赤字
黒瀬へ戻った頃には。
すでに夜になっていた。
その日は全員の無事と、大まかな状況だけを協会へ報告。
詳しい話は翌日に回し。
僕たちは、それぞれ帰ることになった。
◇
翌朝。
僕たちは、再び黒瀬探索士協会へ集まった。
僕。
迅。
奏さん。
蓮司さん。
由良さん。
剛志さん。
千景さん。
昨日の調査に参加した七人全員。
会議室の机には。
端末から送った位置情報や映像が並べられている。
「では、最初から確認します」
協会職員が端末を操作した。
地図。
僕たちが進んだ経路。
そして。
犬型を発見した位置。
「犬型は、かなり広い範囲に散らばっていました」
奏さんが言う。
「人型機巧のすぐ近くを守っていたわけではありません」
由良さんの索敵機巧が撮影した映像も表示される。
森の中を単独で移動する犬型。
別方向でも。
また一機。
「外側に警戒網を作っていた?」
職員が聞く。
「その可能性が高いと思います」
僕が答える。
「犬型は、おそらく周囲の情報を人型機巧と共有しています」
こちらを見つけた時点で。
すでに存在を知られたと考えた方がいい。
「前回、久世さんたちが人型の近くまで接近できたのは?」
「岩熊の影響かもしれません」
岩熊。
身体には、新しい銃創がいくつも残っていた。
人型たちに撃たれて。
北へ追い出された。
その前に。
周辺を動いていた犬型を何機か壊していた可能性がある。
「前回だけ、警戒網に穴が開いていたと」
「推測ですけど」
職員が記録する。
◇
次に表示されたのは。
人型機巧がいた場所。
そこから南へ続く足跡。
途中で。
足跡は途切れる。
代わりに。
太いタイヤ痕。
「人型と犬型の足跡は、この場所で消えています」
僕が説明する。
「大型車両へ乗った?」
「多分」
「車両そのものは?」
「見てません」
確認できたのは。
地面に残った痕跡だけ。
僕たちは、そのタイヤ痕を追って。
さらに南へ向かった。
そこで見つけたのが。
撃たれた灰猪。
「素材の回収はされていなかった?」
「はい」
迅が答える。
「撃っただけです」
「探索士なら、普通は何かしら回収するな」
剛志さんが言った。
肉。
革。
売れるものは多い。
それを。
全部そのまま残していた。
「通行の邪魔だったから排除しただけかもしれません」
奏さんが言った。
次。
さらに南。
森が少し開け。
何度も車両が通ったことで。
道のようになっていた場所。
職員が映像を拡大する。
「かなり通っていますね」
「はい」
深い轍。
重なったタイヤ痕。
邪魔になる倒木だけが処理されている。
一度。
一台。
通っただけではない。
「人型機巧は、以前からこの道を利用していた可能性が高いですね」
「僕もそう思います」
道は。
さらに南へ続いていた。
◇
そこから。
戦闘記録へ変わる。
白煙を引く対装甲ロケット弾。
急激に進路を変える黒い四駆。
横転。
対装甲ロケット砲を持った人型。
狙撃銃を持った人型。
そして。
二機との戦闘。
「この二機は、撃破を確認しています」
職員が言う。
「はい」
一機は迅。
もう一機は奏さんと迅。
どちらも。
完全に停止したことを確認した。
続いて。
由良さんの索敵機巧が撮影した近距離映像。
倒れた人型機巧。
胸。
肩。
腕。
脚。
外側を覆う装甲。
「この装甲は、本体ではありません」
僕が言う。
「取り外せる?」
「はい」
固定具があった。
装甲の下には。
もっと細い人型の骨格。
駆動部。
配線。
「人間が防護アーマーを着るのと近いです」
「武器も内蔵ではない」
「はい」
手で持っている。
銃。
狙撃銃。
対装甲ロケット砲。
「同じ人型でも、装備を変えれば役割を変えられる」
「多分」
作業。
運搬。
警備。
戦闘。
同じ身体を。
用途に応じて使い分けられる。
「かなり汎用性が高いですね」
職員が呟いた。
◇
「問題は、この後です」
映像が切り替わる。
僕たちが。
撃破した人型機巧を確認している。
その直後。
後方で爆発。
僕の黒い四駆。
続いて。
奏さんたちの四駆。
二台とも破壊された。
「攻撃した機巧は確認できていません」
由良さんが言う。
「索敵機にも映りませんでした」
「少なくとも、撃破した二機とは別の個体が残っていた」
迅が言った。
「そう考えるしかないね」
奏さんが続ける。
僕は。
映像を見ながら考える。
二機を倒した。
当然。
僕たちは。
そっちへ意識を向けた。
近づいて。
調べた。
その間。
車から離れていた。
「……あの二機を使ったんだ」
僕が言った。
「使った?」
迅がこちらを見る。
「僕たちの注意を集めるために」
正面から戦えば。
人型側にも被害が出る。
実際。
すでに二機やられている。
迅の対物ライフル。
奏さんの射撃。
アシュラ。
そのまま戦い続ければ。
さらに被害が出る。
「だから、こっちが倒した人型に集まってる間に」
千景さんが言う。
「別のやつが回り込んだ?」
「多分」
車へ。
僕たちが戻る前に。
「それで二台とも壊した」
迅が呟く。
「追跡を続けられなくするために」
奏さんが頷いた。
「正面から全員を相手にするより、そっちの方が効率がいい」
車を失えば。
追跡は難しくなる。
実際。
僕たちは。
そこで撤退した。
「戦闘すること自体が目的ではない」
協会職員が言った。
「追跡を止めるために、必要な攻撃だけを行った」
「そんな感じがします」
最初に遭遇した時も。
人型は。
最初から僕たちを追ってきたわけじゃない。
撤退しようとしていた。
僕たちが追ったから。
戦闘になった。
今回も。
追跡手段を潰した後は。
それ以上攻撃してこなかった。
「野良機巧とは、かなり違いますね」
由良さんが言った。
犬型による警戒。
人型による戦闘。
狙撃。
対装甲火器。
大型車両。
撤退。
それぞれが。
役割を持っている。
「今後は、従来の野良機巧とは別の存在として扱います」
職員が言った。
◇
地図が表示される。
今回。
僕たちが到達した場所。
その先。
南。
「旧時代の記録では、この先にもいくつか施設があります」
「何の施設?」
迅が聞く。
「詳細は残っていません。ただ、古い地図では採掘や工業に関連する施設がいくつか確認できます」
五百年前。
今。
何が残っているかは分からない。
そもそも。
人型機巧がそこへ向かっているのかも分からない。
「今回は、ここまでです」
職員が地図を閉じる。
「追加調査は?」
剛志さんが聞く。
「現時点では行いません」
敵の総数は不明。
対装甲ロケット砲。
狙撃銃。
大型車両。
さらに。
こちらは車を二台失った。
「浪華探索士協会とも情報を共有します。そのうえで今後の対応を検討します」
今回の依頼は。
これで終了。
◇
端末に。
精算内容が届いた。
依頼報酬。
危険手当。
犬型の警戒網。
人型機巧。
大型車両。
戦闘記録。
新しく得た情報にも。
買い取り額が付いている。
「結構あるな」
迅が言った。
「うん」
普通なら。
かなりいい依頼だったと思う。
僕は。
頭の中で計算する。
弾薬。
アシュラの盾。
消耗品。
それから。
黒い四駆。
「……赤字」
「だろうな」
迅がすぐに答えた。
「かなり赤字」
「車一台だからな」
買ってから。
まだそれほど経っていない。
最新型。
高かった。
本当に。
高かった。
「いくらしたんだ?」
「聞かないで」
「気になるだろ」
「聞かないで」
「分かった分かった」
迅が笑う。
笑えない。
奏さんも。
似たような顔で端末を見ていた。
「こっちも赤字だね」
「やっぱり?」
「車なくなったから」
人型を二機倒した。
新しい情報も手に入れた。
それでも。
残骸は回収できず。
車を失った損失の方が大きい。
金銭的には。
完全に赤字だった。
◇
協会を出る。
駐車場へ行く。
当然。
僕の黒い四駆はない。
「……」
「見るなよ」
迅が言う。
「何を?」
「車があった場所」
「見てない」
「見てたぞ」
「……」
迅が。
自分の四駆を見る。
「しばらく、これ使えば?」
「いいの?」
「ああ」
迅には。
バイクもある。
「俺がバイク使う日は空いてるし。一緒に探索するなら一台でも問題ないだろ」
「でも」
「次の車買うまででいい」
助かる。
「ありがとう」
「ただし」
「何?」
「壊すなよ」
「……気をつける」
「その間は何なんだよ」
「絶対とは言えないから」
「言えよ」
◇
迅の四駆で。
久世工房へ戻った。
整備区画。
アシュラ。
昨日受けた弾痕が。
盾に残っている。
肩。
脚。
各部。
点検するところは多い。
「まず盾だな」
迅が言う。
「うん」
弾薬も補充する。
細かな調整も必要。
それに。
新しい車。
すぐ買うか。
しばらく迅のを借りるか。
「しばらく借りる」
「そうしろ。その方がいい」
今すぐ。
また大きな出費をする気にはなれなかった。
僕は。
アシュラを見る。
探索ばかりで。
しばらく後回しになっていることがある。
「……闘技場」
「そういや」
迅も思い出したように言う。
「最近、全然行ってないな」
「うん」
「そろそろ行っといた方がいいんじゃないか?」
人型機巧のことは。
もちろん気になる。
南へ続く道も。
その先に何があるのかも。
でも。
追加調査は止められた。
今すぐ。
僕たちだけで戻ることもできない。
だったら。
他にやることもある。
まず。
アシュラを直す。
それから。
「浪華に行こう」
「闘技場?」
「うん」
久しぶりに。
アシュラを。
闘技場へ連れていく。




