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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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消えた残骸

二日後の朝。


 久世工房の前に、小型電動貨物車が停まっていた。


 灰色の車体に、二人乗りの狭い運転席。


 後ろには平らな荷台があり、普段は機巧の修理や部品の運搬に使われている。


 律の相棒は、その荷台の上に立っていた。


「もう少し前」


 律が言うと、相棒が一歩動く。


「そこで止まって」


 停止。


 律は荷台の側面に掛けていた固定帯を引き出した。


 相棒の胴体を通し、荷台の固定金具へ掛ける。


 一本目。


「違う」


 後ろから誠司の声がした。


 律が振り返る。


「何が?」


「それだけじゃ足りん」


「学校では二本で固定するって習った」


「荷物ならな」


 誠司は荷台へ上がった。


 固定帯をもう一本取り出す。


「こいつは途中で姿勢制御が入る。急ブレーキで勝手に踏ん張られたら、一本に全部かかる」


「制御切ればいい?」


「それでも揺れる」


 前後から二本ずつ。


 合計四本で相棒を固定する。


 誠司がそれぞれを引っ張って確認した。


「これくらいしとけ」


「分かった」


 荷台にはほかにも、予備電池、工具箱、回収用の袋、携帯食料。


 前回より荷物は多い。


 それでも、自分たちで背負う必要はなかった。


「便利だな」


 律が呟いた。


「今さらか」


 誠司が荷台から降りる。


 そこへ、肩からK12探索短小銃を下げた迅がやってきた。


「おお」


 車を見るなり、目を輝かせる。


「いいじゃん」


「父さんのだけど」


「知ってる」


 迅は荷台を見る。


「相棒も乗れるし、回収品も積めるし……」


「犬型なら丸ごと一体はいける」


「お前、もう倒した後のことしか考えてないだろ」


「大事でしょ」


「まあな」


 迅は運転席側へ回った。


「で、誰が運転すんの?」


「俺」


 律が答える。


 迅の動きが止まった。


「大丈夫?」


「学校で習った」


「その言葉、実技試験の時にも聞いたぞ」


「何が?」


「銃」


「撃てたでしょ」


「二発目でな」


「じゃあ大丈夫」


「その理屈やめろ」


 誠司が運転席の窓から律を見る。


「速度出すなよ」


「うん」


「旧道入ったら路面見ろ」


「うん」


「車で入れないと思ったら置いていけ」


「分かってる」


「あと――」


「壊したら自分で直す」


「それは昨日聞いた」


 誠司が少し考えてから付け足した。


「帰ってこい」


 律は一瞬だけ父を見る。


「うん」


     ◇


 今回受けた依頼は、


《北東旧物流路・地図更新調査》


 現在の主要街道から外れた旧道だった。


 かつては物資輸送に使われていたらしいが、今はほとんど利用されていない。


 最後に協会へ登録された調査記録は八か月前。


《最終確認:八か月前》


《車両通行:一部可能》


《崩落・倒木情報あり》


《危険度:低》


《仮探索士受注可》


《基本報酬:18,000円》


 目的は、現在も道が使えるか確認すること。


 車両で通れる区間。


 徒歩なら通れる区間。


 崩落箇所。


 野良機巧や変異獣の痕跡。


 それらを端末へ記録して持ち帰る。


「地味だな」


 助手席の迅が言った。


「そう?」


「前回が犬型七体だったからな」


「今回は何もいない方がいい」


「そう言いながら野良機巧探してるだろ」


 律は前を見たまま答えた。


「いたら見る」


「ほらな」


 黒瀬を出てしばらくは、前回歩いたのと同じ道だった。


 小型貨物車が舗装の継ぎ目を越えるたび、荷台から小さな振動音がする。


 速度は出していない。


 それでも。


「早い」


 律が言った。


「何が?」


「もうここ」


 前回、歩いて一時間近くかかった場所だった。


 車では二十分ほどしか経っていない。


「だから車ってものがあるんだよ」


「電池も減らない」


「俺らのな」


「相棒も」


「荷台で立ってるだけだからな」


「予備電池も三本持ってきた」


「だから最初から車で来いって話だろ」


 律は少し考えた。


「次からそうする」


「成長したな」


 迅が偉そうに頷いた。


「迅の車じゃないけど」


「それ言うな」


     ◇


 北東第二区画へ近づくにつれ、交通量が減った。


 やがて迅が窓の外を見ながら言った。


「この辺じゃなかった?」


「何が?」


「前回の犬」


 律も周囲を見る。


 覚えている。


 古い倉庫。


 崩れた道路標識。


 片側だけ残った防音壁。


「もう少し先」


 律は速度を落とした。


 二分ほど走る。


「ここ」


 道の脇へ車を寄せて止める。


 二人は降りた。


 相棒は荷台に残したまま。


 前回、犬型との戦闘があった場所までは数十メートルだった。


「あったあった」


 迅が古い倉庫を指す。


「あの壁使った」


「うん」


 二人が近づく。


 律は足を止めた。


「……ない」


 迅も止まる。


「ないな」


 犬型の胴体を置いていった場所。


 そこには何もなかった。


 前脚を損傷させたもう一体もいない。


「誰か拾ったんじゃね?」


 迅が言った。


 律は答えず、しゃがみ込んだ。


 土を見る。


 戦闘時についた傷はまだ残っている。


 鋼球が跳ねた跡。


 犬型の爪が削った地面。


 その上に別の跡があった。


「迅」


「ん?」


「これ」


 地面に細い轍のようなものが続いている。


 それとは別に、規則的な機巧の足跡。


「車?」


「たぶん違う」


「じゃあ機巧?」


「分からない」


 律は跡を辿った。


 犬型を置いていた場所から延びている。


 重い物を引きずったような跡もあった。


「回収した奴がいたんじゃねえの?」


「探索士?」


「ここ普通に来れるだろ」


「でも」


 律が立ち上がる。


 跡の向きを見る。


 黒瀬とは逆だった。


 旧工業区画の奥。


「町に戻ってない」


 迅も気づく。


「別の道から帰ったとか?」


「かも」


「近くの工房とか?」


「この先に町はない」


「じゃあ……野良機巧が持っていった?」


 律はしばらく跡を見る。


「犬型って回収するのかな」


「俺に聞くなよ」


「今まで工房に来た野良機巧の残骸って、探索士が持ってきたものばっかりだった」


「そりゃ工房なんだからそうだろ」


「置いてきたらどうなるか考えたことなかった」


 跡は旧工業区画へ向かって伸びている。


 だが数十メートル先。


 荒れた舗装の上で分からなくなった。


「追う?」


 迅が聞いた。


 律は少し迷った。


 見たい。


 何が運んだのか。


 どこへ持っていったのか。


 けれど。


「今日はやめる」


「珍しい」


「依頼と違うから」


「さらに珍しい」


「父さんにも街道から無理に外れるなって言われた」


「ちゃんと聞いてたんだな」


「聞いてるよ」


 律はもう一度だけ、消えた跡を見る。


 それから車へ戻った。


 上空では、雲がゆっくり流れていた。


 二人とも、そのさらに上に何がいるのかは知らなかった。


     ◇


 主要街道から旧物流路へ入る。


 途端に路面が悪くなった。


 舗装は残っているが、ところどころで草が突き破っている。


 ひび割れ。


 陥没。


 倒木。


 律は速度を落としながら進んだ。


 端末は車両の移動経路を記録している。


《車両通行確認》


《路面状態:劣化》


《推奨速度:低》


「八か月で結構変わるんだな」


 迅が言う。


「植物は早いから」


「これ毎年調べる理由分かるわ」


 三キロほど進んだところで、律はブレーキを踏んだ。


 前方。


 道路の半分がなくなっている。


「うわ」


 迅が身を乗り出す。


 旧水路の上を通っていた部分が崩れ、舗装ごと斜面へ落ちていた。


 残っている幅は一メートルほど。


「無理だな」


「うん」


「バイクなら?」


「たぶん」


「ほら」


「何が?」


「バイク」


「落ちたら死ぬよ」


「車よりは通れるって話」


 律は端末を操作した。


《地点登録》


《車両通行:不可》


《徒歩通行:要確認》


《原因:路面崩落》


 位置情報。


 写真。


 映像。


 崩落範囲。


 まとめて保存する。


 二人は車を少し戻し、道路脇の広い場所へ停めた。


 荷台の固定帯を外す。


 相棒がスロープを降りた。


「ここから歩きか」


 迅が言う。


「うん」


「車、便利だけど終わるの早かったな」


「でもここまで荷物持たなくて済んだ」


「それはでかい」


 律は崩れた道路を見る。


 瓦礫。


 段差。


 その先へ続く、細い旧道。


「四脚なら行けそう」


「四脚?」


「運搬機巧」


「ああ」


 迅が嫌そうな顔をする。


「あの荷台に脚生やしたみたいなやつ?」


「便利だよ」


「ダサい」


「関係ないでしょ」


「大事だろ」


「何に?」


「見た目」


「荷物運ぶのに?」


「お前とは一生分かり合えない気がする」


 律は相棒の予備電池を一本持たせる。


 工具と最低限の荷物だけを背負った。


「行こう」


     ◇


 崩落地点を徒歩で越える。


 その先は、さらに荒れていた。


 昔は大型車両が通っていたのか、道幅そのものは広い。


 だが今は半分以上を草木が覆っている。


 端末へ情報を追加しながら進む。


《徒歩通行:可》


《車両通行:不可》


《北側路肩:崩落》


 迅が空を見上げた。


「こういうのさ」


「何?」


「上から見れば早いよな」


「何を?」


「道」


 迅が両手で四角を作る。


「飛行機巧飛ばして、上から全部撮れば終わりじゃん」


 律が振り返る。


「落ちるでしょ」


「知ってるよ」


「じゃあなんで聞いたの」


「言ってみただけ」


 二人とも基礎学校で習っている。


 黒瀬の管理空域を離れ、高度を上げた飛行機巧は帰還率が極端に低い。


 通信が途絶える。


 機体が壊れる。


 あるいは、そのまま行方不明になる。


 原因は分かっていない。


 だから町の外で長距離偵察用の飛行機巧を使う者はいない。


「昔は飛ばしたらしいけどな」


 迅が言った。


「うん」


「もったいねえよな。地図調査とか一瞬なのに」


「だから俺たちに仕事がある」


「それもそうか」


 迅は納得した。


 律も、それ以上考えなかった。


 空を飛ばせば落ちる。


 それは、水が低い方へ流れるのと同じくらい、昔から知っていることだった。


     ◇


 一時間ほど調査を続けた。


 新しい崩落箇所を二つ。


 倒木を一か所。


 徒歩なら抜けられる脇道を一つ。


 大きな異常はない。


「地味だな」


 迅が二度目の同じ言葉を口にした。


「依頼だから」


「分かってるけどさ」


 その時。


 相棒が止まった。


 律も止まる。


「どうした?」


 頭部が右へ向く。


《音響反応》


「機巧?」


 迅の手がK12へ伸びる。


 律は端末を見る。


「違う」


「何が?」


「通信反応がない」


 ガサッ。


 道の右側。


 背の高い草が揺れた。


 何かがいる。


 迅が銃を構える。


「犬型じゃない?」


「たぶん」


 バキッ。


 太い枝が折れる。


 今度ははっきり聞こえた。


 低い呼吸音。


 律は相棒を前へ出す。


「生き物?」


「そう見えるか?」


「まだ見えない」


 草むらの奥で、何かが地面を掻いた。


 ザッ。


 ザッ。


 そして。


 大きな影がゆっくり姿を現した。


 猪だった。


 ただし、律が基礎学校の資料で見た普通の猪より一回り大きい。


 灰色がかった粗い体毛。


 肩の周囲は皮膚そのものが厚く盛り上がり、泥と古い傷でまだらになっている。


 口元から伸びた二本の牙。


 体重は百キロ前後。


 灰猪。


 黒瀬周辺でも確認されている変異獣の一種。


「……灰猪」


 迅が呟いた。


 灰猪は逃げない。


 低く頭を下げる。


 前脚が地面を掻く。


 律はその動きを見つめた。


 犬型機巧なら。


 脚の構造も。


 センサーの位置も。


 制御核の場所も分かる。


 でも。


「律」


「何?」


「こいつ、どこ狙えば止まる?」


 律は灰猪を見る。


「……知らない」


「おい」


 灰猪が地面を蹴った。

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