指名依頼
黒瀬へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
黒い四駆を久世工房の敷地へ入れる。
二年前とは、ずいぶん変わった。
工房の前には、整備待ちの機巧が何機も並んでいる。
部品を運んできた車。
納品を待つ機巧。
奥の作業場からは、金属を削る音が聞こえていた。
「相変わらず忙しいな」
助手席から降りた迅が言う。
「最近はだいたいこんな感じ」
「二年前とは別の工房みたいだな」
僕もそう思う。
隣の土地まで使って建物を増築した。
整備区画も増えた。
父さんと僕だけで作業していた頃とは違って、今は何人もの職人が働いている。
機巧の整備。
加工。
電装。
制御調整。
それだけじゃない。
事務所にも人が増えた。
受注。
見積もり。
部品の発注。
納期の管理。
客とのやり取り。
仕事が増えすぎて、母さん一人ではとても回らなくなったからだ。
僕は四駆の荷台を開ける。
アシュラが地面へ降りた。
「おかえりなさい、律さん」
作業着姿の従業員がこちらへ来る。
「闘技場、どうでした?」
「勝った」
「じゃあ、また何か見つけました?」
「最後の横移動。少し反応が遅かった」
「やっぱり」
「分かってた?」
「前の試合でも一回だけ似たログが出てたので」
「あとで一緒に見たい」
「了解です」
アシュラが整備区画へ入っていく。
◇
二年前のアシュラに使われていた部品は、もう一つも残っていない。
身長は今も百四十センチほど。
大きさも。
基本的な構成も。
大きくは変えていない。
でも、中身は別物だった。
胴体に使っているのは、黒瀬機工の最新型高出力作業フレーム。
戦闘用ではない。
それでも、このフレームがアシュラには一番合っていた。
小型。
高出力。
そして拡張性が高い。
追加装備を載せることを前提に作られているから、背部の二本の補助腕や追加バッテリーを組み込む余裕がある。
左右の主腕は、同型の最新戦闘用Sサイズ。
脚も最新の戦闘用Sサイズ。
そこへ久世工房で車輪機構を組み込んでいる。
センサー。
制御核。
バッテリー。
銃器。
盾。
右腕のパイルバンカー。
全部、最新世代へ置き換わった。
「律」
父さんに呼ばれた。
「浪華機装から来てるぞ」
「何が?」
「背部腕」
作業台の上に、細長いケースが置いてある。
蓋を開ける。
中に入っていたのは、まだ市販されていない軽量補助腕だった。
「試作品?」
「そうだ。三試合分のデータが欲しいってさ」
持ち上げてみる。
今使っているものより軽い。
「次の試合から使ってみる」
「壊すなよ」
「試作品だから、限界も調べた方がいいと思う」
「限界まで壊せとは言われてない」
「分かってる」
「本当か?」
父さんが疑うように僕を見る。
こういう依頼も増えた。
闘技場でアシュラの名前が知られるようになってから、メーカーから試作品が持ち込まれることがある。
実際に戦わせる。
記録を取る。
問題点を返す。
久世工房にとっても、新しい部品を早く試せる。
悪い話じゃない。
◇
アシュラの左腕から盾が外される。
その裏側に、一本の細長い金属棒が収まっていた。
伸縮式の機巧槍。
「槍は異常なしです」
従業員が確認する。
「固定具は?」
「問題ありません」
「じゃあ、そのままで」
以前は腰に機巧刀を付けていた。
でも、二年間戦わせた結果。
今のアシュラには槍の方が合っている。
盾を構えた状態から右手で引き抜く。
展開すれば、近づきすぎる前に相手を牽制できる。
さらに接近すれば、右腕のパイルバンカー。
戦い方そのものも、二年間で少しずつ変わってきた。
「律さん」
事務所から声がする。
女性の事務員が端末を持ってきた。
「改装案の確認お願いできますか?」
「今?」
「今日中です」
「……分かった」
端末を見る。
小型機巧の改装依頼。
使用予定の胴体フレームを見て、僕は少し黙った。
「またこれ?」
「はい」
黒瀬機工の高出力作業フレーム。
アシュラと同じ系列だ。
「今月何件目?」
「四件目です」
迅が後ろから画面を覗く。
「人気だな」
「同じフレーム使っても、アシュラみたいにはならないよ」
「みんな使いたいんだろ。闘技場で勝ってる機巧と同じやつ」
「制御も腕も脚も違うのに」
「そういう問題じゃないんじゃね?」
「よく分からない」
ただ。
黒瀬機工はかなり喜んでいるらしい。
本来は作業用として売っていたフレームが、探索士や闘技場関係者にも売れるようになったからだ。
◇
「そういや、あっちは?」
迅が工房の奥を見る。
「まだ途中」
「ちょっと見せて」
増築した一番奥の整備区画。
そこには、組み上げ途中の機巧が一機立っていた。
「でかいな」
迅が見上げる。
Lサイズ。
二メートルを超える大型機巧だ。
アシュラより背が高いだけじゃない。
横幅がある。
胴体も厚い。
脚も太い。
まだ外装のほとんどが付いていないのに、すでに重そうだった。
「こっちは、ずいぶん重くするんだな」
「そのつもり」
「アシュラとは真逆だな」
「うん」
使っているのは、市販されているLサイズの部品。
基幹部品そのものを久世工房で作っているわけじゃない。
それぞれのメーカーから必要な部品を選ぶ。
それを組み合わせる。
取付部を加工して。
配線を引いて。
制御を合わせる。
必要なら装甲や武器架も作る。
それが久世工房の仕事だ。
「アシュラじゃ駄目なの?」
迅が聞く。
「役割が違う」
アシュラは速い。
射撃も近接もできる。
いろんな状況に対応できる。
でも。
どんな攻撃でも受けられるわけじゃない。
「こっちは?」
「重装甲にする」
「どのくらい?」
「まだ決めてない。でも、簡単には止まらない機巧にしたい」
「重火器も?」
「載せる」
「完全に力押し用だな」
「そういうのも欲しいから」
迅が組みかけの機巧を眺める。
「今の車には載る?」
「輸送姿勢なら」
「なら問題ないか」
Lサイズとはいっても、一般に流通している規格内だ。
脚を折り、姿勢を低くすれば今の黒い四駆にも載せられる。
完成は、まだ先。
急いで作るつもりもなかった。
アシュラとは違う。
必要なものを考えながら、少しずつ組めばいい。
◇
そこで時計を見る。
「あ」
「何?」
「協会」
迅が少し間を置く。
「……忘れてた?」
「忘れてない」
「今の間は怪しいけどな」
前に届いていた、黒瀬探索士協会からの連絡。
指名依頼。
Bランクへ昇格した時、そういう依頼があることは聞いていた。
でも。
僕たち個人に指名が来たのは、今回が初めてだった。
「行こう」
「おう」
◇
黒瀬探索士協会。
受付で名前を告げると、普段使う窓口ではなく、奥の会議室へ案内された。
職員が二人待っている。
「久世律さん。橘迅さん。お待ちしていました」
僕たちは席につく。
「お二人への指名依頼です」
初めて聞く言葉なのに。
思ったより実感はなかった。
「まず、こちらを」
机の端末に地図が表示される。
黒瀬。
そこから南へ少し離れた森林地帯。
赤い印が一つ。
「昨日、この付近で探索士のパーティーが襲われました」
「野良機巧?」
迅が聞く。
「違います」
画像が切り替わる。
巨大な足跡。
折れた木。
そして。
木々の間に映る、大きな獣。
「岩熊です」
「岩熊……」
迅が画像を拡大する。
僕も名前は知っている。
実物を見たことはない。
四足の状態で、肩の高さが二メートルほど。
立ち上がれば五メートル近い。
肩から背中。
そして太い前脚。
その周囲の皮膚が異常に硬くなり、岩のように見える。
「襲われたのは?」
「Cランク四名のパーティーです。別の依頼でこの付近を探索中に遭遇しました」
次の記録が表示される。
「一名重傷。二名軽傷。同行していた機巧一機が大破」
「死者は?」
「いません。なんとか撤退しています」
Cランク四人。
それでも、これだけの被害が出た。
「それで俺たちに?」
「はい」
職員が頷く。
「追加でCランクを派遣するには危険が大きいと判断しました」
黒瀬を拠点にするBランク以上は少ない。
すぐに動ける者となれば、さらに限られる。
その中で。
僕と迅が選ばれた。
「依頼は討伐ですか?」
「それだけではありません」
職員が地図を縮小する。
岩熊が確認されている地域が表示された。
もっと南。
かなり離れている。
「本来、岩熊が確認されるのはこの辺りです」
迅が眉をひそめる。
「遠くない?」
「遠いです」
「じゃあ、なんで黒瀬の近くに?」
「それを調べてもらいたい」
職員が僕たちを見る。
「今回の依頼は二つです」
一つ。
黒瀬近郊に現れた岩熊の討伐。
もう一つ。
「この岩熊が、なぜ本来の生息域を離れてここまで来たのか。その原因の調査です」
僕は地図を見る。
これだけの大型獣が。
理由もなく長い距離を移動するだろうか。
「原因調査はどこまで?」
「まずは現場周辺です。移動してきた方向が分かれば、追える範囲で痕跡を確認してください」
「分かりました」
迅が僕を見る。
「受ける?」
「うん」
「俺も」
「では、正式に受理します」
初めての指名依頼が決まった。
◇
翌朝。
装備を整える。
僕が着ているのは、最新型の軽量防護アーマー。
軽い。
それでも主要部なら、一般的な銃弾が簡単に抜けるようなものではない。
迅は僕より重装備だ。
強化外骨格の上から、厚い防護アーマーを装着している。
背負っているのも、普段使いのライフルじゃない。
大型の対物ライフル。
「それ持っていくんだ」
「相手、岩熊だぞ」
迅が銃を持ち上げる。
外骨格が重量を支えているから、動きに大きな負担はない。
「普通の銃より確実だろ」
「そうだね」
僕も装備を確認する。
拳銃。
小型擲弾発射器。
弾薬。
二年前とは。
僕たちの装備も大きく変わった。
アシュラが黒い四駆の荷台へ乗る。
「行く?」
「おう」
◇
黒瀬から南へ。
被害を受けたパーティーが残した位置情報までは、車で進めた。
そこから先。
黒い四駆を停める。
徒歩へ切り替える。
森に入って、それほど時間はかからなかった。
「律」
迅が足を止めた。
「うん」
僕にも見えている。
地面に残った巨大な足跡。
深い。
僕の靴なんて、簡単に収まってしまう。
折れた枝。
削れた樹皮。
その先へ。
アシュラが急に足を止めた。
頭部のセンサーが森の奥へ向く。
僕の端末に警告が表示された。
「何かいる」
迅が対物ライフルへ手をかける。
「近い?」
「うん」
迅は僕たちより少し後ろへ下がった。
太い木の脇まで移動し、対物ライフルを構える。
僕はアシュラの後ろにつく。
前にアシュラ。
その後ろに僕。
さらに距離を取った位置に迅。
「射線には入るなよ」
「分かってる」
森の奥で。
木が揺れた。
一度。
二度。
重い足音。
そして。
木々の隙間から、巨大な頭が現れる。
続いて。
岩の塊みたいな肩。
太い前脚。
「……でかいな」
迅の声が後ろから聞こえる。
岩熊がこちらを見る。
低い唸り声。
巨大な身体が持ち上がった。
四足から。
二本の後脚で立ち上がる。
五メートル近い巨体。
頭上の枝が押し退けられた。
岩熊が吠える。
森の空気が震えた。
僕はその巨体を見上げる。
アシュラが一歩、前へ出た。
僕も擲弾発射器へ手を伸ばす。
迅は動かない。
少し離れた場所から、岩熊へ銃口を向けたまま。
狙っている。
岩熊が前脚を地面へ落とした。
四足に戻る。
頭が低くなる。
「来る」
次の瞬間。
岩熊が地面を蹴った。




