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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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初めての報酬

北門をくぐった時には、日がかなり傾いていた。


 黒瀬の防壁の内側へ入る。


 それだけで、律は少し肩の力が抜けるのを感じた。


 門の外と中。


 壁一枚しか隔てていない。


 それでも、周囲に人がいるというだけで空気が違って感じる。


「帰ってきた……」


 迅が大きく息を吐いた。


「疲れた?」


「誰の部品持って歩いたと思ってんだよ」


 迅の背中には、犬型機巧から回収した部品の一部が入った鞄。


 律の相棒も、頭部や脚部を抱えている。


「半分は相棒が持ってる」


「俺は機巧じゃねえんだよ」


「知ってる」


「そういう意味じゃねえ」


 その時。


 律の携帯端末が振動した。


《黒瀬市内網へ接続しました》


 続いて、もう一件。


《黒瀬探索士協会》


《提出された探索記録の確認が完了しました》


 律が通知を開く。


《依頼:北東第二区画・偵察型機巧確認調査》


《達成》


《確認内容:犬型機巧七体》


《基本報酬:12,000円》


《報酬を指定口座へ入金しました》


「通った」


「何が?」


「依頼」


 迅が隣から画面を覗き込む。


「おお」


《入金:12,000円》


 律はそのまま送金画面を開いた。


「迅」


「ん?」


「送った」


「何を?」


 迅の端末が振動する。


《久世律より入金:6,000円》


「早っ」


「半分だから」


「まだ門入ったとこだぞ」


「後でも同じでしょ」


「まあ、そうだけど」


 迅は入金額を見て、少しだけ口元を緩めた。


「……初報酬か」


「うん」


「六千円」


「うん」


「俺、昨日十五万くらい使ったんだけど」


「赤字だね」


「分かってるよ!」


 律は自分の残高を見る。


 こちらも六千円。


 探索士になって初めて、自分で受けた依頼から得た金だった。


 思っていたより嬉しい。


 ただ。


 律の視線はすぐ、相棒が抱えている犬型の頭部へ移った。


「こっちもある」


「お前はそっちの方が嬉しそうだな」


「父さん、買うかな」


「買ってもらわないと困る」


「欲しいの?」


「金が」


「なるほど」


     ◇


 久世工房へ戻ると、佳奈が真っ先に二人へ気づいた。


「おかえり――」


 そこまで言って。


 相棒が抱えている犬型の頭部を見る。


 次に、迅の荷物。


 最後に律を見る。


「……ずいぶん持って帰ってきたわね」


「ただいま」


「うん。おかえり」


 佳奈は律の頭から足元まで確認した。


「怪我は?」


「ない」


「迅くんは?」


「大丈夫です」


「本当に?」


「ちょっと疲れただけです」


 佳奈が安心したように息を吐く。


「よかった」


 その直後。


「父さんいる?」


「いるけど」


「これ買うか聞きたい」


「帰ってきて二言目がそれなの?」


「依頼は達成した」


「そうじゃなくてね」


 作業場の奥から誠司が顔を出した。


「帰ったか」


「うん」


 誠司の視線も、すぐ相棒の抱えている部品へ向いた。


「犬型か」


「一体止めた」


 誠司の動きが一瞬止まる。


「お前が?」


「迅と相棒も」


「何体いた」


「七体」


 誠司の眉が寄った。


「依頼には?」


「一体以上の確認だけ」


「……七体か」


 誠司は少し考える。


「全部と戦ったわけじゃないな?」


「二体。残りは離れた」


「ならいい」


 律は首を傾げた。


「何が?」


「七体相手に最後までやり合って帰ってきたなら、今から説教するところだった」


「逃げたから」


「どっちが?」


「犬型が」


 誠司が律を見る。


「……後で詳しく聞く」


「その前に」


 律は相棒の持っている頭部を指した。


「これ買う?」


 誠司がため息をついた。


「お前は本当に変わらんな」


     ◇


 犬型から回収した部品が、久世工房の作業台へ並べられた。


 頭部。


 右前脚の一部。


 後脚から外した駆動モーター。


 制御核。


 損傷の少ないセンサー類。


 誠司は一つずつ手に取って確認していく。


 律はその横。


 迅は少し離れた椅子に座っている。


「父さん、頭部は?」


「待て」


「右側の測距器は生きてる」


「分かってる」


「通信基板もたぶん――」


「査定してるのは俺だ」


「うん」


「なら黙ってろ」


 律は黙った。


 三秒ほど。


「ここの端子――」


「律」


「はい」


 迅が吹き出した。


「お前、全然黙れねえな」


「気になるから」


「知ってる」


 誠司が頭部を回す。


 表面には迅のK12による傷。


 一つのセンサーが割れている。


「頭部は一基死んでるな」


 迅が少し気まずそうに視線を逸らした。


「迅が撃った」


「言わなくていいだろ!」


「事実だから」


 誠司は傷を見る。


「これくらいなら他は使える。外装も薄い。交換は難しくない」


 次。


 前脚。


 関節を手で動かす。


「駆動軸は無事だな」


「そこ、俺が鋼球当てた」


「よく壊さなかったな」


「狙ったから」


「初めてで?」


「工房で何回も見てる」


 誠司は何も言わず律を見る。


 それから、小さく息を吐いた。


「制御核は?」


「停機器で止めたから壊してない」


「停機器使ったのか」


「一回」


「ちゃんと当てられたか?」


「相棒に押さえてもらった」


 誠司の手が止まる。


「お前が近づいたのか?」


「うん」


「……後で説教する」


「なんで?」


「分からないなら余計にだ」


 迅が頷いた。


「俺も言いました」


「迅」


「味方するぞ、俺は」


 誠司は再び査定へ戻った。


 制御核を簡易検査器へ接続する。


 表示が点灯した。


《起動確認》


《主要系統:正常》


《記録領域:一部破損》


「使えるな」


 律が身を乗り出す。


「記録残ってる?」


「今は触るな」


「でも――」


「売る気あるのか?」


 律が止まった。


「……父さんが買うんでしょ?」


「買ったら工房の物だ」


「分解は?」


「仕事としてならさせる」


「じゃあ売る」


「即決だな」


 迅が呆れた。


「結局触れるんじゃねえか」


「うん」


「ずるくない?」


「工房だから」


 誠司が端末へ金額を入力していく。


 しばらくして。


「全部まとめて、四万六千」


 迅が顔を上げた。


「そんなになるんですか?」


「制御核が生きてるからな。頭部も一部直せば使える。脚部のモーターも悪くない」


 律が聞く。


「安くない?」


「なら協会へ持っていけ」


「売る」


「どっちだよ」


 迅が笑った。


 誠司がもう一度確認する。


「二人の共同戦果だな?」


「うん」


「はい」


「なら買取金は律の口座に入れる。後は二人で分けろ」


《久世工房》


《機巧部品買取:46,000円》


 入金。


 律は受け取った瞬間、半額を入力する。


《送金:23,000円》


《送金先:橘迅》


「送った」


 迅の端末が振動した。


「また早いな」


 迅が今日の入金を確認する。


 依頼報酬。


 六千円。


 部品売却。


 二万三千円。


「二万九千円」


「俺も」


「……結構いいじゃん」


「でも昨日の装備代には届かない」


「お前も五万くらい使ってただろ」


「うん」


「じゃあ次でもう黒字じゃね?」


「同じだけ回収できたら」


「毎回犬型七体は嫌だぞ」


「二体しか戦ってない」


「そこじゃねえ」


 律は作業台を見る。


 すでに久世工房の所有物になった、犬型の頭部。


「父さん」


「なんだ」


「今から開けていい?」


「駄目だ」


「なんで?」


「今日はもう仕事終わりだ」


「少しだけ」


「駄目だ」


「制御核だけ」


「律」


「……明日?」


「明日」


 律は名残惜しそうに頭部を見る。


 佳奈が帳場から声を掛けた。


「その前にご飯食べなさい」


「うん」


「それと、お風呂」


「先に制御核――」


「お風呂」


「……はい」


     ◇


 迅が帰った後。


 律はふと思い出した。


「父さん」


「今度は何だ」


 誠司は工具を片付けている。


「車貸して」


 手が止まった。


「何に使う」


「探索」


「どこまで行く気だ」


「今日くらいのところ」


「北東第二区画か」


「うん」


 誠司は少し考える。


「なんで急に車なんだ」


「今日、歩いたから」


「十二キロを?」


「うん」


「相棒も?」


「うん」


 誠司は律を見る。


 数秒。


「……馬鹿か」


「迅にも言われた」


「門衛にも何か言われなかったか」


「徒歩かって聞かれた」


「そりゃ聞く」


「車、何台も通ってた」


「街道なんだから当たり前だ」


「途中で気づいた」


「遅い」


 律もそう思う。


「次は相棒を荷台に載せる」


「回収品もだろ」


「うん」


「そっちが本命だな」


「丸ごと持って帰れる」


「やっぱりな」


 久世工房の車は、二人乗りの小型電動貨物車だ。


 平らな荷台。


 四輪駆動。


 機巧や大型部品を運ぶため、簡易ウインチと折り畳み式のスロープも積んである。


 相棒を載せても十分余裕がある。


 犬型一体程度なら、さらに積める。


「仕事で使わない日なら貸してやる」


 律の顔が上がった。


「ほんと?」


「ただし条件がある」


「何?」


「街道から無理に外れるな」


「うん」


「車で入れそうにない場所へ突っ込むな」


「うん」


「荷台に機巧積むなら必ず固定しろ。学校で習ったラッシング、忘れてないな?」


「大丈夫」


「あと」


 誠司が律を見る。


「壊したら自分で直せ」


「それは大丈夫」


「そこだけ自信満々だな」


「直せるから」


「壊さない方に自信持て」


 律は少し考えた。


「明日は使う?」


「使う」


「明後日は?」


「まだ分からん」


「分かった」


「もう次行く気か?」


「依頼見るだけ」


「見るだけ、な」


「うん」


 誠司は信用していない顔をしていた。


     ◇


 夜。


 風呂を終えた律は、自室の机に座っていた。


 端末を開く。


 残高は昨日より増えている。


 初探索の利益。


 二万九千円。


 大金というほどではない。


 けれど。


 自分で外へ出て。


 自分で見つけ。


 自分で持ち帰ったものが、金になった。


 少し不思議な感覚だった。


 端末が振動した。


《迅》


《中古バイク見てる》


 律は返信する。


《もう?》


 すぐに返ってきた。


《98000円のオフロードあった》


《K12より安い》


 少し間。


《それ言うの禁止》


 律は笑った。


《今日の報酬で買える?》


《あと69000》


《遠いね》


《お前は車タダで借りるんだろ》


《仕事で使わない日だけ》


《十分ずるい》


 律は返信を止めた。


 探索士協会の依頼一覧を開く。


 低危険度。


 仮探索士受注可。


 いくつもの依頼が並んでいる。


 道路調査。


 獣害確認。


 地図更新。


 機巧確認。


 昨日までなら、報酬額より先に対象の機巧を見ていた。


 今も大して変わらない。


 ただ。


「車があれば……」


 行ける範囲が少し広がる。


 持ち帰れるものも増える。


 律は依頼一覧をゆっくりと下へ送った。


 探索士として稼いだ最初の二万九千円。


 それよりも。


 次に何を見つけられるのか。


 律には、そちらの方がずっと気になっていた。

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