帰還
「全員無事か?」
剛志さんが聞いた。
「はい」
僕は頷く。
木々の間に隠された四駆。
傷一つない。
それを見て。
ようやく少しだけ緊張が抜けた。
「車を二台やられたって?」
「両方とも燃えてます」
「……そうか」
剛志さんが南を見る。
「人型は?」
「二機倒しました」
迅が答える。
「でも、別のやつが残ってます。多分」
「そいつに車を?」
「はい」
千景さんが空を見上げた。
「話は後にした方がよさそうだね」
僕も上を見る。
木々の向こう。
空が暗くなり始めている。
森の中は。
もう薄暗かった。
朝。
黒瀬を出た。
そこから人型機巧を探して。
南へ進んで。
タイヤ痕を追って。
戦って。
気づけば。
随分時間が経っていた。
「これ以上は無理だね」
奏さんが言った。
反対する人はいない。
敵の位置は分からない。
何機残っているのかも分からない。
車は一台。
そして。
もうすぐ夜になる。
「撤退しましょう」
僕が言った。
「ああ」
迅も頷く。
「暗くなってから、あいつらとやり合う気にはならない」
「俺もだ」
剛志さんが言った。
問題は。
帰り方だった。
◇
「……全員乗れるか?」
蓮司さんが四駆を見る。
人間だけで。
七人。
それに。
アシュラ。
由良さんの索敵機巧。
「車内だけじゃ無理だな」
剛志さんが答えた。
「荷台を使うしかないね」
千景さんが言う。
僕は荷台を見る。
広さはある。
普段なら装備や回収品を載せる場所。
「アシュラを載せます」
「一番重いのを?」
迅が聞く。
「歩かせるよりいい」
帰り道で何かあった時。
バッテリーを減らしたくない。
それに。
今から暗い森を長距離歩かせる必要もない。
アシュラが荷台へ上がる。
身体を低くする。
固定具を使い。
車体へしっかり固定した。
「こっちも載せるね」
由良さんが索敵機巧を操作する。
四脚を折り畳むようにして。
アシュラの横へ収める。
「まだ人は乗れるな」
剛志さんが荷台を見る。
「僕は後ろでいいです」
「じゃあ俺も」
迅が言った。
「律一人だけだと何かあった時困るだろ」
「狭いよ」
「今さらだろ」
車内には。
剛志さん。
千景さん。
奏さん。
蓮司さん。
由良さん。
荷台には。
僕。
迅。
アシュラ。
索敵機巧。
快適とは言えない。
でも。
全員乗れた。
「重量、大丈夫?」
由良さんが聞く。
「帰るだけなら問題ない」
剛志さんが答える。
「飛ばさなきゃな」
それで十分だった。
◇
四駆がゆっくりと森を抜ける。
僕は荷台から周囲を見る。
迅も対物ライフルを手放していない。
アシュラは座った状態のまま。
盾だけは。
すぐ外せる位置にしてある。
暗くなってきたとはいえ。
まだ敵の活動圏内。
完全に安全になったわけじゃない。
「来ないな」
迅が小さく言った。
「うん」
僕たちを追ってくる様子はない。
銃声も。
ロケット弾も。
飛んでこない。
あいつらの目的は。
僕たちを殺すことじゃなかったのかもしれない。
車を壊した。
追跡できなくした。
それだけで。
十分だった。
「追い返されたな」
迅が言った。
「……そうかも」
僕たちは。
追っていた。
でも。
途中から。
完全に相手の方が一枚上だった。
◇
来た時に使った道を戻る。
森は。
どんどん暗くなっていく。
前方を照らす車両灯。
その範囲だけ。
地面が白く浮かぶ。
何度か。
由良さんが車を止めさせた。
「少し待って」
索敵。
周囲の音。
レーダー。
光学。
確認して。
「大丈夫。進んで」
また走る。
慎重に。
北へ。
僕は。
途中で一度だけ。
後ろを見た。
南。
もう。
何も見えない。
あの道も。
人型機巧も。
燃えているはずの二台の四駆も。
全部。
暗い森の向こうだった。
◇
端末に表示が戻った。
「圏内」
僕が言う。
車内から奏さんの声。
「協会へ連絡しよう」
僕は端末を操作した。
黒瀬探索士協会。
接続。
すぐに応答が返ってくる。
『こちら黒瀬探索士協会』
「久世です」
『久世さん。状況を』
僕は。
今日起きたことを順番に伝える。
人型機巧の活動を確認。
犬型による警戒網。
大型車両のタイヤ痕。
何度も使われている道。
対装甲ロケット砲を持つ人型。
狙撃役。
二機撃破。
さらに別の敵が残っていたこと。
そして。
「車両を二台失いました」
『二台?』
「僕の四駆と、白峰さんたちの四駆です」
少し間が空いた。
『人的被害は?』
「ありません」
『負傷者も?』
「いません」
『現在地は?』
位置情報を送る。
『そのまま帰還してください。追加調査は禁止します』
「分かりました」
『明日、全員で協会へ来てください』
「はい」
通信を切る。
迅が息を吐いた。
「追加調査は禁止、か」
「当然だと思う」
「まあな」
二台失っている。
人型を二機倒したからといって。
成功とは言いにくい。
◇
黒瀬が見えてきた頃には。
完全に夜になっていた。
町の明かり。
門。
人。
いつもなら。
ただ帰ってきただけ。
でも。
今日は。
それだけで安心した。
四駆が町へ入る。
「着いた……」
由良さんの声。
「狭かった」
迅が荷台で身体を伸ばす。
「僕も」
「お前はアシュラの横選んだんだから自業自得だろ」
「そうだけど」
四駆が止まる。
荷台から降りる。
アシュラの固定を外す。
地面へ降ろす。
僕は。
少しだけ立ち止まった。
朝。
ここを出た時。
四駆は三台あった。
今。
戻ってきたのは。
一台だけ。
人型機巧を二機倒した。
今まで知らなかった情報も得た。
それでも。
大型車両には追いつけず。
残骸も回収できなかった。
そして。
追跡そのものを。
途中で諦めるしかなかった。
迅が隣へ来る。
「律」
「何?」
「今日はもう帰ろうぜ」
「うん」
僕は一度だけ。
町の外。
南の方角を見る。
暗くて。
何も見えない。
その先に。
人型機巧たちがいる。
そして。
あいつらが帰る場所も。
多分。
ある。
今日は。
僕たちの負けだった。




