるかの方が大事だと思わないか? おい風真!」

「お、おう!?」


 再び指名されて慄く風真を空護は問い質した。


「確かお前の祖父さんは母方で、お前のお袋さんを男手一つで育てたって言ってたよな?」

「あぁ、そうだけど……」

「それなら母さんより経験豊富な分ずっと適任じゃないか。それにお前なら家に女の子がいても大丈夫だよな?」


 この提案に風真は考える素振りを……一切見せずに即答した。


「おぉ全然平気! って言うか嬉しいかも! いや、《かも》じゃなくて嬉しい!」


 慄く様から一転、目を爛々と輝かせてそんなことを言い切った。その様子に煉は引いて、空護も若干不安になった。しかし自身の安寧のためにこのまま突き進む。


「てことで母さん、母さんが提示した条件に合致してしかも好意的に受け入れてくれる奴がここにいるんだ。ここはもう一度誰が彼女を引き受けるかを再考すべきじゃないか?」


 なんとかここまで引っ張れた。これでいきなり解放されないだろうが、少なくとも空護という反対意見と有力な代案がある以上もう一度議論を起こすことはできる。美空はともかく鶴乃ならそう考える筈だ。


「うふふふふふふふふふ」


 しかし眼前の母上様は余裕の態度を崩さず更に嘲笑しやがりました。


「甘い、甘いわ空護。あんたがそうくるだろうと私が想定しなかったと思う? 風真くんのお祖父さんにはとっくに確認済みなのよ」

「「なにっ‼」」


 思わず空護と風真の二人で驚愕した。


「曰く、『あの節操なしと乙女を同居させるなど以ての外! 丁重に辞退させて頂く』だそうよ。ちゃんちゃん」


 それを聞いて空護は絶句し、風真は大いに憤慨した。


「なんだそりゃ!? あのジジイ……オレをなんだと思ってやがる!」

「……風真だと思ってるんでしょ」


 煉のツッコミに風真がギャンギャン噛み付くのを他所に空護は歯噛みした。まさかここまで先手を打たれていたとは。そして美空はダメ押しとばかりに追い詰めてきた。


「どうするの空護? もう手詰まりかしら?」

「くっ……! こうなったら風真、お前家出ろ!」

「なんでだよ!?」

「そうすりゃ俺が丸く収まるんだよ‼」

「オレが収まらんわ‼」


 もう自分でも収拾がつかない状況に追い込まれて、空護は必死を通り過ぎて発狂しそうだ。そんな空護に美空は容赦なく止めを刺しにきた。


「見苦しいわよ空護! まだ引かないというなら……これで引導を渡してあげる!」


 そう言って美空は空護に紙の束を投げて寄越した。


「……? なんだよ、こ……れ……」


 表紙を見た瞬間、空護の体は一気に凍り付いた。表紙にこう書かれていた。


《数学 夏休み特別課題 追加分》


「う~わ~」

「これはなんとも……」


 なにも言えなかった。隣から覗き込んできた煉と風真もかける言葉を失っていた。


 事情を知らない鶴乃と源一郎はなんだかわからないという顔をしたが、表紙の文字から察したのか、なんとも残念なものを見る目で空護を見ている。


「なんで……こんな……物が……ここにあるんだよ?」


 震える声で必死に言の葉を絞り出した。よりにもよってこれがバレてしまうとは……。


 ――それより《追加分》てなに? あんだけ鬼みたいに出されて更に追加だと!?


「金曜の夕方、同級生さんが届けてくれたの。『渡しそびれたのを持って来ました』だって」

「それは誰が?」

「教えてあげませ~ん」


 ――金曜夕方って、三人で修練してた時? でも修練中も周囲には気を配ってたし来客はなかったような……そうか! 風真と試合してた時――あの時は流石にそんな余裕なかった。チクショウなんてこった‼


「なんでもテスト赤点と授業中居眠りの罰だそうじゃない。大方、木曜日に帰りが遅かったのもそのせいね? 上手く誤魔化したつもりだったようだけど詰めが甘いわ。察するに、そこの二人も共犯かしら?」


 なにもかもお見通しの流し目で睨まれて煉と風真は固まってしまった。巨大なヒグマを仕留める魔狩が三人揃ってなんて様だ。そんな三人に美空は優しく聞こえるが全く優しくない口調でこう言った。


「本当ならお仕置き確定だけど、日向ちゃんのことで大人しく妥協するなら今回は見逃してあげてもいいわよ」


 それは空護というより他の二人に向けられた言葉で、要は共犯罪で裁かれたくなければ空護を売れと言われているに等しく、それに対して二人の答えはこうだった。


「空護、残念だけど君以上に責任を取るべき人間はいないよ」

「オレもちょっと残念だけど、やっぱ美空さんが適任じゃね」


 ――即答しやがって裏切り者~~‼


 そんな怨嗟の声が無音で口から飛び出ても伝わる訳もなく、この時を以って空護は美空に完敗したのだった。全てを見届けて鶴乃はやれやれとこの場を締めた。


「それなら当初の決定通り、神代日向は大和家で引き受けることで相違ないね。それなら今日はこれにて解散とするよ。……美空、朝早くからお邪魔したね」


 そう言って鶴乃は客間を後にした。続いて源一郎達も帰りの挨拶を交わして部屋を出る。家を出る前に源一郎は項垂れる空護に、


「そう落ち込むな、決まったものは仕方ない。お仕置きされないだけラッキーと思え」


 そう言って慰めの言葉をくれたが、消沈した空護の心を癒してはくれなかった。


 空護は気疲れで異常に重くなった体を引きずって自室に向かおうとした。


 それに待ったをかけたのはまたしても美空だった。


「そうだ空護、日向ちゃんの部屋を用意するのに色々邪魔になった荷物をあんたの部屋に放り込んでるから、寝るんだったら座敷に布団敷いて三人で寝なさい」


 それが追い打ちとなって空護はとうとう床に突っ伏した。


「頑張って空護」

「いつかいいことあるって」


 仕事明けの日曜日の早朝に空護は疲れて爆睡したが、それは安眠とは程遠かった。

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