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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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犬型機巧

鈍い金属音が、灰色の廃墟に響いた。


 相棒が機巧刀を右手に構える。


 律はその背後で、腰からスリングショットを取り出した。


 革袋から鋼球を一つ。


 ゴムへ掛ける。


「七体は聞いてないぞ」


 迅が低い声で言った。


 八洲兵装製《K12探索短小銃》の銃口は、正面の犬型へ向けられている。


「依頼にも書いてなかった」


「そういう問題じゃねえ」


 犬型たちは、まだ襲ってこない。


 草むら。


 崩れた建物の陰。


 ひび割れた道路の向こう。


 それぞれが一定の距離を保ちながら、律たちを見ている。


 七体。


 律は周囲を見回した。


 正面。


 左右。


 後方。


「囲まれてる」


「見れば分かる」


「逃げる?」


「走った瞬間、追ってきそうじゃね?」


「多分」


「その『多分』、今はいらねえ」


 律は背後を見る。


 十数メートル先。


 外壁の一部だけが残った古い倉庫。


「倉庫まで下がろう」


「理由は?」


「背中を壁につければ、後ろから来ない」


 迅も倉庫を見る。


「よし」


 二人はゆっくりと後退した。


 相棒が前。


 その横に迅。


 律は一歩後ろ。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 犬型たちも動く。


 距離を詰めるわけではない。


 草むらの中を移動しながら、こちらとの間隔を保っている。


「ついてきてる」


「分かってる」


 迅はK12の照準を一体ずつ移していく。


「まだ撃たないで」


「向こうが来なきゃな」


 倉庫まで、あと五メートル。


 三メートル。


 その時だった。


 一体の犬型が、低く姿勢を落とした。


「来る!」


 迅が叫ぶ。


 ほぼ同時。


 犬型が地面を蹴った。


「速っ――」


 律が言い終えるより先に、K12が鳴った。


 乾いた発砲音。


 一発。


 犬型の前脚付近で火花が散る。


 だが止まらない。


「外した!」


「当たってる!」


「止まってねえだろ!」


 犬型が跳ぶ。


「前!」


 律の命令。


 相棒が踏み込んだ。


 右腕を振る。


 機巧刀が横薙ぎに走る。


 犬型は空中で身体を捻った。


 刃が脇腹を掠める。


 薄い装甲が裂け、金属片が飛んだ。


 着地。


 犬型はそのまま相棒の左脚へ食らいつこうとする。


「押さえて!」


 相棒の左手が伸びた。


 犬型の首元を掴む。


 金属同士が激しくぶつかる。


 犬型が暴れた。


 細い身体からは想像できない力。


 相棒の足が半歩滑る。


「……強い」


 律はスリングショットを引いた。


 頭部。


 複数並ぶセンサー。


 狙いやすい。


 だが。


「そこじゃない」


 照準を下げる。


 前脚の付け根。


 工房で何度も見た場所。


 薄い外装の奥に、駆動軸がある。


 ゴムを離す。


 鋼球が飛んだ。


 カンッ。


 犬型の右前脚が跳ねる。


 瞬間。


 暴れていた力がわずかに抜けた。


「当たった!」


 迅が叫ぶ。


「もう一発――」


「律、右!」


 振り向く。


 二体目。


 すでに近い。


 律は次の鋼球へ手を伸ばす。


 間に合わない。


 K12が二度鳴った。


 一発。


 二発。


 二発目が犬型の頭部へ命中した。


 センサーの一つが砕ける。


 火花。


「センサー!」


「今そこ気にする!?」


 犬型がよろめく。


 だが、倒れない。


「頭撃っても止まらねえのかよ!」


「制御核は胴体!」


「先に言え!」


「知ってると思った」


「普通知らねえよ!」


 犬型が迅へ向きを変えた。


 跳ぶ。


 迅が横へ転がる。


 爪が地面を削った。


「迅!」


「平気!」


 起き上がる。


 だが犬型はすでに迅へ身体を向け直していた。


 近い。


 K12を構える余裕がない。


 迅は腰へ手を伸ばした。


 伸縮警棒を抜く。


 腕を振る。


 カシャッ。


 三段の金属棒が伸びた。


「来いよ」


「迅、近接は――」


「俺だって好きでやってねえ!」


 犬型が飛びかかる。


 迅は真正面から受けなかった。


 半歩横へ。


 すれ違う瞬間。


 警棒を振る。


 ガンッ。


 犬型の頭部が横へ弾かれた。


 迅はそのまま後退する。


「律!」


「分かってる!」


 スリングショット。


 右後脚。


 引く。


 放つ。


 外れた。


「……っ」


 もう一発。


 今度は関節へ命中。


 犬型の姿勢が崩れる。


「今!」


 相棒が動いた。


 最初の一体を地面へ押し倒す。


 そのまま二体目へ駆ける。


 機巧刀を振り上げた。


「脚!」


 律の命令。


 刃が犬型の後脚へ食い込む。


 金属が裂ける。


 一本の脚が半ばから切断された。


 犬型が地面へ転がる。


「止めるぞ!」


 迅がK12を向けた。


「待って!」


「まだ動いてる!」


「停められる!」


 律は腰から停機器を抜く。


 迅が目を見開いた。


「お前、近づく気か!?」


「相棒!」


 律の機巧が倒れた犬型へ覆いかぶさる。


 左腕で胴体を押さえ込む。


 犬型の残った脚が激しく地面を掻く。


「律!」


 迅の声。


 律は走った。


 近づく。


 駆動音。


 金属の軋み。


 爪が地面を削る音。


 工房で見る停止した機巧とは、まるで違う。


 怖い。


 それでも。


 外装の継ぎ目を見る。


 前脚の付け根。


「……あった」


 律は停機器の端子を押し当てた。


 スイッチ。


 バチッ!


 青白い火花が散る。


 犬型の全身が大きく跳ねた。


 駆動音が一瞬高くなる。


 そして。


 消えた。


 脚の動きも止まる。


「……止まった」


 律は息を吐いた。


「お前な!」


 迅が駆け寄ってくる。


「なに?」


「なに、じゃねえよ! 噛まれたらどうする気だったんだ!」


「相棒が押さえてた」


「絶対じゃねえだろ!」


「でも止められた」


「そういう問題じゃ――」


 迅の声が途切れた。


 相棒が立ち上がる。


 律の前へ出た。


《接近反応》


 残り。


 五体。


 律はスリングショットを構える。


 迅もK12を構え直した。


 だが。


「……来ない?」


 一体が後ろへ下がった。


 もう一体。


 さらに一体。


「逃げるぞ」


 迅が呟く。


 最後に残った犬型だけが、しばらくこちらを見ていた。


 赤いセンサー。


 律。


 迅。


 相棒。


 順番に向けられる。


 やがて身を翻した。


 草むらへ飛び込み。


 消えた。


 草の揺れる音も、少しずつ遠ざかっていく。


 律たちはしばらく動かなかった。


「……終わった?」


 迅はまだK12を構えている。


「多分」


「今日その言葉禁止な」


     ◇


 地面には二体の犬型が残っていた。


 一体。


 相棒に押さえ込まれ、前脚を損傷した個体。


 完全には止まっていない。


 もう一体。


 後脚を失い、停機器によって停止した個体。


 迅が動いている方へ銃口を向ける。


「こっちは?」


 律は停機器を見る。


 残り一回。


「止めたい」


「帰りに何が出るか分かんねえぞ」


 律は黙った。


 一度。


 周囲を見る。


 草むら。


 廃墟。


 逃げた五体。


「……残す」


「正解」


「悔しい」


「なんでだよ」


 まだ動ける個体には近づかない。


 迅が携帯端末を取り出した。


 撮影。


 位置情報。


 時刻。


 犬型の数。


 交戦状況。


 探索士端末が記録した行動ログと合わせて保存していく。


「犬型七体確認」


 迅が読み上げる。


「二体と交戦。一体停止。一体損傷。五体離脱」


「最初に見た一体が、他の犬型を呼んだ可能性あり」


「それも書く?」


「うん」


「可能性、な」


「うん」


 迅が記録を追加した。


 町へ戻り、黒瀬の市内網へ接続すれば、そのまま協会へ提出できる。


 今回の依頼は偵察型機巧の確認調査。


 証拠さえ認められれば、わざわざ窓口へ報告に行く必要はない。


「これで依頼は終わりか」


「まだ帰らないと」


「そうだった」


 迅が周囲を見る。


「その前に、お前はそっちだろ」


 律はすでに停止した犬型の横へしゃがんでいた。


「近い」


「そりゃ近いだろ」


「違う」


 律は装甲へ触れる。


「まだ熱い」


「今まで動いてたんだから当たり前じゃね?」


「本当に動いてた」


「戦った後にそこへ感動するんだな、お前」


 律は返事をしなかった。


 目の前にある。


 頭部。


 センサー。


 脚部駆動。


 関節。


 制御核。


 何度も工房で見ている。


 それなのに。


 少し前まで自分で走り。


 こちらを観察し。


 攻撃してきた。


 同じ機械とは思えない。


「……持って帰りたい」


 迅が嫌な顔をした。


「何を?」


「これ」


「丸ごと?」


「うん」


「八十キロくらいあるだろ」


「多分そのくらい」


「無理」


「相棒なら持てる」


 二人は律の機巧を見る。


 犬型一体を持ち上げる程度なら問題ない。


 だが。


 ここから黒瀬まで十二キロ。


 しかも行きより荷物が増える。


 律は端末で相棒の状態を見る。


《主電池:61%》


《副電池:100%》


「持てなくはない」


「持てるかどうかじゃなくて、十二キロそれ持って歩かせるのかって話」


 律は犬型を見る。


「……」


「なあ」


 迅が言った。


「今朝の話」


「何?」


「親父さんの車」


 律が顔を上げた。


「車で来てたら、こいつそのまま載せられたよな」


 律は犬型を見る。


 次に相棒。


 そして頭の中で、久世工房の小型貨物車を思い浮かべる。


 平らな荷台。


 ラッシング。


 積載用のスロープ。


「……載る」


「お前の機巧も?」


「載る」


「予備電池ももっと持って来られる」


「うん」


「で、俺らは前に乗る」


「二人乗りだから」


「もう次から車でよくね?」


 律は真剣に考えた。


「そうする」


「即答だな」


「全部持って帰れる」


「結局そこかよ」


 迅が笑う。


「俺はバイク買うけどな」


「まだ言ってる」


「今日で余計欲しくなった」


「車の方が便利」


「格好いい方がいい」


「便利な方がいいと思う」


「お前とは一生分かり合えない気がする」


     ◇


 犬型を丸ごと持ち帰るのは諦めた。


「必要なところだけ外す」


 律が工具を出す。


「どこ?」


 迅が聞く。


「頭部」


「うん」


「右前脚」


「うん」


「後脚の駆動部」


「うん」


「制御核」


「……ほぼ全部じゃねえか」


「胴体外装はいらない」


「それを必要なところだけって言うのか?」


 律は腰の整備用ハンマーを抜いた。


 迅が見る。


「やっと武器使うのか」


「工具」


「戦闘中より生き生きしてんな」


「慣れてるから」


 いつもの作業。


 ただし、工房ではない。


 作業台もない。


 いつ野良機巧が戻ってくるかも分からない。


「急げよ」


「分かってる」


 迅はK12を持ち、周囲を警戒する。


 律は犬型を分解していく。


 頭部。


 前脚。


 駆動モーター。


 制御核。


 損傷の少ないセンサー類。


 三十分ほどで作業を終えた。


 回収した部品をまとめる。


《追加積載重量:36.7kg》


「三十六キロ……」


 迅が表示を見る。


「一部でこれ?」


「丸ごとなら八十キロ前後かな」


「やっぱ車だな」


「うん」


 律は地面に残った胴体を見る。


「もったいない」


「また言ってる」


「外装も使えるのに」


「持って帰れないもんは仕方ないだろ」


「車なら」


「次な、次」


 相棒に大半の部品を持たせる。


 迅も比較的軽い部品をいくつか背負った。


「なんで俺まで」


「共同戦果だから」


「そういう時だけ公平だな」


「売ったら半分だから」


「じゃあ高く売ってくれよ」


「父さんが買うかも」


「お前んちで?」


「野良の部品、普通に仕入れてるから」


「じゃあ話早いな」


「欲しい部品は売らないけど」


「おい」


「その分はちゃんと払う」


「ならいい」


 二人は帰路についた。


     ◇


 行きより歩みは遅かった。


 部品を積んだ相棒。


 荷物を背負った二人。


 往路ではあれほど軽口を叩いていた迅も、しばらくすると口数が減った。


「……車」


 迅が呟く。


「何?」


「次、絶対借りろ」


「うん」


「俺も早くバイク買う」


「二人乗りできるの?」


「できるだろ」


「相棒は?」


「荷台」


「バイクに荷台ないよ」


「牽引台車つけりゃいい」


 律は少し考える。


「それなら犬型も運べる?」


「お前は何でも犬型基準で考えるのやめろ」


 しばらく歩く。


 やがて。


 端末が振動した。


《黒瀬市内網へ接続しました》


 町の防壁が遠くに見える。


 続けて通知。


《未送信探索記録を確認》


《探索士協会へ提出しますか?》


 迅が端末を操作する。


「送るぞ」


「うん」


《送信》


 位置情報。


 動画。


 写真。


 探索ログ。


 すべてが黒瀬探索士協会へ送られる。


 数十秒。


《依頼記録を受理しました》


《内容確認中》


「これで窓口行かなくていいの楽だな」


「部品売るならどこか行かないと」


「お前んちだろ?」


「父さんが買えば」


「買わなかったら?」


「その時は協会か部品屋」


 北門が近づいてきた。


 初めての探索。


 初めての野良機巧。


 初めての戦闘。


 そして。


 初めて、自分たちの力で手に入れた回収品。


 律は相棒が抱えている犬型の頭部を見る。


 早く工房で開けたい。


「帰ったら分解する」


「まだ分解すんの?」


「もっと中見る」


「好きにしろ」


 迅がため息をつく。


 律は少し笑った。


 その時。


 ふと、置いてきた犬型の胴体を思い出す。


 次に同じ場所へ行った時。


 あれは、まだ残っているだろうか。


 律は一度だけ振り返った。


 遠くの旧工業区画は、黒瀬の外壁の向こうにもう見えなくなっていた。

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