順位戦
翌日。
僕たちは、再び浪華機巧闘技場へ来ていた。
前に来た時とは少し違う。
今日は玲奈のシグレが出場する。
「シグレはもう中?」
迅が聞いた。
「うん。さっき選手用の搬入口から預けてきた」
玲奈が答える。
迅の左腕には、まだ固定具が付いている。
僕と迅。
茜と玲奈。
四人で観戦区画へ向かった。
闘技場の戦闘区画は、観客席から完全に隔離されている。
厚い壁に囲まれた閉鎖空間で機巧同士が戦い、その様子を複数のカメラで撮影する。
観客が見るのは、正面の巨大な画面に映し出される映像だ。
だから銃はもちろん、爆発物も使える。
シグレが装備している肩部ミサイルも使用可能だった。
観戦区画へ入ると、正面の大型画面には今日の対戦予定が並んでいた。
その隣。
別の画面には、闘技場のランキングが表示されている。
前に来た時は試合ばかり見ていたから、じっくり見るのは初めてだった。
「こんなのあったんだ」
「ランキング?」
玲奈が隣に来る。
「うん」
画面を操作する。
まず出てきたのは、ランク別の登録数だった。
Sランク 六機/六枠。
Aランク 十二機/十二枠。
Bランク 二十四機/二十四枠。
Cランク 三十六機/三十六枠。
Dランク 四十八機/四十八枠。
Eランク 二十八機/三十六枠。
Fランク 四十機/四十八枠。
「EとFだけ空いてる」
僕が言う。
「そこは結構入れ替わるからね」
玲奈が答える。
「なんで?」
迅が聞いた。
「お金」
茜が先に答えた。
「身も蓋もないな」
「でも本当だよ」
玲奈が笑う。
「FとEって、勝っても賞金そんなに高くないのに、壊れたら自分で直さないといけないでしょ。部品も弾薬もいるし」
「続けるほど赤字になることもある?」
「普通にあるよ」
闘技場側も、FとEの試合だけで見ると赤字になることが多いらしい。
それでも下位ランクを残しているのは、D以上で活躍する機巧を育てるため。
ある意味、選別の場でもある。
「Dから全部埋まってるのは?」
「Dから賞金も観客も増えるから」
玲奈が言った。
「スポンサーが付くことも増えるし」
「スポンサー?」
「機巧改装工房とか」
「改装工房?」
「戦闘用の調整とか改造を専門にしてる工房。みんな改装屋って呼んでるけど」
Dへ上がれそうな機巧になると、そういう工房が声をかけてくることがあるらしい。
部品を提供する。
整備費を負担する。
試作品を使わせる。
その代わり、試合の時に工房名を表示したり、機巧に名前を入れたりする。
「相棒が出るなら、どっかの改装屋の名前入れるの?」
迅が聞いた。
「入れない」
「じゃあ何入れるんだ?」
「久世工房」
「自前じゃん」
「宣伝になるし」
「親父さんに許可取れよ」
「それは取る」
◇
Eランクのランキングを開く。
二十八機。
現在のポイント順に名前が並んでいる。
「シグレ……あった」
九位。
百四十二ポイント。
今日の対戦相手は六位。
ヴァイス。
百五十六ポイント。
「このポイントって、ずっと貯まっていくの?」
「違うよ」
玲奈が首を振った。
「半年で一回リセット」
「シーズン制?」
「そう。半年で一シーズン」
ポイントはシーズン開始時に全員ゼロへ戻る。
ただしランクそのものは維持される。
勝敗を重ねて半年間の順位を競い、シーズン終了時に上位と下位が入れ替わる。
「Eなら何位まで上がれるの?」
「四位まで」
玲奈が画面を指す。
「Eの上位四機がDへ。Dの下位四機がEへ落ちる」
「Fも?」
「FからEも四機」
ランクが上になるほど、入れ替わる数は少なくなる。
FとEは四機。
DとCは三機。
CとBは二機。
BとAは一機。
AとSも一機。
「じゃあ一位になる必要はないんだ」
「Eなら四位以内でいいよ」
「シグレ九位なら、まだ狙える?」
「今シーズンはあと二か月あるからね」
十分可能性はあるらしい。
通年制ではないから、新しく登録された機巧が何年も積み上げたポイントを追いかける必要もない。
途中参加だとそのシーズンは不利になる。
でも次のシーズンになれば、全員またゼロから始まる。
「その方が分かりやすいな」
迅が言った。
僕もそう思う。
今日の一戦にも意味がある。
勝てば上へ近づく。
負ければ遠ざかる。
「基本は勝ったら二十?」
「うん。負けたら十減る」
「順位差があると?」
「少し補正が入る。格上に勝った方が増えやすいよ」
細かい数字まで覚える必要はなさそうだった。
◇
「そもそも、対戦相手ってどうやって決まるの?」
僕が聞く。
「自分たちで申し込むよ」
「自分で?」
「闘技場に登録してて、今浪華にいる選手が一覧に出るの」
玲奈が端末を見せる。
登録された機巧の名前。
ランク。
順位。
対戦申込み可能。
ただし、表示されているのは現在浪華にいる選手だけだった。
「じゃあ試合したくなかったら浪華から出ればいいじゃん」
迅が言う。
「まあね」
玲奈が笑った。
「それ、ありなの?」
「ルール違反じゃないよ。探索で町から出る人もいるし」
「裏技だな」
「みんな知ってるけどね」
ただし、ずっと逃げ続けても意味はない。
三か月公式戦がなければランキングポイントが減る。
FとEは、一シーズン――半年間まったく公式戦をしなければ登録そのものが抹消される。
「対戦申し込まれたら断れる?」
「断れるよ」
「ペナルティは?」
「相手による」
自分より上位からの申込みなら、断っても何もない。
下位からの挑戦を断ると、一ポイント減る。
「上位が下から全部逃げるのを防ぐためか」
「そういうこと」
「返事しなかったら?」
「五ポイント減る」
「それは痛いな」
「受けないなら受けないって返事しなさいってこと」
午前中に届いた申込みなら当日中。
昼以降なら翌日の正午まで。
期限内に受けるか断るかを返す。
対戦を受ければ、翌日から一週間以内で複数の希望日を提出し、闘技場側が日程を決める。
一度断られた相手には、一週間再申込みできない。
一度戦った相手とは、一か月再戦できない。
さらに試合後は、修理のために最大一か月、対戦申込み一覧から自分を消すこともできる。
「結構考えられてるな」
迅が言った。
「毎日試合できるわけじゃないからね」
玲奈が答える。
機巧は壊れる。
その修理には時間も金もかかる。
普通の競技とは、そこが大きく違う。
◇
「闘技場って、登録したら誰でも出られるの?」
僕が聞いた。
玲奈がこちらを見る。
「律、出たいの?」
「まだ分からない。ただ気になっただけ」
「最初に簡単な審査があるよ」
「審査?」
「自律戦闘できるかとか、安全に停止できるかとか。武装に問題がないかとか」
「それだけ?」
「あと見栄え」
「見栄え?」
迅が反応する。
「お客さんが見るからね」
「強ければいいんじゃないの?」
「もちろん強さも大事だけど、店で売ってるままの機巧をそのまま持ってきても落ちることあるよ」
闘技場は試験場じゃない。
興行だ。
同じ型の機巧が、同じ武器を持って、同じように戦うだけでは客が飽きる。
だから、ある程度の個性も審査されるらしい。
「相棒なら?」
迅が僕を見る。
玲奈も少し考えた。
「たぶんFなら通ると思う」
「戦闘用じゃないけど?」
「作業用でも出られるよ。それに相棒、もう普通の作業用じゃないでしょ」
確かに。
胴体は黒瀬機工の汎用型。
右腕は重作業用。
左前腕にはA6。
右前腕には小盾とパイルバンカー。
腰には機巧刀。
いくつもの系列や装備を組み合わせた混成改装機巧になっている。
「見た目なら結構目立つと思う」
「見た目なら?」
僕が聞く。
「そこ気にするんだ」
玲奈が笑う。
「作業用で強かったのもいるの?」
「前のシーズンにいたよ」
僕は玲奈を見る。
「どんなの?」
「脚が車輪の作業用機巧」
「車輪?」
思わず聞き返した。
「両脚が車両みたいになってた。平らな場所だとすごく速くて、結構強かったよ」
「何ランク?」
「E」
「今は?」
僕はランキングを見直す。
二十八機。
それらしい名前はない。
「いないね」
「うん。前のシーズンはEの中位くらいだったから、Dには上がってないはず。今シーズンは登録されてない」
「辞めた?」
「そこまでは知らない。登録更新しなかったのかもしれないし」
「車輪……」
僕は頭の中で相棒の脚を思い浮かべる。
今のK-A33系の脚は悪くない。
二足だから、森でも瓦礫でも使える。
でも。
足裏。
あるいは踵。
小型の車輪を収納しておいて、平坦な場所だけ下ろす。
脚部の駆動を使えば――。
「律」
「何?」
「相棒にタイヤ付けようとしてない?」
「……少し考えてる」
「やっぱりか」
「脚そのものを車輪にする必要はないと思う」
「もう具体的じゃん」
「普段は収納しておけば探索でも使える」
「森では?」
「歩く」
「段差は?」
「歩く」
「平らな道だけ?」
「車輪」
迅が頭を振った。
「止めても無駄だな」
「まだ付けるとは言ってない」
「その顔は付けるやつだろ」
少し試してみたい。
◇
観戦区画の照明が落ちた。
話し声が小さくなる。
大型画面に、今日の対戦カードが映し出された。
Eランク順位戦。
六位。
ヴァイス。
対する。
九位。
シグレ。
「始まる」
玲奈の表情が変わった。
戦闘区画の映像へ切り替わる。
広い長方形の空間。
硬い床。
低い壁。
柱。
大型の障害物。
複数のカメラが、それぞれ違う角度から二機を映す。
シグレ。
その向かい。
ヴァイス。
シグレより一回り大きい。
厚い装甲。
右手には長い機巧槍。
左腕には大型盾。
右肩には短銃。
画面の端に、双方の登録武装が表示される。
試合開始。
三。
二。
一。
表示が消えた。
ヴァイスが先に動く。
重そうな見た目に反して速い。
一気に距離を詰める。
槍。
シグレが半歩だけ横へ動く。
槍先が胸部のすぐ横を通った。
「ぎりぎりだな」
迅が言う。
「必要な分しか動いてない」
僕は画面を見る。
シグレのカメラは、ヴァイスから離れない。
槍が引かれる。
ヴァイスの腰が回る。
横薙ぎ。
そう見えた。
シグレがわずかに重心を移した。
だが。
ヴァイスは振らなかった。
踏み込みだけ。
シグレの動きを見て、その場で止まる。
「読み合ってる」
僕が呟く。
「機巧同士なら普通にあるよ」
玲奈が言った。
シグレだけが相手を見ているわけじゃない。
ヴァイスもまた、シグレの姿勢や武器の向き、重心の変化を見ている。
次に何をするのか。
どこへ避けるのか。
互いに読む。
そして、その読みを外そうとする。
その中でシグレが得意なのが、相手を見ること。
高性能なカメラ。
集音センサー。
踏み込み。
関節の動き。
駆動音。
床を蹴る音。
それらを拾い、次の動きを予測する。
ヴァイスがもう一度踏み込む。
今度は本物。
槍が横から来る。
シグレが姿勢を落とす。
頭上を槍が通過した。
左腕が上がる。
一発。
徹甲弾。
ヴァイスが大型盾を前へ出した。
ガンッ。
甲高い音。
盾の表面が大きく抉れる。
それでも貫通はしていない。
「硬いな」
迅が言う。
「闘技場用の盾だしね」
茜が答える。
シグレが二発目を狙う。
ヴァイスもそれを見て盾を構える。
しかし。
撃たない。
シグレが一気に右へ動いた。
「今度はシグレ」
僕が言う。
「撃つと思わせたな」
ヴァイスが槍を振る。
遅い。
シグレの機巧刀が盾の外側から入り、右肩を斬った。
装甲が裂ける。
ヴァイスが距離を取る。
右腕の動きが少し鈍い。
シグレは追わない。
互いに動かない。
数秒。
ヴァイスが槍を持ち直す。
踏み込み。
止まる。
もう一度。
シグレも動かない。
先に動いた方が読まれる。
そんな空気だった。
ヴァイスが右肩をわずかに引く。
槍が来る。
シグレが動いた。
同時。
ヴァイスも軌道を変える。
「読まれてる」
迅が言った。
槍先がシグレの左肩を擦る。
装甲片が飛んだ。
シグレが距離を取る。
「シグレだけが読んでるわけじゃないんだな」
「当然」
玲奈は画面を見たまま答える。
「ヴァイスだってEの上位だから」
読み。
その読みのさらに先。
シグレが左へ一歩。
ヴァイスの視線がそちらへ向く。
シグレは逆へ出た。
今度はヴァイスの反応が遅れる。
徹甲銃。
一発。
右膝。
装甲が割れた。
ヴァイスが盾を下げて脚を守る。
そこへシグレが踏み込む。
機巧刀。
ヴァイスの槍が迎える。
刃と槍がぶつかる。
火花。
シグレが押し込まれる。
力ではヴァイスの方が上。
シグレが離れた。
その瞬間。
右肩の発射器が動く。
ミサイル。
白煙を残して飛ぶ。
ヴァイスが盾を構えた。
爆発。
画面いっぱいに煙が広がる。
別のカメラへ切り替わった。
煙が薄れる。
大型盾は大きく変形していた。
左腕も動かない。
それでもヴァイスは立っている。
「まだ動く」
迅が言う。
右脚。
槍。
残っている。
ヴァイスが前へ出る。
最後の突進。
槍が真っ直ぐシグレへ向かう。
シグレは直前まで動かなかった。
右へ。
最小限。
槍が横を通る。
シグレがヴァイスの側面へ入った。
左腕。
徹甲銃。
一発。
さっき撃った右膝。
同じ場所。
関節部が砕けた。
ヴァイスが片膝をつく。
その瞬間。
シグレの機巧刀が、槍を持つ右腕へ走った。
腕が床へ落ちる。
ヴァイスの動きが止まった。
数秒後。
大型画面に判定が表示される。
――ヴァイス、戦闘継続不能。
――勝者、シグレ。
「勝った!」
茜が声を上げた。
迅も笑う。
「強いな」
僕は画面を見たままだった。
灰猿相手とは全然違う。
シグレは相手の動きを読んだ。
でもヴァイスもシグレを読んだ。
読み合いの中で、最後に一手先へ出た。
それが勝敗を分けた。
ランキング画面が更新される。
シグレ。
ポイントが増える。
順位も上がった。
九位から――六位。
「あと二つ」
迅が言った。
「今終わったばっかりだから」
玲奈はそう言いながら笑っている。
シーズン終了時。
四位以内ならD。
残り二か月。
十分狙える位置だった。
僕は画面に映るシグレを見る。
そして、ふと思う。
もし相棒がここに出たら。
名前の横に。
久世工房。
そう表示されるのだろうか。
少しだけ見てみたい。
それからもう一つ。
車輪。
相棒の脚に収納式で付けるなら――。
「律」
「何?」
「まだタイヤのこと考えてるだろ」
「……うん」
「やっぱりな」




