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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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23/40

防具屋

 翌朝。


 九時五十分。


 僕と迅は、茜から送られてきた場所の前に立っていた。


 浪華の中心部から少し外れた、商業区と工業区の境目。


 通りには武器屋や機巧部品店、探索用品を扱う店が並んでいる。


「ここか」


 迅が看板を見上げた。


 左腕には、昨日病院で付けられた固定具。


 左尺骨に亀裂。


 しばらくR20はまともに使えない。


 看板には、


 ――牧野防装。


 と書かれている。


「そのまんまの名前だな」


「分かりやすくていいんじゃない?」


「おーい」


 後ろから声がした。


 振り返ると、茜がこちらへ歩いてくる。


 今日は探索装備ではなく、普通の服だった。


「ちゃんと来たね」


「来るって言っただろ」


「昨日の迅だから、一応ね」


「俺の信用どうなってんだよ」


「骨一本分くらい下がってる」


「亀裂だからな」


「骨折」


「……はい」


 茜が笑いながら店の扉を開ける。


「ほら、入ろ」


     ◇


 店へ入って、最初に目についたのは壁だった。


 胸部アーマー。


 肩。


 前腕。


 膝。


 ヘルメット。


 形も厚さも違う防具が、壁一面に並んでいる。


 反対側には探索服やブーツ。


 さらに奥には、明らかに普通の防具とは違うものまで置かれていた。


 人間の身体を囲むような細い金属フレーム。


 その横には、もっと大きな人型の装備。


 二メートル近い。


 太い脚。


 大きな肩。


 分厚い胸部装甲。


 一瞬、機巧かと思った。


「牧野さーん」


 茜が店の奥へ声をかける。


「はいはい、聞こえとるで」


 返事がした。


 奥から、一人の男が姿を見せる。


 五十歳くらい。


 細身。


 黒髪には白いものが混じり、後ろへ軽く撫でつけている。


 濃い色の作業着に工具エプロン。


 何より目につくのは、その目だった。


 細い。


 開いているのか分からないくらい細い目で、口元には薄い笑みを浮かべている。


「おー、茜やん。朝から珍しいな。今日はなんや、また金落としに来てくれたんか?」


 僕は男を見る。


 まさか。


 関西弁?


 初めて聞いた。


 同じ日本語なのに、今まで聞いてきた話し方とはずいぶん違う。


「違うよ。この二人の防具」


「ほぉ」


 男――牧野さんの細い目が、僕と迅をゆっくり往復する。


 なんとなく。


 値踏みされている気がする。


「で、そっちの兄ちゃん」


「俺ですか?」


「その腕、どないしたん?」


「灰猿の石食らって」


「ほー」


 牧野さんが固定具を見る。


「防具は?」


「……着てませんでした」


「アホやなぁ」


「昨日から何回言われるんだよ……」


「私はちゃんと注意したからね」


 茜が横から口を挟む。


「こいつ、『避ければいいだろ』って」


「言うたん?」


「言いました」


「で、避けられへんかったんや」


「……はい」


「アホやなぁ」


「また増えた」


 僕は少しだけ笑った。


「兄ちゃんも防具なし?」


 今度は僕を見る。


「はい」


「怪我は?」


「相棒が盾で防いでくれたので」


「機巧持ちか」


「はい」


「せやけど機巧がおっても、ずっと兄ちゃんの前に立っとるわけちゃうやろ?」


「……はい」


 昨日、茜にも言われた。


 まったく同じことだ。


「ほな二人とも、まず身体測るで」


     ◇


 身長。


 肩幅。


 胸囲。


 腕の長さ。


 腰。


 脚。


 測定器で取った数値が、牧野さんの端末へ次々と入っていく。


「律の兄ちゃんは細いな」


「よく言われます」


「重たいの着せすぎたら動き悪なるタイプや」


 次に迅を見る。


「こっちは肩あるな」


「運動してたんで」


「射撃するなら肩周り軽めやな。銃構えにくなったら本末転倒や」


「そんなに変わるんですか?」


「変わる変わる」


 牧野さんが壁のアーマーを指す。


「防具いうても、硬かったらええっちゅうもんちゃう。動けへんかったら意味ないからな」


 僕が奥にある厚いアーマーを見る。


「あっちの方が強そうですけど」


「兄ちゃんには要らん」


「即答ですね」


「金の無駄や」


「売らないんですか?」


「要らんもん売って、二度と来てくれへん方が損やろ」


 笑っている。


 見た目は胡散臭い。


 でも、言っていることはまともだった。


「牧野さん、こう見えてちゃんとしてるから」


「こう見えては余計や」


     ◇


 僕が選んだのは、軽量型の探索用アーマーだった。


 胸。


 背中。


 肩。


 前腕。


 膝。


 必要な部分を中心に守るタイプ。


 重量は五キロ少し。


 腕を上げてみる。


 思っていたより動きやすい。


「どう?」


 茜が聞く。


「そんなに重くない」


「それなら、灰猿の石を受けても生身よりずっとマシだよ」


「昨日見た」


「でしょ」


 前腕アーマーを見る。


 茜が受けた石。


 迅が受けた石。


 結果は全然違った。


「これにします」


「はいよ。調整込み十八万」


「……結構する」


「骨折して仕事休むより安いやろ?」


 迅が横から言う。


「それ、迅が言うんだ」


「俺には説得力あるだろ」


 迅も基本は同じ軽量型になった。


 ただし、R20を構えやすいよう肩周りが少し違う。


 左腕は今は採寸できない。


「腫れ引いて骨くっついてから、もう一回来い」


 牧野さんが言う。


「その腕の上から合わせても意味ないからな」


「やっぱり?」


「当たり前や」


     ◇


「次、頭や」


 牧野さんがヘルメットを二つ持ってくる。


 透明な保護バイザー。


 耳の部分には通信機。


「通信もできるんですか?」


「短距離な。探索士同士なら十分や」


「音は?」


「外の音は拾う。銃声みたいな大きい音は抑える。機巧の集音センサーみたいな芸当はできへんで」


 僕は被ってみる。


 思ったほど視界は狭くない。


「邪魔じゃない」


「そら探索用やからな」


「値段は?」


「六万五千」


 アーマーと合わせて二十四万五千円。


 安くはない。


 でも、今なら払える。


「これもお願いします」


「毎度あり」


 牧野さんが嬉しそうに笑う。


 やっぱり、その顔だけ見ると少し不安になる。


     ◇


 調整を待つ間、僕は店の奥へ目を向けた。


 さっきから気になっていたものがある。


 人間の身体を囲むような、細い金属フレーム。


「牧野さん。あれは?」


「ああ、強化外骨格や」


「外骨格」


 近づいて見る。


 背中から腰。


 太腿。


 膝。


 脚。


 金属製のフレームが、人間の関節に沿うように組まれている。


 腰の後ろにはバッテリー。


 各関節には小型の駆動部。


「機巧と似てる」


「元になっとる技術は近いな」


「何ができるんです?」


「歩く、走る、跳ぶ。そういう人間の動きを補助する」


 牧野さんが脚部を軽く叩く。


「これ着けたからいうて人間が機巧になるわけちゃうけど、二十キロ、三十キロ装備増やしても普通に動ける。もっと上の奴なら重い銃抱えたまま走れるで」


 迅が反応した。


「重い銃?」


「重ライフルとか、弾薬多めに持つとかやな。反動も脚と腰で受けてくれる」


「それいいじゃん」


「兄ちゃん、その腕で何する気や」


「治ってからの話」


「まず治せ」


「はい」


 僕は膝の駆動部を見る。


「速くもなる?」


「なるで」


「どれくらい?」


「物によるけど、軽量型なら装備抱えた普通の人間よりずっと速い。脚力補助が強い奴なら、鍛えた人間より速う走れる」


「へえ」


「ただし限界は中身や」


 牧野さんが自分の膝を指す。


「急加速しすぎたら膝や腰が壊れる。急に止まってもあかん。機巧と同じ動きさせたら、中の人間が先に参る」


 僕は頷く。


 機巧なら、耐えられるのは機体の強度まで。


 人間はそうじゃない。


「値段は?」


 迅が聞く。


「まともなんで七十万から」


「高っ」


「上見たら数百万や」


 迅が少し離れた。


「急に興味なくしたね」


「七十万は考えるだろ」


「でも重装備持てるよ」


「律、俺を煽るな」


     ◇


 その外骨格の、さらに奥。


 僕はもう一つの人型装備を見る。


 二メートル近い。


 さっきの外骨格とはまるで違う。


 太い金属フレーム。


 分厚い胸部装甲。


 大きな肩。


 腕も脚も、ほとんど全体が装甲で覆われている。


 背中には大型のバッテリーユニット。


「これは……機巧じゃないですよね」


「ちゃうちゃう」


 牧野さんが笑う。


「人が入るんや」


「これに?」


「重動力装甲」


 迅も近づいてきた。


 僕は側面から見る。


 人間が入る空間を確保している分、機巧とは骨格の作りがかなり違う。


「重さは?」


「こいつで二百六十キロくらいやな」


「……相棒よりずっと重い」


「人間守らなあかんからな。中空っぽにできる機巧とは違う」


「人が入ったら三百キロ超えるじゃん」


 迅が言う。


「余裕で超えるで」


「動けるの?」


「動力入っとる間はな」


 牧野さんが脚部を軽く叩く。


 鈍い金属音がした。


「速さは期待すんなよ。歩ける。走れんこともない。でも外骨格みたいに軽快には動けへん」


「その代わり装甲?」


「せや」


 牧野さんが胸部を叩く。


「投石、変異獣の爪、破片。軽い防具とは比べもんにならん。重い武器も持てる」


「どんな武器?」


「重ライフル、機巧用に近い大型火器、小型の盾。まあ色々や」


 迅が重動力装甲を見上げる。


「これなら灰猿の石くらい平気だろ」


「兄ちゃん、昨日骨折したばっかりやのに発想が極端やな」


 茜が笑う。


「でも、これ強くない?」


「強いで」


 牧野さんはあっさり認めた。


「ただし場所選ぶ」


「場所?」


「それ着て古い建物の二階上がってみ」


 牧野さんが細い目をさらに細めた。


「床ごと一階まで行くで」


「……ああ」


 迅が納得した。


「森も苦手や。柔らかい地面、沼、細い階段、狭い廃墟。重いからな」


「じゃあ何に使うんです?」


「平地。道路。工業地帯。拠点防衛。大型の変異獣相手」


 牧野さんが重動力装甲を見上げる。


「場所さえ合えば強い。合わん場所に持っていったら、ただの重たい棺桶や」


 僕は装甲脚を見る。


 強化外骨格。


 重動力装甲。


 どちらも機巧の技術に近い。


 でも、考え方は全然違う。


 外骨格は、人間の動きを伸ばす。


 重動力装甲は、人間そのものを装甲の中へ入れる。


「値段は?」


 迅が聞いた。


「それ聞く?」


「一応」


「こいつで四百八十万」


「見なかったことにしよう」


「判断早いなぁ」


 茜が笑った。


 僕はもう一度、重動力装甲を見る。


 今の僕には必要ない。


 探索する場所も選びすぎる。


 でも。


 構造は少し気になった。


「律」


「何?」


「その顔、欲しいんじゃなくて分解したい顔だろ」


「ちょっと見たい」


「やめとき」


 牧野さんが即座に言った。


「保証切れるで」


「じゃあやめます」


「そこは素直なんやな」


     ◇


一時間ほどして、アーマーの調整が終わった。


 僕は新しい装備を身につける。


 胸。


 肩。


 前腕。


 膝。


 ヘルメット。


「どう?」


 茜が聞く。


「少し重い」


「すぐ慣れるよ」


 迅も右側だけ試着している。


「俺、左だけ何もないの変じゃない?」


「今は仕方ないでしょ」


 玲奈が笑う。


「骨が治ってから合わせてもらえばいいよ」


「治ったら絶対来いよ」


 牧野さんも言う。


「分かりました」


「今度石飛んできたら、ちゃんと避けや」


「防具屋なのに受けろとは言わないんですね」


「当たり前や」


 牧野さんが笑った。


「防具は攻撃受けるためのもんちゃう。避け損なった時に死なんためのもんや」


 さっきまでと同じ笑った顔。


 でも、その声だけは少し真面目だった。


「覚えとき」


「はい」


 支払いを済ませる。


 その時、玲奈がシグレの話を思い出したように口を開いた。


「そうだ。二人とも、黒瀬に帰るのって今日?」


「そのつもりだけど」


 僕が答える。


「じゃあ、一日延ばさない?」


「なんで?」


 迅が聞く。


「明日、シグレの試合があるの」


「闘技場?」


「うん。Eランク戦」


 迅の表情が変わった。


「行こう」


「早いね」


「どうせ俺、探索できないし」


 固定された左腕を軽く上げる。


「暇なんだよ」


 僕も店の奥に立つ玲奈を見る。


「僕も見たい」


「ほんと?」


「灰猿の時と、機巧相手じゃ戦い方も違いそうだから」


「全然違うよ」


 玲奈が少し嬉しそうに笑った。


「じゃあ決まり。時間はあとで教えるね」


「茜も行く?」


 迅が聞く。


「行くよ。明日は空いてるし」


 これで、もう一日浪華に残ることになった。


     ◇


 店を出る。


 外はもう昼前だった。


 僕は新しい前腕アーマーを軽く叩く。


「律」


「何?」


「外骨格、ちょっと欲しくない?」


「七十万からだよ」


「……治ってから考える」


「買う気あるんだ」


「重い装備持ったまま動けるのは魅力だろ」


「R20より重い銃でも?」


「それも面白そうだな」


 骨折した翌日に考えることではない気もする。


 後ろから茜の声が飛んできた。


「まずその腕治しなさい!」


「分かってるって!」


 玲奈が笑う。


 黒瀬へ帰るのは、もう一日あとになった。


 明日は、シグレの闘技場戦だ。

 

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