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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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砲脚

「……阿修羅みたいだな」


 迅が相棒を見ながら言った。


「阿修羅?」


「腕四本あるだろ」


 僕も相棒を見る。


 本来の二本の腕。


 背中から伸びる二本の射撃腕。


「……アシュラ」


「ん?」


「名前。それでいいかも」


 迅が僕を見る。


「お前、やっと名前付ける気になったのかよ」


「うん」


「今までずっと相棒だったもんな」


「相棒でもあるよ」


「ややこしいな」


 もう一度、機巧を見る。


 アシュラ。


 悪くない。


     ◇


 三週間ぶりに、迅と二人で依頼一覧を開いた。


「せっかくだし、少し遠く行きたいな」


「腕、大丈夫?」


「医者から探索再開していいって言われてる」


 迅は左腕を動かしてみせる。


 固定具はもうない。


 依頼一覧を見ていると、一件の調査依頼が目に留まった。


 旧岸和田方面。


 既知の調査範囲より先を確認する依頼だった。


 道路状況。


 野良機巧の活動状況。


 危険区域の記録。


「これどう?」


 迅が画面を覗き込む。


「Dランク。四人推奨……募集出てるな」


 すでに二人。


 追加二名を募集している。


 募集主は榊原剛志。


 二十八歳、Dランク。


 もう一人は篠宮千景。


 二十六歳、Dランク。


 どちらも南西方面での探索経験があった。


「二人とも機巧持ち」


「絶対そこ見ると思った」


「入ってみる?」


「いいよ」


 参加申請を送る。


 しばらくして承認された。


 集合は翌朝。


 黒瀬探索士協会だった。


     ◇


「お前らが律と迅か?」


 翌朝。


 協会で声をかけてきた男を見上げる。


 大きい。


 百九十センチ近くありそうだった。


 肩幅も広い。


 中量探索アーマーを身につけ、背中には大きな消音器の付いた長いライフルを背負っている。


「榊原剛志だ。剛志でいい」


「久世律です」


「橘迅です」


「よろしくな!」


 声も大きい。


 その隣にいた女性が軽く頭を下げる。


「篠宮千景。よろしく」


 剛志とは対照的に、落ち着いた話し方だった。


 軽量探索アーマー。


 カービン。


 装備も綺麗にまとめられている。


 そして二人の後ろには、それぞれの機巧がいた。


 一機は四脚。


 低い胴体に四本の脚。


 前部には複数のセンサー。


 背部には荷物を積むためのラックがある。


 もう一機は人型。


 最初から探索や護衛を想定して作られたのだろう。


 全体の構成が綺麗にまとまっている。


「機巧好きか?」


 剛志に言われた。


「はい」


「顔見りゃ分かるな」


 迅が笑う。


「人より先に機巧見るんですよ、こいつ」


「いいじゃねえか」


 そう言った剛志の視線が、今度は僕の後ろへ向いた。


 アシュラ。


 剛志が少し黙る。


「……すげえ機巧だな、それ」


「そうですか?」


「そうですかじゃねえだろ」


 剛志が近づいてくる。


「腕四本あるじゃねえか」


「背中の二本は射撃専用です」


「こっちがA6で……そっちは?」


「G12。小型擲弾砲です」


 次に左腕。


「中盾」


「はい」


 右腕。


「パイルバンカー」


「はい」


 最後に脚を見る。


「……タイヤまで付いてるな」


「闘技場で使いたくて」


「闘技場?」


「出してみたいんです」


 剛志が笑った。


「なるほどな。好きだわ、こういうの」


「こいつ、俺が骨折してる間ずっと工房に籠ってたんですよ」


 迅が言った。


「三週間で?」


 千景がアシュラを見る。


「だいたい」


「……ずいぶん弄ったね」


     ◇


 自己紹介を終えると、剛志が協会の地図端末を開いた。


「今回行くのはここだ」


 旧岸和田方面。


 黒瀬から南西へ伸びる調査記録が表示される。


 地図を縮小すると、南から南西へいくつもの線が伸びていた。


「こんなに調べてるんですね」


「ああ。ここ最近、いろんなパーティーが入ってる」


 剛志が地図を指でなぞる。


「和泉側から入ってる連中もいる。山寄りもあるし、もっと西側を調べてる奴らもいる」


「全員違うルート?」


「同じ道ばっかり調べても仕方ねえからな」


 千景が言う。


「通れる場所、野良機巧の目撃地点、危険区域。みんなが持ち帰った情報を協会がまとめてるの」


「今回の場所は?」


「俺たちも途中までは行ったことある」


 剛志が一点を指す。


「ただ、この辺から先は俺たちも初めてだ」


 そこから先は、地図にほとんど情報がなかった。


「あと一つ」


 剛志が僕たちを見る。


「敵を見つけても勝手に撃つなよ」


 迅が少し意外そうな顔をした。


「倒さないの?」


「邪魔なら倒す」


「邪魔じゃなかったら?」


「放っとく」


「もっと全部ぶっ倒すタイプかと思った」


「なんでだよ」


「見た目」


「お前、帰ったら覚えとけよ」


 千景が小さく笑った。


 剛志も笑ってから、地図へ視線を戻す。


「倒せるかどうかじゃねえ。倒す必要があるかだ」


     ◇


 黒瀬を出て、南西へ向かった。


 僕たちの黒い四駆と、剛志たちの車。


 二台で進む。


 黒瀬から離れるほど、道らしいものは少なくなっていった。


 昔は道路だったのだろう。


 でも今は、舗装の面影なんてほとんどない。


 土。


 草。


 木の根。


 その中に、探索車両が残した轍が続いている。


 たまに車が通るから、そこだけ低木が生えにくい。


 倒木も、車一台が通れる幅だけ切られている。


 深い窪みを避けるように、轍が大きく曲がっている場所もあった。


 道というより。


 誰かが何度も通った跡だった。


     ◇


 昼前。


 旧岸和田方面の調査地点へ到着した。


 ここまで来ると、轍もかなり薄くなっている。


 それでも。


「まだ先あるな」


 迅が前を見る。


 細い。


 草も多い。


 でも、車が通った跡はまだ続いている。


 剛志が車を降りて、少し先を見る。


「四駆なら、もう少し行けそうだ」


 千景が地図を確認する。


「記録はここまで」


「じゃあ、ここからが今回の調査か」


 剛志が頷く。


「行けるところまで車で入るぞ」


 二台の車で、さらに奥へ進んだ。


 速度は出せない。


 木の根を避け。


 深い轍を越え。


 狭い場所では枝を押し分ける。


 やがて道はさらに細くなった。


「この辺だな」


 剛志が車を止める。


 ここから先も道らしき跡は続いている。


 でも、車で無理をするほどではない。


「少し歩いて見てくる」


 四人と三機の機巧で、先へ進んだ。


     ◇


 しばらく歩いたところで。


 剛志が手を上げた。


「止まれ」


 全員が止まる。


「何かいる?」


 千景が小声で聞く。


 剛志が前を見る。


「人だ」


 木々の奥。


 誰かが走ってくる。


 二人。


 一人は肩を押さえている。


 もう一人が、その身体を支えていた。


「逃げろ!」


 こちらに気づいた男が叫んだ。


「戻れ! 奥に――」


 轟音。


 その後ろで、木が砕けた。


 太い幹が大きく揺れる。


「なんだ?」


 迅が銃を構える。


 木々の奥から。


 巨大な脚が現れた。


 一本。


 二本。


 四本。


 どれも太い。


 その上に載った胴体は、人型というより戦車に近かった。


 横にも大きい。


 厚い装甲。


 その左右から、二本の腕が伸びている。


 だが。


 手がない。


 腕そのものが銃だった。


 砲口が太い。


 人間用の銃とは比べものにならない。


「……でか」


 迅の声が小さくなる。


 あれをまともに受けたら。


 人間なら一発。


 アシュラでも無事では済まない。


「下がるぞ」


 剛志が言った。


「戦わないんですか?」


「あんなもん、その場でどうにかする相手じゃねえ」


 剛志が逃げてきた二人を見る。


「二人とも拾って帰るぞ」


 腰のポーチを開く。


 灰色の筒を三本取り出した。


「千景、あの二人連れて車へ!」


「分かった」


「迅も行け!」


「了解!」


 千景と迅が二人の探索士へ走る。


 剛志は発煙手榴弾を投げた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 白い煙が木々の間へ広がる。


 巨大な機巧の姿が煙の向こうへ消えていく。


「律!」


「はい!」


「擲弾砲撃てるな?」


「撃てます」


「脚元へ一発! 時間だけ作れ!」


「分かりました!」


「アシュラ、G12!」


 背中の右射撃腕が立ち上がる。


 太い砲身が煙の奥へ向いた。


 発射。


 爆発。


 煙の向こうで巨大な影が揺れた。


 金属が弾ける音がする。


「走れ!」


 剛志が叫ぶ。


 確認しない。


 僕もアシュラも車へ向かって走った。


 背後から砲声。


 直後。


 横の木が砕けた。


 木片が飛び散る。


 アシュラが中盾をこちら側へ向ける。


 破片が盾を叩いた。


「止まるな!」


 剛志の声。


 走る。


 ただ走る。


     ◇


 車が見えた。


 千景と迅は先に着いていた。


 逃げてきた探索士を、それぞれ車へ乗せる。


「律!」


「今行く!」


「アシュラ、乗って!」


 アシュラが荷台へ飛び乗った。


 僕も車へ乗り込む。


 剛志たちも、もう一台の車へ駆け込んだ。


「出せ!」


 二台の車が同時に動き出す。


 タイヤが土を蹴った。


 轍を外さないようにしながら、それでも来た時とは比べものにならない速度で走る。


 車体が大きく跳ねる。


 後ろから、もう一度砲声が響いた。


「追ってくるかな」


 迅が言う。


 通信越しに剛志の声が返ってきた。


『追ってこなくなるまで走る。それだけ考えろ』


 僕は荷台のアシュラを見る。


 G12。


 一発は当たった。


 でも。


 止められなかった。


 あれを倒すなら。


 偶然出会った場所で戦うんじゃない。


 装備も。


 弾薬も。


 戦い方も。


 全部用意してから挑む必要がある。


 僕たちはまだ名前を知らなかった。


 後に探索士たちから。


 その大型野良機巧は――。


 砲脚と呼ばれることになる。

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