第4話:『大音脈炉の歪みと紅き記憶』
1
隠し階段を下りるにつれ、湿り気と熱気が肌にまとわりついてきた。
「はぁ……はぁ……」
あかりの息遣いが荒い。
地下へ進めば進むほど、不快な「振動」が空間全体を震わせている。それはまるで、眠れる巨獣の巨大な心臓が拍動しているかのようだった。
「あかり、無理するな。俺の背中にでもおんぶするか?」
「な、何言ってるのよバカ! 私だって『宵の極』の一番太夫よ。これくらい平気なんだから……!」
弱がりながらも、あかりは蓮の羽織の裾をギュッと掴んで離さない。
蓮は苦笑しながらも、その手を払いのけることはしなかった。
階段を降り切った先に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
ゴオオオオオオオオ……ッ!!
直径数百メートルはある巨大な空洞。
中央には、不夜城の地上まで貫く巨塔のような機械管——『大音脈炉』がそびえ立っていた。
管の内部では、発光する漆黒の液体が脈打ちながら地上へ吸い上げられている。そして、その管を囲むように、数千個もの漆黒の「水槽」が整然と並べられていた。
「なに……これ……?」
あかりが息をのむ。
水槽の中に揺らめいていたのは、人間だった。
かつて不夜城で生き、そして姿を消した人々。彼らは管に繋がれ、まるで命を絞り出されるように黒い涙を流していた。その怨嗟と絶望が、液体となって大音脈炉へと流れ込んでいる。
「……街の灯りの正体だ」
後ろから追いついた焔が、煙管を叩きつけながら重い声で言った。
「不夜城を照らす何万もの提灯、夜を切り裂くネオン、蒸気機関の熱……そのすべてのエネルギー源は、人間の負の感情と生命力だ。そして、その『搾りカス』として生み出されるのが——影骸だよ」
「そんな……じゃあ、私たちが毎日華やかに舞って、灯していたあの光は……みんな、この人たちの犠牲の上に……!?」
あかりの瞳から涙が溢れ出す。
「許せねえ……」
蓮の拳が、血が滲むほど強く握りしめられた。
左耳の後ろの傷が、これまでにないほど激しく脈打ち、真っ赤な光を放つ。
(影骸が消える瞬間に言っていた言葉……『タスケテ』……『アサ』……。あいつらは、怪物なんかじゃなかった。助けを求めていた、この街の人間たちだったんだ……!)
2
「素晴らしい気づきだね、神楽坂の生き残り」
頭上から、拍手の音が降ってきた。
パチ……パチ……パチ……
三人が見上げると、大音脈炉の点検用回廊に、白い軍服を着た男が立っていた。
金髪をオールバックにし、細いフレームの眼鏡を光らせた青年。その胸元には、警備総局の最高指揮官を示す『葵の金紋』。
「警備総局長……白夜……!」
焔の顔が苦痛に歪む。
「やあ、焔。それに『歌の巫女』あかりちゃん。そして……神楽坂 蓮くん。君の父親には、かつて大変お世話になったよ」
白夜は親しげに微笑みながら、胸ポケットから一つの懐中時計を取り出した。
その時計の裏側には、二本交差した音叉——神楽坂家の家紋が刻まれていた。
「……なんでお前が親父の時計を持ってる」
蓮の全身から、殺気と見紛うほどの高周波の波紋が立ち昇る。
「何故か、だって? 簡単な話さ。10年前、この地下で『零号』の封印実験を提案し、君の父親たち神楽坂一族を裏切って『大音脈炉の生贄』として炉に放り込んだのは、私だからね」
「——ッ!!」
空間の空気が凍りついた。
「親父たちを……炉に……!?」
「そうさ。神楽坂の血が持つ『音の共鳴力』は素晴らしかったよ! おかげで『零号』の膨大な闇のエネルギーをろ過し、この不夜城を10年間も黄金期へと導くことができた。だが……そろそろ『燃料』が尽きかけてね」
白夜の視線が、蓮の後ろに立つあかりへと注がれる。
「次の燃料……『真の鍵』として、あかりちゃん。君の歌声と魂を頂戴する」
3
「ふざけるなああああっっっ!!!人質も、街も、親父たちの命も……全部玩具みたいにしやがって!!」
蓮の怒りが限界突破した。
ガアアアアアンッ!!!!
二本の音叉刀『響穿』を激しく打ち鳴らす。
その衝撃波はこれまでの比ではなかった。金の波紋が黄金の「嵐」となって吹き荒れ、地下空洞の鉄骨を次々と叩き切っていく。
「死ねええええっ!!」
蓮は爆音とともに地を蹴り、垂直の壁を駆け上がって白夜へと肉薄した。
「ハハハ! いい音だ! だが、届かないよ!」
白夜がパチンと指を鳴らす。
すると、大音脈炉の底からどろりとした漆黒の液体が湧き上がり、巨大な「影の盾」となって蓮の斬撃を受け止めた。
ズドッ……ゴオオンッ!
「ぐっ……!?」
影の盾から放たれた衝撃波で、蓮は空中で大きく吹き飛ばされ、鉄の回廊へと叩きつけられた。
「蓮っ! 蓮っ!!」
あかりが悲鳴を上げる。
「無駄だよ。この地下は大音脈のエネルギーで満ちている。ここで私に挑むのは、海の中で波に挑むようなものさ」
白夜は蔑むような笑みを浮かべ、あかりに向かって手をかざした。
「さあ、おいであかりちゃん。『三本の金簪』を抜き、真の巫女としてこの炉と同化するんだ」
「させ……ない……っ!!」
血を吐きながら、蓮が立ち上がった。
羽織は破れ、全身傷だらけになりながらも、その瞳の火は消えていない。
「俺が……お前を倒す……。親父たちの無念も……この街の悲鳴も……全部、俺の音で切り裂いてやる……!!」
蓮は両手の音叉刀を、自身の胸元——心臓のすぐ近くへと突き立てた。
「蓮!? 何をする気!?」
焔が目を見開く。
「俺の体の中に眠る……『始祖の音叉』……!! 目覚めろっっっ!!!」
キィィィィィィィィィン——……ッ!!!!!
蓮の左耳の傷から、白銀色の光が爆発的に噴き出した。
不夜城全体を激震させる、新たな「鳴動」が始まった。




