第3話:『鉄と音波の洗礼』
1
舞い散る木片と煙幕の中、冷徹な一声が響いた。
「神楽坂の生き残り……並びに『歌の巫女』。警備総局第零部隊所属、黒鋼 陣だ。双方動くな。これ以上の抵抗は即時抹殺の対象とする」
男——黒鋼陣が担ぐ巨大な重機関銃から、「ウィーン……」と不気味な高周波駆動音が漏れ出ていた。
銃口は三本。だがそれは弾丸を放つためのものではない。音脈のエネルギーを超高圧に圧縮し、指向性音波として射出する軍用音波兵器——『破音砲』。
「警備総局……!? なんでこんな『影の底』にまで!?」
あかりが蓮を庇うように一歩前に出る。
「そいつらを渡してもらおうか、焔。上層部からの直々の命だ。『不夜城の安定を脅かすノイズの排除』とな」
黒鋼が引き金に指をかけた。
その瞬間、床に倒れていた蓮が、ゆらりと立ち上がった。
「ノイズ……だと?」
蓮は口元の血を乱暴に袖で拭うと、肩をすくめて不敵に笑ってみせた。
「おいおい、おっかない顔すんなよ、公務員さん。俺たちがさっきから命がけで『街のノイズ(影骸)』を掃除してやってたってのに……感謝の言葉もナシか?」
「口の減らない小僧だ。貴様らの存在そのものが、この街の調律を乱しているのだよ」
「——なら、試してみるか?」
ジャキッ!
蓮は背中から『響穿』を引き抜くと、二本の音叉刀を交叉させ、鋭い金属音を響かせた。
先ほどまでの薬の効き目か、その瞳には再び疾風のような光が戻っている。
「蓮、まだ無理をしちゃダメ!」
「引っ込んでな、あかり。……こいつの音、すげぇムカつく重低音なんだよ。俺の耳が『ぶっ叩け』って叫んでやがる!」
2
「——問答無用。交戦を開始する」
黒鋼の指が引き金を絞った。
ドォォォォォンッ!!
銃口から放たれたのは、目視不可能な超高圧の「音波の衝撃波」。
空気そのものが歪み、壁の棚や薬瓶が一瞬にして粉々に粉砕された。直撃すれば骨すら木端微塵になる破壊力。
「甘い!」
蓮は跳躍した。
狭い室内を縦横無尽に走り、壁を蹴り、天井を滑る。音が空気を切り裂く直前に、その軌道を見切って回避してみせる。
(速い……! だが、音が発せられる前の『空気の歪み』を捉えれば、かわすのは難しくねえ!)
「ハッ!」
空中で一回転しながら、蓮は音叉刀を振るい、黒鋼の首元へと肉薄する。
しかし、黒鋼は慌てる様子もなく、重機関銃の重厚な鉄身で蓮の刃を受け止めた。
ガァァァァンッ!!
激しい火花が散る。
「ほう……音叉刀の振動殺法か。だが、軍用の装甲には通用せん!」
黒鋼がそのまま銃身を押し込み、ゼロ距離から音波砲を放とうとする。
「しまっ——!?」
「逃がさん!」
ゼロ距離での死撃——そう思われた瞬間。
シャァァァァン——……
澄み渡るような鈴の音と、美しい「歌声」が部屋を満たした。
3
それは、あかりの声だった。
言葉にならない透明な旋律。
あかりが両手を胸の前で組み、祈るように歌を紡ぎ始めた瞬間、黒鋼の『破音砲』から漏れていた高周波音がピタリと狂い、異常加熱の警告音を鳴らし始めた。
「なに……!? 兵器の音脈回路が……逆流している!?」
黒鋼の顔に初めて驚愕の色が走る。
あかりの舞と歌は、周囲の「音の波長」を強制的に書き換える力を持つ。それが『歌の巫女』の真の力——【音脈調律(調和)】。
「蓮、今よっ!!」
「ナイスだ、あかり!!」
黒鋼が怯んだ隙を逃さず、蓮は空中で身を翻し、二本の音叉刀を黒鋼の破音砲の銃口に突き立てた。
「音脈二式——『響撃・破調』!!」
カアアアアアンッ!!!!
音叉刀から流し込まれた超高周波の振動が、破音砲の内部メカニズムと共鳴を起こす。
次の瞬間、黒鋼の武器は内側から爆散し、彼自身も衝撃波で壁へと吹き飛ばされた。
バギャァァンッ!
「グッ……!」
瓦礫の中に埋もれながら、黒鋼は苦々しく蓮とあかりを睨みつけた。
「……愚かな。歌の巫女の力を使えば使うほど……地下の『零号』の目覚めを早めるだけだというのに……」
「零号……? 一体何の話だ!」
蓮が詰め寄ろうとしたが、黒鋼は懐から黒い煙幕弾を床に叩きつけた。
シュアアアアッ!
濃密な紫煙が部屋を包み込み、視界が奪われる。
煙が晴れた時には、すでに黒鋼の姿は消えていた。
4
沈黙が戻った室内。
崩れ落ちた棚と瓦礫の中で、あかりが膝から崩れ落ちそうになるのを、蓮が素早く支えた。
「あかり! 大丈夫か!?」
「うん……ちょっと、頭がクラクラするだけ……」
あかりの額には冷や汗が浮かび、息が荒い。
そして、蓮は見逃さなかった。
あかりの黒髪に挿された「三本の金簪」——そのうち一番長い一本の根元から、漆黒の亀裂がまた一つ芽生えているのを。
「……焔のオッサン。隠さずに全部話せ」
蓮は静かに、しかし地響きのような低い声で言った。
「『零号』ってのは何だ。あかりの歌と簪になにが起きてる。そして……俺の親父たちが死んだあの日、地下で何があったんだ!?」
長椅子の陰から無傷で現れた焔は、大煙管の煙を重々しく吐き出すと、二人を見つめた。
「……分かった。ここから先は、引き返せんぞ」
焔は壁の仕掛けを操作し、地下へと続く隠し階段を出現させた。
冷たく湿った風が、階段の底から吹き上がってくる。
「不夜城『宵の極』はな……巨大な『封印の蓋』なんだよ。この街の不夜の灯火はすべて、地下深くに眠る最悪の影骸——『零号』を抑え込むための打鐘装置だ」
「封印の蓋……?」
「そして、その蓋を留める『鍵』こそが……あかり、お前の身に刻まれた歌の血統であり、神楽坂一族が命を賭して護り抜いた『音脈の秘術』なのだ」
焔の言葉が、暗い地下階段に重く響き渡る。
「行くぞ。地下の『大音脈炉』へ。お前たちの過去と、この街の未来の決着をつけに」




