↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の世界の機巧士  作者: yakumo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

人影

 岩熊が四足に戻った。


 巨大な前脚が地面を踏む。


 頭を低くして、アシュラを見る。


「来る」


 僕が言うと同時に、アシュラが前へ出た。


 僕はその少し後ろ。


 迅はさらに後方へ下がり、太い木の脇から対物ライフルを構えている。


 岩熊が地面を蹴った。


 巨体が一気に加速する。


 速い。


 あの大きさからは想像できない速度だった。


 アシュラが正面から少し横へ動く。


 岩熊の頭が、その動きを追った。


 その瞬間。


 後方から、対物ライフルの重い銃声が響いた。


 岩熊の頭部が撃ち抜かれ、血と肉片が後方へ飛び散った。


 巨体が勢いを失う。


 前脚がもつれ、そのまま地面へ滑るように倒れた。


 土が舞う。


 僕はしばらく動かなかった。


「……終わり?」


「頭が見えたからな」


 迅が対物ライフルを下ろしながら歩いてくる。


 岩熊は動かない。


 アシュラを先に近づける。


 反応はなかった。


「死んでる」


「だろうな」


 迅は当然みたいに言った。


 二年前なら。


 こんな大きな変異獣を前にしたら、どう戦うかをもっと考えていたと思う。


 今は。


 一発だった。


     ◇


 岩熊のそばまで近づく。


 間近で見ると、さらに大きい。


 肩から背中にかけての皮膚は分厚く硬質化していて、本当に岩みたいだった。


 迅が撃ち抜いた頭部は大きく損傷している。


 僕はそこから視線をずらした。


「……迅」


「ん?」


「これ」


 岩熊の脇腹を指す。


 毛の奥に、小さく抉れた傷があった。


 一つじゃない。


 肩。


 脇腹。


 後脚の付け根。


 いくつも残っている。


 迅がしゃがみ込んだ。


「弾痕か?」


「たぶん」


 傷口を見る。


 まだ完全には塞がっていない。


 周囲には乾いた血がこびりついている。


「最近だな」


「うん」


「俺ら以外にも誰か撃ってたってことか」


「ここに来る前だと思う」


 岩熊が黒瀬の近くまで来た理由。


 その手掛かりかもしれない。


「探索士かな」


「分からない」


 これだけの岩熊を撃って。


 殺さずに終わっている。


 追い払ったのか。


 逃げられたのか。


 それも分からない。


 僕は端末を取り出した。


 ここなら、まだ黒瀬探索士協会へ繋がる。


 回収窓口を開く。


 位置情報。


 回収対象――岩熊、一体。


 状態――討伐済み。


 必要な情報を送る。


 すぐに受理の表示が返ってきた。


「これでいい?」


 迅が聞く。


「うん。あとは協会が回収してくれる」


「便利になったな」


「高いけど」


「どうせ売った分から引かれるんだろ」


「うん」


 回収された岩熊は協会で査定される。


 そこから回収費用が差し引かれ、残った分が振り込まれる。


 僕たちがここで待つ必要はない。


 端末をしまう。


「調べる?」


「そのための依頼だしな」


 僕たちは、岩熊が来た方向へ向かった。


     ◇


 巨大な獣だけあって、痕跡を追うのは難しくなかった。


 深く沈んだ足跡。


 折れた枝。


 身体を擦った跡。


 どれも南へ続いている。


 しばらく進んだところで、迅が一本の木を見上げた。


「これか?」


 幹に、何本もの深い傷が走っている。


 かなり高い位置まで届いていた。


「爪痕だと思う」


「縄張り?」


「たぶん」


 周囲を調べる。


 少し離れた木にも、似たような傷。


 太い幹には毛も付着していた。


 近くには、地面が押し潰された場所もある。


「じゃあ、この辺にいたのか?」


「そうかも」


 岩熊がここを縄張りにしていた。


 それなら、黒瀬近くで突然見つかったことにも説明がつく。


 でも。


 何かがおかしい。


 僕は最初に見つけた爪痕へ戻った。


 傷の表面に触れる。


「どうした?」


「新しい」


「傷が?」


「うん」


 他の木も確認する。


 どれも同じだった。


 長い間ここを縄張りにしていたなら、もっと古い痕跡があってもいい。


 でも見つかるのは、新しい傷ばかり。


 毛も。


 糞も。


 休んだ跡もある。


 ただ。


 長期間ここで暮らしていたようには見えなかった。


「ここが巣じゃなかった?」


 迅が聞く。


「最近ここに来たんだと思う」


「黒瀬の近くに来る前に、一回ここで止まった?」


「たぶん」


 岩熊はここを新しい縄張りにしようとしていた。


 でも。


 その前は、さらに南にいた。


 僕は足元を見る。


 薄くなった足跡が、その先へ続いている。


 南へ。


「まだ追う?」


「もう少しだけ」


     ◇


 さらに進む。


 道なんてない。


 木々の間を抜け。


 斜面を越える。


 岩熊の痕跡は、少しずつ薄くなっていった。


 端末を見る。


 通信状態が不安定になっている。


「そろそろ圏外だな」


 迅も自分の端末を見る。


「だな」


 さらに進むと、通信表示が圏外へ切り替わった。


 Bランク用の端末でも、どこでも通信できるわけじゃない。


 山や地形。


 中継設備との位置関係。


 条件が悪ければ繋がらなくなる。


「どうする?」


「少しだけ進みたい」


「了解」


 原因調査も依頼に含まれている。


 何も分からないまま帰るには、まだ早い。


 アシュラを先頭に進ませる。


 その時だった。


 アシュラが足を止めた。


「アシュラ?」


 頭部が前方へ向く。


 短距離レーダーに反応が出ている。


 一つ。


 いや。


 複数。


「何かいる」


 迅がすぐに対物ライフルへ手をかける。


「岩熊?」


「分からない」


 森の中ではレーダーの精度も落ちる。


 木々。


 起伏。


 いろんなものが邪魔をする。


 ただ。


 一つではない。


「近づく?」


「いや」


 迅が首を振った。


「先に見る」


 僕たちはその場から少し離れた。


 迅が射線を取れる場所を探す。


 木々の隙間から前方を確認し、対物ライフルのスコープを覗いた。


「見える?」


「ちょっと待て」


 迅が黙る。


 数秒。


「……人がいる」


「人?」


「ああ。何人かいる」


 こんな場所に。


 僕も木々の隙間を見る。


 遠い。


 肉眼ではよく分からない。


 でも。


 確かに動いている影がある。


 二本脚。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 その少し前を。


 低い四足の何かが歩いている。


「犬型?」


「多分」


 探索士のパーティー。


 最初はそう思った。


 何人かの探索士が、犬型の機巧を連れて歩いている。


 でも。


 黒瀬協会から、他の探索士がこの辺りに入っているなんて聞いていない。


「迅」


「待って」


 スコープを覗いたまま、迅が倍率を上げる。


「……なんだ、あの装備」


「装備?」


「見たことない」


 迅が少し角度を変える。


「黒瀬のじゃない。浪華でも見た覚えがないな」


 僕も気になった。


「どんなの?」


「胸と肩、それに腕と脚。かなりしっかりした防具を着けてる」


 それだけなら。


 どこか別の町から来た探索士という可能性もある。


 でも。


 迅はしばらく黙った。


「……律」


「何?」


 声が少し変わった。


「あれ、人じゃないぞ」


「え?」


「映像送る」


 端末に、迅が見ている映像が届く。


 拡大する。


 人影の一つ。


 二本の脚。


 二本の腕。


 身体の形も。


 歩き方も。


 遠目なら、人間にしか見えない。


 胸や肩。


 前腕。


 太腿。


 身体の各所を防具が覆っている。


 どれも見たことのない形。


 手には、アサルトライフルに近い銃。


 頭部には、人間が使うものによく似たヘルメット。


 顔の前は、黒っぽい透明シールドで覆われていた。


 迅がさらに倍率を上げる。


 シールドの奥。


 そこに人間の顔はなかった。


 金属の骨格。


 目のあるはずの位置には、二つの光学カメラ。


「……機巧?」


 もう一機が歩いている。


 その後ろにも。


 全部同じだった。


 防具を身につけ。


 銃を持った。


 人の形をした機巧。


 その少し前を、犬型機巧が進んでいる。


 僕は画面から目を離せなかった。


 これまで見てきた野良機巧とは違う。


 犬でも。


 猪でもない。


 人間と同じ形をした機巧が、武器を持って歩いている。


 しかも。


 一機じゃない。


 まるで。


 探索士のパーティーみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。