第5話:『散華の旋律、朝焼けの鳴鐘』(第一部完結)
1
キィィィィィィィィィン——……ッ!!!!
蓮の胸元と左耳の傷から解き放たれた白銀の光が、地下空洞の絶望的な闇を瞬時に押し返していく。
「ガハッ……! あぁぁぁぁぁっ!!」
血を吐きながら、蓮の身体が激しく鳴動する。
かつて父が、一族が命と引き換えに蓮の体内に封印した『始祖の音叉』。それは影を滅ぼす絶対の光であると同時に、宿主の肉体を骨から削り取る諸刃の剣だった。
蓮の黒髪が、根元からサラサラと白銀色へと変わっていく。
両手に握られた二本の音叉刀『響穿』は、元の漆黒を脱ぎ捨て、眩いばかりの白銀の閃光を纏っていた。
「蓮……ダメ! これ以上その力を使ったら、あなたの体が……魂が砕けちゃう!!」
あかりが涙を破裂させながら叫ぶ。
だが、白銀の光の中に立つ蓮は、血に濡れた唇を歪めて、ニッと笑ってみせた。
「……大丈夫だ、あかり。俺の耳にはな……今、ハッキリ聴こえてんだよ」
蓮は白夜を見据え、一歩を踏み出す。その一歩ごとに、足元の鉄骨が澄んだ音色を奏でて跳ね跳ねる。
「虐げられて死んでいった奴らの声……親父たちの無念……そして、お前の涙の音だ。……これを払わずに、何の調律士だっ!!」
「ハハッ! 面白い! 人間の分際で、神の領域の音脈に挑むか!!」
白夜が両手を広げると、大音脈炉から解き放たれた漆黒の影が巨大な龍の形を成し、蓮に向かって喰らいつこうと顎を開いた。
「呑み込まれろ、神楽坂の亡霊!!」
2
「——散れっっっ!!!」
カアアアアアンッ!!!!
蓮が二本の白銀音叉刀を激しく打ち鳴らす。
放たれたのは、ただの衝撃波ではない。地下空洞全体を包み込む「白銀の音律の嵐」。
漆黒の影龍が蓮の放った光波に触れた瞬間、悲鳴を上げる暇もなく内側から崩壊していく。
「なに……!? 影の密度が……分解されている!?」
白夜の眼鏡に亀裂が入る。
「あかりっ! 歌えっ!!」
蓮が空を疾走しながら叫んだ。
「この街の悲鳴を……全部、お前の歌で包み込んでやれ! 俺が道を作る!!」
「——うんっっ!!」
あかりは両手を胸に当て、溢れ出る涙をそのままに、声を張り上げた。
〜〜〜♪(言葉を超えた、透明で激しい生命の旋律)
あかりの歌声が地下の音脈炉に共鳴する。
水槽の中に閉じ込められていた無数の魂たちが、あかりの歌声に包まれ、一人、また一人と穏やかな光となって解き放たれていく。黒く濁っていた大音脈炉の液体が、瞬く間に綺麗な透明へと浄化されていく。
「バカな……! 10年かけて作り上げた私の『不夜城のシステム』が……狂っていく……!?」
白夜が狼狽し、懐の懐中時計を握りつぶそうとした——その瞬間。
3
「終わりだ……白夜っっっ!!!」
光の疾風となった蓮が、白夜の眼前に現れていた。
白銀の髪をなびかせ、その瞳は夜空の星のように澄み渡っている。
「音脈奥義——『残響散歌』!!!!」
ズシャアアアアアアアッッッ!!!!
二本の音叉刀が、交叉する閃光となって白夜の胸を切り裂き、その背後にある大音脈炉のメインパイプを深々と穿った。
「グアァァァァァッ……!? 神楽坂……貴様ら……はいずれ知る……『零号』の本当の恐怖を……!!」
白夜の身体が影とともに崩れ去り、爆風の中へと消えていく。
それと同時に、10年間動き続けていた巨大な大音脈炉が、静かにその動きを停止した。
ガラガラガラ……ッ!
地下空洞が崩壊を始める。
「蓮っ!!」
あかりが駆け寄り、倒れ込む蓮の身体を強く抱きしめた。
蓮の白銀の髪はゆっくりと元の黒髪に戻っていくが、その体は氷のように冷たかった。
「蓮! 目を開けて! 蓮っ!!」
「……へへ……ド派手に……散らしてやったろ……あかり……」
蓮は弱々しく笑い、あかりの髪の『三本の金簪』にそっと手を触れた。
簪の黒ずみが、綺麗に消え去っている。
「脱出するぞ! 二人とも、俺の背中に掴まれっ!」
焔が倒れてくる鉄骨を煙管で殴り飛ばし、二人を抱え上げて崩壊する地下道を駆け上がっていった。
4
——ドォン……ドォン……。
静寂が、街を包み込んでいた。
不夜城『宵の極』。
いつもなら絶え間ない喧騒と蒸気音に包まれている街から、ピタリと「ノイズ」が消えていた。
屋上に立つあかりと、肩を貸されて立つ蓮。
二人の眼下で、何万個もの赤い提灯が一つ、また一つと静かに消えていく。
不夜の街に、10年ぶりの「夜」が訪れていた。
そして——。
「あ……見て、蓮」
あかりが東の空を指差した。
漆黒の雲の隙間から、一筋の金色の光が差し込んでくる。
生まれて初めて見る、本物の太陽の光。朝焼けが、静まり返った街を鮮やかな緋色とゴールドに染め上げていく。
「朝だ……。本当の、朝が来たんだね……」
あかりの目から、溢れた涙が朝日に透き通ってキラリと光った。
蓮は背中の音叉刀を引き寄せ、静かに空を見上げた。
「……ああ。だが、これで終わりじゃねえ」
白夜が最期に残した言葉——『零号』。
そして、全国の主要都市に散らばる『警備総局』の残党と、他の『不夜城』。
「行くぞ、あかり。俺たちの旋律で……すべての夜を明かすために」
「うん! どこまでも、一緒に行くよ……蓮!」
朝空に、二人の足音が力強く響き渡る。
響き渡る残響は、明日への希望を告げる散歌となって、果てしない旅路の始まりを告げていた。
【第一部:宵の極編・完】




