待ち伏せ
南へ続く太いタイヤ痕。
僕たちは、しばらくその跡を眺めていた。
「追う?」
奏さんが聞く。
「徒歩じゃ無理だな」
迅が答える。
相手は大型車両を使っている。
いつ出発したのかは分からない。
このまま歩いて追ったところで、距離が開くだけだ。
「一度、車に戻りましょう」
僕が言った。
反対する人はいなかった。
◇
来た道を戻り、四駆を停めた場所まで戻る。
そこで。
剛志さんが口を開いた。
「全員でこのまま追うのはまずいな」
「協会への報告?」
千景さんが聞く。
「ああ」
ここは通信圏外。
大型車両の痕跡を追って、さらに南へ進む。
どこまで行くことになるのか分からない。
何も知らせずに全員で奥へ入るのは危険だった。
「俺たちが戻る」
剛志さんが言った。
「通信が繋がるところまで戻って、協会に報告する。その後で追いつく」
「二人だけで大丈夫?」
奏さんが聞く。
「来た道を戻るだけだ」
千景さんも頷いた。
「報告したら、すぐ追いかけるよ」
僕は端末を取り出した。
さっき見つけた大型車両のタイヤ痕。
位置。
進んでいた方向。
必要な情報を剛志さんたちと共有する。
「人型がまだこの先にいるかは分かりません」
「分かってる」
「犬型もいるかもしれない」
「それも報告しとく」
三台の四駆が動き出した。
僕たちと奏さんたちは南へ。
剛志さんと千景さんは北へ。
◇
さっき見つけたタイヤ痕まで戻る。
そこから。
二台の四駆で南へ向かった。
僕たちが先頭。
奏さんたちが少し距離を空けて続く。
最初のうちは、かなり走りにくかった。
道なんてない。
木々の隙間。
轍。
誰かが通ったような跡を拾いながら進む。
大型車両のタイヤ痕は、はっきり残っていた。
「かなり重いな」
助手席の迅が窓の外を見る。
「うん」
柔らかい場所では、地面が深く沈んでいる。
それだけじゃない。
低い枝が折れている。
倒木も。
車両が通れる程度に途中だけ切られていた。
「一回通っただけじゃなさそうだな」
「僕もそう思う」
さらに進む。
しばらくして。
「律、止めろ」
迅が言った。
ブレーキを踏む。
「何?」
「あれ」
少し先。
道の脇。
何かが倒れている。
「灰猪?」
「だな」
四駆を降りる。
灰猪はすでに死んでいた。
まだ腐敗は進んでいない。
近づく。
「撃たれてる」
迅がしゃがみ込む。
身体に複数の穴。
頭部にも一発。
食われた様子はない。
素材を取られた様子もない。
ただ。
殺されて。
そのまま残されている。
「探索士じゃなさそう」
「素材を全部置いていく理由ないからな」
僕もそう思う。
人型機巧。
頭に浮かぶ。
「邪魔だったから撃った?」
「かもな」
詳しく調べる時間はない。
僕たちは四駆へ戻った。
◇
さらに南へ。
しばらくすると。
森が少しずつ開けてきた。
地面も変わる。
「……道?」
迅が言った。
「みたいだね」
もちろん。
昔の舗装が残っているわけじゃない。
土。
砂利。
草。
それだけ。
でも。
周囲とは明らかに違う。
低い草木が少ない。
太い轍が何本も重なっている。
穴や岩を避けるように、同じ場所を何度も車両が通った跡。
倒木も。
車一台が通れる幅だけ切られている。
道というより。
誰かが何度も通った結果、道になった。
そんな感じだった。
「ここ、ずっと使ってるな」
「うん」
一度や二度じゃない。
あの大型車両だけじゃないのかもしれない。
僕は速度を少し上げた。
奏さんたちの四駆も後ろからついてくる。
タイヤ痕は。
さらに南へ続いていた。
◇
それから。
それほど進んでいない。
「律!」
迅が叫んだ。
前方。
木々の間から。
白い煙を引いて何かが飛んでくる。
対装甲ロケット弾。
考えるより先に、ハンドルを切った。
黒い四駆の車体が大きく傾きながら、進路を外れる。
ロケット弾が車体のすぐ脇を抜けた。
次の瞬間。
路肩で爆発した。
轟音。
土と石が車体を叩く。
前輪が深い轍へ落ちた。
大きく傾いた車体は、そのまま戻らなかった。
「律!」
世界が横へ倒れる。
激しい衝撃。
ガラスが砕けた。
身体がシートベルトに強く引かれる。
そして。
止まった。
「……迅!」
「無事だ!」
僕も身体を確認する。
腕。
脚。
頭。
動く。
「僕も大丈夫」
黒い四駆は横倒しになっていた。
外から銃声。
車体に何かが当たる。
「出るぞ!」
「うん!」
シートベルトを外す。
上になった運転席側の扉を押し開ける。
外へ出る。
迅も続いた。
「アシュラ!」
横倒しになった荷台。
固定を解除する。
アシュラが身体を起こす。
荷台から這い出るようにして地面へ降りた。
『律君!』
無線から奏さんの声。
「無事です!」
『こっちも森に入る!』
後ろを見る。
奏さんたちの四駆が道を外れた。
木々の間が少し広くなった場所へ入り込む。
道路から距離を取る。
太い木を遮蔽物にできる位置で停車した。
三人がすぐに車から降りる。
「迅!」
「先に森へ!」
僕たちも走った。
アシュラが盾を構えながら後ろをついてくる。
森へ入る。
その直後。
「また来る!」
迅の声。
木々の向こう。
再び白煙。
二発目の対装甲ロケット弾。
でも。
今度は違った。
アシュラの頭部が飛来するロケット弾へ向く。
背部の銃が動く。
短い連射。
空中。
ロケット弾が爆発した。
火と煙。
破片が木々を叩く。
「……撃ち落とした」
「最初から来るって分かってればな」
迅が言う。
その直後。
別の銃声。
アシュラが盾を上げた。
強い衝撃。
盾の表面が大きく抉れる。
「狙撃!」
僕は木の陰へ入る。
前回と同じ。
いや。
今度は。
狙撃だけじゃない。
対装甲ロケット砲まである。
◇
奏さんたちがこちらへ合流する。
蓮司さんが先頭。
強化外骨格の上から重い防護アーマー。
盾を構えている。
「全員無事?」
「はい」
「車は?」
奏さんが横倒しになった黒い四駆を見る。
「すぐには動かせません」
「こっちは動かせる」
森の中。
木を挟んで奏さんたちの四駆が停まっている。
一台は残っている。
「撤退するなら、全員乗れる」
奏さんが言った。
それもできる。
黒い四駆を置いて。
奏さんたちの車で北へ戻る。
でも。
迅が道の北側を見る。
「剛志さんたち」
僕も気づいた。
協会への報告を終えれば。
二人は。
この道を通って追いかけてくる。
「このままだと、同じ場所で撃たれる」
由良さんが言った。
「連絡は?」
「ここは圏外です」
近距離無線も。
まだ届く距離にはいない。
奏さんが少し考える。
「選ばないとね」
このまま撤退して。
剛志さんたちを途中で止めるか。
それとも。
ここで待ち伏せしている敵を倒すか。
迅が対物ライフルを構えた。
「俺は倒す方でいいと思う」
「理由は?」
「対装甲ロケット砲を持ってるやつの位置さえ分かれば、撃てる」
奏さんが僕を見る。
「律君は?」
僕はアシュラを見る。
盾。
さっきの狙撃弾は止めた。
二発目のロケットも。
迎撃できた。
「僕も」
頷く。
「ここで倒したいです」
「決まりだね」
◇
「由良」
「分かってる」
由良さんが索敵機巧を前へ出す。
小型の四脚機巧が、低い姿勢で森の中へ進んでいく。
もう。
隠れて近づく必要はない。
こっちの位置は完全に知られている。
「アシュラは?」
奏さんが聞く。
「前に出します」
「狙わせる?」
「半分は」
狙撃役が撃ってくれば。
位置を絞れる。
盾なら。
すぐには抜かれない。
「無茶させるなよ」
迅が言う。
「分かってる」
アシュラが前へ。
盾を構える。
木から木へ。
少しずつ位置を変える。
一発。
銃声。
盾に命中。
「右前!」
迅がそちらを見る。
でも。
姿は見えない。
『反応あり』
由良さんの声。
『前方。何か動いてる』
「確認できる?」
『もう少し』
索敵機巧が進む。
数秒。
『見えた』
「何?」
『人型。一機』
由良さんから映像が共有される。
木々の間。
倒れた太い幹の後ろ。
見たことのない防具。
人型機巧。
肩には。
筒状の武器。
「対装甲ロケット砲」
迅が対物ライフルを構えた。
「位置送って」
『送った』
迅が少しだけ移動する。
木々の隙間。
射線を探す。
「見えた」
迅が引き金を引いた。
対物ライフルの重い銃声。
遠く。
対装甲ロケット砲を構えていた人型機巧の頭部が撃ち抜かれた。
ヘルメットごと砕け、金属片が後方へ飛び散る。
身体が力を失い、そのまま後ろへ倒れた。
「一機」
でも。
直後。
狙撃弾が飛んできた。
アシュラの盾に命中。
「まだいる!」
奏さんが長銃を構える。
由良さんの索敵機巧が方向を変えた。
『狙撃は……もう少し左』
また一発。
今度は木の幹が弾けた。
「見つけた」
奏さんが言う。
銃声。
一発。
遠くで。
人型機巧が木の陰へ崩れる。
「当たった?」
「当てた。でもまだ動いてる」
迅もすぐに照準を向ける。
「見えた」
次の瞬間。
対物ライフルの銃声。
今度こそ。
人型機巧の動きが止まった。
しばらく。
誰も動かなかった。
ロケットは来ない。
狙撃も。
ない。
「……終わった?」
蓮司さんが言う。
「まだ確認するまで分からない」
奏さんが答えた。
僕も同じだった。
前回。
人型機巧を追って。
アシュラは撃たれた。
もう。
簡単には近づかない。
「索敵機を先に」
「うん」
由良さんの小型機巧が。
ゆっくりと。
二機の人型機巧が倒れた場所へ向かっていった。




