生還者
黒瀬へ戻ったのは、夕方だった。
助けた二人のうち、肩を負傷していた探索士は、そのまま病院へ運ばれた。
砲弾そのものが直撃したわけではない。
肩口をかすめただけ。
それでも防具は大きく削れ、出血もかなりあった。
もう一人に目立った怪我はなかった。
僕たちは協会から、そのまま残るように言われた。
◇
黒瀬探索士協会。
普段使う窓口とは別の、小さな会議室。
僕と迅。
剛志と千景。
そして、助けた探索士の男。
向かいには協会職員が二人座っている。
机の上の端末には、僕たちが今日通った経路と、南西方面の地図が表示されていた。
「話せる範囲で構いません。最初からお願いします」
職員が言った。
男は小さく頷いた。
「俺たちは四人でした。全員Cランクです」
迅がわずかに顔を上げる。
僕たちより一つ上。
「南西の調査依頼を受けて、岸和田方面からさらに奥へ入ってました」
男が地図に指を置く。
僕たちが今回到達した地点より、さらに先だった。
「ここまでは車で行けたんです。道って言っても、ほとんど轍を辿ってるだけでしたけど」
そこからさらに進んだところで、倒木と崩れた地面に道を塞がれた。
車では通れない。
四人は車を残し、徒歩で先へ進んだ。
「討伐じゃないから、何かいたら無理せず戻るつもりでした。かなり注意して進んでたんです」
それでも。
最初の攻撃には、誰も気づけなかった。
「いきなりでした」
男の視線が机へ落ちる。
「音がしたと思ったら、一人倒れてた」
先頭を歩いていた仲間だった。
胴のあたりを撃たれていた。
防具も大きく壊れていたという。
「その時は、まだ何に撃たれたのか分からなかった」
仲間を助けようとした。
その時。
木々の奥から、それが現れた。
「高さは三メートルを軽く超えてました」
四本の太い脚。
その上に載った胴体は、小型の車両ほどもある。
厚い装甲に覆われ、左右から伸びた腕には手がない。
腕そのものが、大口径の銃だった。
「最初は戦ったんです」
男は地図を見たまま話し続ける。
「倒れた仲間を連れて帰りたかった。だから三人で撃ちました。ライフルも、カービンも。大口径の銃を持ってる奴もいた」
一度、言葉が止まる。
「でも……全く効いていなかった」
弾は当たっていた。
装甲から火花が散るのも見えた。
それでも巨大な胴体は止まらない。
「途中から脚や腕も狙いました。でも、向こうも撃ってくる。落ち着いて狙い続けられるような状況じゃなかった」
砲声が響くたびに、木が砕けた。
地面が抉れた。
一発でもまともに受ければ終わる。
「そうしてるうちに……最初に撃たれた仲間が動かなくなりました」
男の手が強く握られる。
「連れて帰りたかった。でも、もう無理だった」
三人は逃げた。
来た道を、車へ向かって走った。
「車まで戻れれば、まだ逃げ切れると思ってました」
男は一度、視線を落とした。
「でも、車が見えた時には――もう遅かった」
砲脚も追ってきていた。
四脚の巨体は速くはない。
しかも森の中では、その大きさが邪魔になっていた。
細い木なら押し倒して進んでくる。
けれど、太い幹や木々の狭い隙間では、そのまま進めない。
それがなければ、とっくに追いつかれていたかもしれない。
「それでも、ずっと撃ってきました」
逃げる三人の向こう。
ようやく車が見えた。
あと少し。
その時だった。
「車を撃たれました」
一発。
それだけだった。
車の前側が大きく壊れ、動かせる状態ではなくなった。
「乗るのは無理だって分かりました。だから、そのまま走りました」
黒瀬から来た方向。
探索車両の轍が残っている道筋を、ひたすら戻った。
振り返る余裕もなかった。
後ろから砲声が聞こえる。
木が折れる。
土が跳ねる。
「止まったら死ぬと思った」
男が呟く。
「だから、もう走ることしか考えてなかった」
それでも。
三人全員は戻れなかった。
「後ろにいた仲間が撃たれました」
男はそれ以上詳しく言わなかった。
必要もなかった。
四人だったパーティーは、二人になった。
「その少し後に、もう一発飛んできて……一緒にいた奴の肩をかすめた」
直撃ではない。
それでも防具は壊れ、傷も深かった。
「一人じゃ走れなくなってきたから、肩を貸して……それでも走りました」
男が顔を上げる。
僕たちを見る。
「そこで、あなた達が見えた」
◇
部屋が静かになった。
端末には、四人が進んだ経路が残っている。
Cランク四人。
二人しか戻れなかった。
しかも。
僕たちが砲脚と遭遇した地点は、彼らが車を失った場所からかなり離れている。
あの巨体は、そこまで追ってきていた。
「律君たちが接触した時の状況も確認します」
職員が僕を見る。
「はい」
「大型機巧に対して攻撃は?」
「一発だけ」
僕は答えた。
「剛志さんが発煙手榴弾を使って、その間にアシュラのG12を撃ちました」
「どこへ?」
「脚のあたりです」
「命中は確認できましたか?」
「爆発したのは見ました。でも、損傷までは確認してません」
そこで剛志が口を開いた。
「確認させませんでした」
職員が剛志を見る。
「逃げるために撃ったんです。足止めできりゃ十分だった」
剛志は腕を組む。
「あれは、出会ってから倒し方を考える相手じゃねえ」
普段より低い声だった。
「倒すなら、最初から倒すつもりで準備して行く必要がある」
対機巧用の弾薬。
爆発物。
十分な火力。
退路。
戦う場所。
少なくとも。
今日持っていた装備だけで戦う相手ではない。
職員が地図を操作する。
僕たちが遭遇した地点。
さらに、その奥。
赤い表示が追加されていく。
「当面、この周辺への通常調査は止めます」
職員が言った。
「大型四脚武装機巧の活動範囲が確認できるまでは、危険区域として扱います」
端末に新しい情報が登録される。
大型四脚武装機巧。
通称――砲脚。
僕は地図に増えた赤い印を見る。
Cランクが四人いても。
準備がなければ、まともに戦えない。
僕たちも勝ったわけじゃない。
ただ。
逃げ切っただけだ。
それでも。
G12の一発は確かに当たった。
あれが、どれだけ効いたのか。
僕は少しだけ気になっていた。




