警戒網
三台の四駆を停めたのは、前回と同じ場所だった。
ここから先は徒歩になる。
黒い四駆の荷台からアシュラが降りる。
奏さんたち。
剛志さんと千景さんも、それぞれ装備を整えていた。
「一応、最初に確認しておこうか」
奏さんが端末を取り出した。
「前回の遭遇から二日経ってる」
僕も頷く。
あの人型機巧が、今も同じ場所にいるとは限らない。
むしろ。
二日もあれば、どこかへ移動していてもおかしくない。
「今回の目的は、前回の交戦地点を中心に再調査」
奏さんが続ける。
「人型が残っていれば位置を確認。いなければ痕跡を探す。それでいいね?」
「はい」
「見つけても、一組だけで仕掛けない」
前回。
人型機巧を追ったアシュラは、見えない位置から狙撃された。
同じことはしない。
「チャンネル確認」
全員が端末を見る。
『聞こえる?』
奏さんの声が無線から聞こえる。
「聞こえてます」
『こっちも問題ない』
千景さん。
剛志さん。
蓮司さん。
由良さん。
迅。
全員の声を確認する。
町との通信は、この先で使えなくなる。
でも。
互いの距離が離れすぎなければ、近距離無線は使える。
「律君たちは中央」
奏さんが地図を見る。
「私たちは東側。剛志さんたちは西側」
「了解」
『了解だ』
三方向。
前回、人型機巧を確認した地点を中心に。
距離を空けて進む。
「じゃあ、行こう」
◇
アシュラを先頭に進む。
僕の少し右側を、迅が歩いている。
対物ライフルはすぐに構えられる状態。
前回と違って。
人型機巧がいる場所へ向かっているわけじゃない。
いるかもしれない場所。
それだけだ。
『こちら奏。予定位置まで到達』
『西側も問題なし』
「中央も問題ありません」
三方向から。
少しずつ距離を詰めていく。
アシュラのレーダーには、まだ目立った反応はない。
二日。
もういないかもしれない。
そう思い始めた時だった。
『止まって』
由良さんの声。
僕も足を止める。
『索敵機に反応。前方に一つ。移動してる』
由良さんの小型機巧が、奏さんたちより少し先を進んでいる。
レーダーで何かを捉えたらしい。
「何か分かります?」
『まだ。確認させる』
少し待つ。
無線が静かになる。
数秒。
『犬型』
迅が僕を見る。
「いたか」
人型ではない。
でも。
二日前と同じ犬型機巧。
『こっちへ近づいてる』
由良さんの声。
『まだ気づいて――』
言葉が止まった。
『気づかれた』
直後。
銃声が響いた。
一発。
二発。
『犬型、離れる!』
「人型がいた方向へ?」
『分からない。とにかくこっちから離れてる』
「落とせる?」
『蓮司!』
『任せろ』
短い銃声。
何発か続く。
少しして。
『撃破』
奏さんの声が戻った。
でも。
迅が僕を見る。
「もう知られたと思った方がいいな」
「うん」
犬型は、おそらく周囲の情報を人型機巧と共有している。
こちらを見つけた時点で、すでに存在を知られたと考えた方がいい。
「少なくとも」
迅が前を見る。
「あいつら、二日前だけここにいたってわけじゃなさそうだな」
「うん」
人型がまだいるかは分からない。
でも。
犬型が今もいる。
この一帯で、何らかの活動が続いている可能性は高い。
前回。
僕と迅が人型機巧のすぐ近くまで入れたことの方が、不自然だったのかもしれない。
岩熊。
身体には何発もの弾痕が残っていた。
もし。
あの岩熊が、この辺りを動き回っていた犬型と先に何度も遭遇していたとしたら。
何機か壊していた可能性もある。
前回は。
警戒する犬型が減っていた。
だから。
僕たちは奥まで入り込めた。
「進もう」
迅が頷く。
三組は、そのまま前進を続けた。
◇
『西側、犬型一機』
今度は剛志さんの声。
『こっちを見てる』
「そっちにも?」
『ああ』
少し間を置いて銃声。
『逃げた』
「追わなくていい!」
奏さんの声が飛ぶ。
『分かってる』
犬型。
一機だけじゃない。
かなり広い範囲にいる。
「偵察用だな」
迅が言う。
「多分」
人型機巧のすぐ近くを守っているわけじゃない。
もっと外側。
かなり離れた場所まで散らばって。
近づいてくるものを探している。
犬型が。
警戒線になっている。
『中央は?』
「まだ反応なしです」
前回の交戦地点が近づく。
全員が周囲を警戒している。
特に。
遠くまで射線が通る場所。
斜面の上。
木々の隙間。
前回の狙撃役が残っている可能性もある。
僕は何度も周囲を見る。
銃声はない。
◇
三組が合流した。
前回。
人型機巧を確認した場所。
誰もいなかった。
「やっぱりいないか」
迅が言う。
奏さんも周囲を見る。
「二日経ってるからね」
「でも、犬型はいた」
由良さんが索敵機巧の端末を見る。
「この辺りを完全に離れたわけじゃなさそう」
僕は地面を見る。
足跡が残っている。
人間に似た二足歩行の跡。
複数。
犬型の跡も混じっていた。
「いつのものか分かる?」
僕が聞く。
千景さんがしゃがみ込む。
「正確には無理。でも、前に律たちが来た後にも動いてると思う」
「戻ってきてた?」
「可能性はあるね」
前回。
僕たちが撤退したあと。
人型機巧がまたこの場所へ戻ってきたのかもしれない。
何のために。
「前回、人型はこの辺にいたんだよな?」
剛志さんが聞く。
「はい」
「何してた?」
「分かりません」
僕たちは周囲を調べた。
崩れた斜面。
草木。
土に半分埋まったコンクリート。
赤錆びた金属片。
自然にできたとは思えない地形もある。
昔。
ここに何かあった。
それくらいは分かる。
でも。
五百年も経っている。
何の施設だったのか。
人型機巧が何を調べていたのか。
今見ただけでは分からない。
「掘った跡は?」
奏さんが聞く。
「見つからないです」
「何か持ち出した形跡もないね」
由良さんも周囲を見る。
何かを設置した跡。
大きな機械を動かした跡。
そういうものも見つからない。
「何してたんだろうな」
迅が呟く。
僕にも分からなかった。
ただ。
偶然ここにいたとは思えない。
「足跡」
千景さんが呼んだ。
そちらへ行く。
「続いてる」
人型機巧の足跡。
南へ。
◇
「追う?」
奏さんが聞く。
「少しは追った方がいいと思います」
僕が答える。
ここまで来て。
人型機巧がどこから来ているのか。
少しでも手掛かりが欲しい。
「ただし」
迅が対物ライフルを持ち直す。
「狙撃役がいる前提でな」
全員が頷いた。
固まらない。
少し間隔を空ける。
由良さんの索敵機巧を先行させる。
アシュラはその少し後ろ。
木々を遮蔽物にしながら進む。
人型の足跡は、しばらく続いていた。
複数。
同じ方向。
南へ。
やがて。
足跡が一か所へ集まり始める。
「ここ」
千景さんが止まった。
何機分もの足跡が重なっている。
でも。
その先。
急に途切れている。
「……消えた?」
迅が周囲を見る。
「そんなわけないよね」
奏さんも地面を見る。
僕は少し離れた場所へ目を向けた。
そこで。
別の跡に気づく。
「これ」
柔らかい土が深く沈んでいる。
太い。
タイヤ痕。
一つじゃない。
左右に何本も並んでいる。
剛志さんがしゃがみ込んだ。
「大型車両だな」
「かなり重そう」
由良さんが言う。
普通の四駆より、明らかに幅が広い。
タイヤそのものも大きい。
「六輪か?」
迅が見る。
「八輪かもしれない」
「跡だけじゃ分からんな」
その車両の跡の周りで。
人型機巧の足跡が途切れている。
犬型の足跡も。
「ここで乗った?」
奏さんが言う。
「多分」
僕はタイヤ痕を見る。
南へ続いている。
二日前。
人型機巧がどこにいたのか。
今どこにいるのか。
まだ分からない。
でも。
一つだけ。
新しく分かった。
あいつらは。
徒歩でこの場所まで来たわけじゃない。
「車まで使ってるのか」
迅が言った。
僕はタイヤ痕の先へ視線を向ける。
人型機巧。
犬型。
狙撃役。
そして。
それらを運ぶ大型車両。
野良機巧。
今まで。
僕たちはそう呼んできた。
でも。
少なくとも。
あいつらは違う。
役割を分け。
周囲を警戒し。
必要なら撤退する。
移動するための車両まである。
「……帰る場所があるんだ」
僕が呟く。
「だろうな」
迅が南を見る。
タイヤ痕は。
さらに奥へ続いていた。




