魔物の襲撃
ルーカス村の外れには深くて暗い鬱蒼とした森が広がっている。
まだ日差しが照り付ける日中の時間帯であっても、生い茂る木々に太陽が遮られ、森に出入りする人々を迷わせる。
名をルーカス森林、別名迷いの森。
エステルのレベル上げを行うため、たびたび侵入していた初心者向けのダンジョンである。
内部には生身の人間を喰らう不死者、通称グールと呼ばれる魔物がうじゃうじゃ生息しており、足を踏み入れた人間に容赦なく襲いかかってくる。
そして、今回の警報の件。
親玉グールと共に数十匹の部下を引き連れ、とうとうルーカス村を襲撃に来てしまったらしい。
エステルはまだ村に辿り着いて間もない。
私の記憶が確かならば、グールの集団による村へのスタンピードイベントは、もう少しあとに始まるはずなのだが……。
だいぶイベントの予定が早まっているのは、私がエステルと接触したことによる影響が大きいのかもしれない。
「わたくし、少々怖いです」
分かる分かる。
実際のところ、私も怖くて足がプルプル震え始めちゃってます。
だって……人を貪り食らいつくすゾンビ系の魔物だよ⁈
仮に現代の日本に現れたら大ニュースになってるって‼
「さて、どうしたものか……」
グールは確かに凶暴な敵なのは間違いない。
だけど、それはあくまでも最序盤の話であって、高位の魔術を扱える魔女の敵ではないし、それなりのレベル帯の魔術師であれば一捻りで倒せてしまう。
とはいえ、ゲームのコントローラーとは勝手が異なるのもまた事実であり、自ら敵を殴り倒さなければならない。
エステルを庇いつつ、私自身も試行錯誤しながらの戦闘、更には村を守りながらの防衛戦となると…………言うのは簡単だけど、中々難しい気がする。
その上、レムナの扱う魔術なんて敵として出てきた時しか見てないから、ほとんど知らないし、興味もないというか。
異世界転生した時のために、魔術の使い方を学校で教えてくれればいいのに‼
「レムナ様……わたくし……」
「村に来ていきなり魔物の襲撃だもんね、怖いのも無理ないよ。でも心配しないで。私の魔術にかかればあの程度の魔物イチコロだから‼ 村長さんが外でみんなを避難所に誘導してるから、先に行ってていいよ‼」
エステルの前だからって、つい強がってしまったー‼
悪役魔女の分際で、なに良い所見せようとしてるんだよ、私っ‼
まぁ乗りかかった船だ。
どうやって退治するかはエステルを逃してから考えるとしよう。
すると、エステルが下を向いて黙り込んでしまった。
旅の始まりから唐突な展開に動揺してしまったのかな⁇
如何に主人公と言えど、私とほとんど変わらない年齢の女性には荷が重いよね。
ゲームと違って、死んでしまう可能性だって充分にあるんだから。
ここは先輩魔術師として、か弱いヒロインを守ってあげるのが私の役目。
人助けを率先して行うことこそが贖罪に繋がるのだ。
数秒間の沈黙が流れたのち、エステルは力強く拳を握りしめ、意を決した表情で私と目を合わせた。
「――――ません‼」
「えっ⁈」
「わたくし、やっぱり逃げません……戦います‼」
今さっき弱音を吐いていた時とは打って変わって、真剣な眼差しである。
その真っすぐな瞳に宿っているのは、まさに主人公のソレだった。
それにしても凄い気迫……‼
か弱いとか言っちゃってごめんなさい‼
むしろ、ガクガクと震えていたのは私だけだったのかもしれない。
なんだか逆に勇気付けられちゃった。
「分かったよ、エステル。一緒に魔物を退治して村を守りましょ‼」
「はい、足手まといにならないように頑張ります‼」
もうこうなったらやけくそだ‼
グールだろうがゴブリンだろうがドラゴンだろうが、どんな魔物でもかかってきなさい‼
ぶっつけ本番、異世界転生してから初となる、魔物との壮絶なバトルが始まろうとしていた。
私は綺麗に畳まれているローブを手に持ち、サッと着替えを済ませる。
使い方もいまいち分からないデーモンの杖を携え、準備は万端。
ちょっと心もとないけど……普段通り、何とかなるの精神で乗り切ろう。
それに、今回は一人じゃない。
エステルって仲間がいるのだから、勝てるって‼
「エステル、準備はできた⁈」
「えぇ、レムナ様。行きましょう‼」
私たちは勇ましく胸を張って宿屋を出る。
遠くの方を確認すると、すでにグールの軍勢が村の入り口付近まで押し寄せていた。
ルーカス村には二つの入り口がある。
一つは、広い平原へと続く東側の出入り口。
もう一つは、ルーカス森林へと続く西側の出入り口だ。
要は、西側からやってくる敵を東に行かせなければいいだけ。
東の入り口付近には、住居から避難してきた村人たちが大勢いるからね。
「あいつら、数はめちゃくちゃ多いけど、動きがだいぶゆっくりじゃない⁈」
「グールは非常に素早さが低いのですが、その反面、物理防御力が極めて高く、剣や弓といった近接攻撃がほとんど通らないのが特徴です」
「見るからに不死身って感じだもんね。見た目、ゾンビでしかないし」
「光属性の魔術師であれば一瞬で終わるのですが……残念ながら、光の魔術を扱える人間は、そう多くないですからね」
光属性が希少な属性なのは知っている。
だが、その光を打ち消すと言われている闇属性の魔術はどうなのか。
「ちなみに闇は効くと思う⁈」
「効かないと思います。むしろ、逆に回復してしまうんじゃないですか⁇」
「不死者だけに……ね」
洒落にならないし、公衆の面前で禁忌の魔術をぶっ放すのはまずい。
仮に闇属性の技が使えたとしても、安易に発動するのはリスクが高いか。
ブランドール様に切られるのだけは、もう勘弁願いたいです……‼
さて、グール達が村に到着したみたい。
「村人は全員退避できたみたい。あ、向こう側から走ってくる人が……‼」
「もうすぐそこまで魔物が迫ってるから、君たちも早く非難しなさい。あっちで外部からの救援を待とう」
入り口を固めている軍勢の中心には、ひときわ大きな体格の親玉グールが偉そうにふんぞり返りながら、手下を率いてノッソノッソと歩を進めている。
「おじさんは早く避難場所に向かって‼」
「でも君たちは……⁇」
「わたくし達は、あのグールの群れを抑え込みますので」
「女の子二人で無茶だ。悪いことは言わないから……」
「心配しないで、このデーモンの杖でサクッと倒しちゃうから‼」
「よそ者がこんな村、わざわざ助ける義理など皆無だというのに……」
「困っている人がいれば助ける。それが、私の務めですから‼」
「そこまで言うなら止めやしないさ。村長には伝えておくから、無理そうだったらすぐに引き返してくるんだよ」
村のおじさんはこちらを見ながらも、村の東へと走っていった。
私とエステルは、近くにある住居の陰に隠れて作戦会議をすることにした。
「グールの連中、入り口に陣取ったまま動きを見せないね」
「何故立ち止まったまま動かないのでしょうか。何か深い理由があるのかもしれませんね」
魔物の考えていることが分かれば苦労しないけど。
まぁいずれにせよ、村を手当たり次第に襲い始めるのも時間の問題といったところかな。
家屋や畑に被害が及ぶ前に何とか討伐したいのだが……。




