防具屋
翌朝。
九時五十分。
僕と迅は、茜から送られてきた場所の前に立っていた。
浪華の中心部から少し外れた、商業区と工業区の境目。
通りには武器屋や機巧部品店、探索用品を扱う店が並んでいる。
「ここか」
迅が看板を見上げた。
左腕には、昨日病院で付けられた固定具。
左尺骨に亀裂。
しばらくR20はまともに使えない。
看板には、
――牧野防装。
と書かれている。
「そのまんまの名前だな」
「分かりやすくていいんじゃない?」
「おーい」
後ろから声がした。
振り返ると、茜がこちらへ歩いてくる。
今日は探索装備ではなく、普通の服だった。
「ちゃんと来たね」
「来るって言っただろ」
「昨日の迅だから、一応ね」
「俺の信用どうなってんだよ」
「骨一本分くらい下がってる」
「亀裂だからな」
「骨折」
「……はい」
茜が笑いながら店の扉を開ける。
「ほら、入ろ」
◇
店へ入って、最初に目についたのは壁だった。
胸部アーマー。
肩。
前腕。
膝。
ヘルメット。
形も厚さも違う防具が、壁一面に並んでいる。
反対側には探索服やブーツ。
さらに奥には、明らかに普通の防具とは違うものまで置かれていた。
人間の身体を囲むような細い金属フレーム。
その横には、もっと大きな人型の装備。
二メートル近い。
太い脚。
大きな肩。
分厚い胸部装甲。
一瞬、機巧かと思った。
「牧野さーん」
茜が店の奥へ声をかける。
「はいはい、聞こえとるで」
返事がした。
奥から、一人の男が姿を見せる。
五十歳くらい。
細身。
黒髪には白いものが混じり、後ろへ軽く撫でつけている。
濃い色の作業着に工具エプロン。
何より目につくのは、その目だった。
細い。
開いているのか分からないくらい細い目で、口元には薄い笑みを浮かべている。
「おー、茜やん。朝から珍しいな。今日はなんや、また金落としに来てくれたんか?」
僕は男を見る。
まさか。
関西弁?
初めて聞いた。
同じ日本語なのに、今まで聞いてきた話し方とはずいぶん違う。
「違うよ。この二人の防具」
「ほぉ」
男――牧野さんの細い目が、僕と迅をゆっくり往復する。
なんとなく。
値踏みされている気がする。
「で、そっちの兄ちゃん」
「俺ですか?」
「その腕、どないしたん?」
「灰猿の石食らって」
「ほー」
牧野さんが固定具を見る。
「防具は?」
「……着てませんでした」
「アホやなぁ」
「昨日から何回言われるんだよ……」
「私はちゃんと注意したからね」
茜が横から口を挟む。
「こいつ、『避ければいいだろ』って」
「言うたん?」
「言いました」
「で、避けられへんかったんや」
「……はい」
「アホやなぁ」
「また増えた」
僕は少しだけ笑った。
「兄ちゃんも防具なし?」
今度は僕を見る。
「はい」
「怪我は?」
「相棒が盾で防いでくれたので」
「機巧持ちか」
「はい」
「せやけど機巧がおっても、ずっと兄ちゃんの前に立っとるわけちゃうやろ?」
「……はい」
昨日、茜にも言われた。
まったく同じことだ。
「ほな二人とも、まず身体測るで」
◇
身長。
肩幅。
胸囲。
腕の長さ。
腰。
脚。
測定器で取った数値が、牧野さんの端末へ次々と入っていく。
「律の兄ちゃんは細いな」
「よく言われます」
「重たいの着せすぎたら動き悪なるタイプや」
次に迅を見る。
「こっちは肩あるな」
「運動してたんで」
「射撃するなら肩周り軽めやな。銃構えにくなったら本末転倒や」
「そんなに変わるんですか?」
「変わる変わる」
牧野さんが壁のアーマーを指す。
「防具いうても、硬かったらええっちゅうもんちゃう。動けへんかったら意味ないからな」
僕が奥にある厚いアーマーを見る。
「あっちの方が強そうですけど」
「兄ちゃんには要らん」
「即答ですね」
「金の無駄や」
「売らないんですか?」
「要らんもん売って、二度と来てくれへん方が損やろ」
笑っている。
見た目は胡散臭い。
でも、言っていることはまともだった。
「牧野さん、こう見えてちゃんとしてるから」
「こう見えては余計や」
◇
僕が選んだのは、軽量型の探索用アーマーだった。
胸。
背中。
肩。
前腕。
膝。
必要な部分を中心に守るタイプ。
重量は五キロ少し。
腕を上げてみる。
思っていたより動きやすい。
「どう?」
茜が聞く。
「そんなに重くない」
「それなら、灰猿の石を受けても生身よりずっとマシだよ」
「昨日見た」
「でしょ」
前腕アーマーを見る。
茜が受けた石。
迅が受けた石。
結果は全然違った。
「これにします」
「はいよ。調整込み十八万」
「……結構する」
「骨折して仕事休むより安いやろ?」
迅が横から言う。
「それ、迅が言うんだ」
「俺には説得力あるだろ」
迅も基本は同じ軽量型になった。
ただし、R20を構えやすいよう肩周りが少し違う。
左腕は今は採寸できない。
「腫れ引いて骨くっついてから、もう一回来い」
牧野さんが言う。
「その腕の上から合わせても意味ないからな」
「やっぱり?」
「当たり前や」
◇
「次、頭や」
牧野さんがヘルメットを二つ持ってくる。
透明な保護バイザー。
耳の部分には通信機。
「通信もできるんですか?」
「短距離な。探索士同士なら十分や」
「音は?」
「外の音は拾う。銃声みたいな大きい音は抑える。機巧の集音センサーみたいな芸当はできへんで」
僕は被ってみる。
思ったほど視界は狭くない。
「邪魔じゃない」
「そら探索用やからな」
「値段は?」
「六万五千」
アーマーと合わせて二十四万五千円。
安くはない。
でも、今なら払える。
「これもお願いします」
「毎度あり」
牧野さんが嬉しそうに笑う。
やっぱり、その顔だけ見ると少し不安になる。
◇
調整を待つ間、僕は店の奥へ目を向けた。
さっきから気になっていたものがある。
人間の身体を囲むような、細い金属フレーム。
「牧野さん。あれは?」
「ああ、強化外骨格や」
「外骨格」
近づいて見る。
背中から腰。
太腿。
膝。
脚。
金属製のフレームが、人間の関節に沿うように組まれている。
腰の後ろにはバッテリー。
各関節には小型の駆動部。
「機巧と似てる」
「元になっとる技術は近いな」
「何ができるんです?」
「歩く、走る、跳ぶ。そういう人間の動きを補助する」
牧野さんが脚部を軽く叩く。
「これ着けたからいうて人間が機巧になるわけちゃうけど、二十キロ、三十キロ装備増やしても普通に動ける。もっと上の奴なら重い銃抱えたまま走れるで」
迅が反応した。
「重い銃?」
「重ライフルとか、弾薬多めに持つとかやな。反動も脚と腰で受けてくれる」
「それいいじゃん」
「兄ちゃん、その腕で何する気や」
「治ってからの話」
「まず治せ」
「はい」
僕は膝の駆動部を見る。
「速くもなる?」
「なるで」
「どれくらい?」
「物によるけど、軽量型なら装備抱えた普通の人間よりずっと速い。脚力補助が強い奴なら、鍛えた人間より速う走れる」
「へえ」
「ただし限界は中身や」
牧野さんが自分の膝を指す。
「急加速しすぎたら膝や腰が壊れる。急に止まってもあかん。機巧と同じ動きさせたら、中の人間が先に参る」
僕は頷く。
機巧なら、耐えられるのは機体の強度まで。
人間はそうじゃない。
「値段は?」
迅が聞く。
「まともなんで七十万から」
「高っ」
「上見たら数百万や」
迅が少し離れた。
「急に興味なくしたね」
「七十万は考えるだろ」
「でも重装備持てるよ」
「律、俺を煽るな」
◇
その外骨格の、さらに奥。
僕はもう一つの人型装備を見る。
二メートル近い。
さっきの外骨格とはまるで違う。
太い金属フレーム。
分厚い胸部装甲。
大きな肩。
腕も脚も、ほとんど全体が装甲で覆われている。
背中には大型のバッテリーユニット。
「これは……機巧じゃないですよね」
「ちゃうちゃう」
牧野さんが笑う。
「人が入るんや」
「これに?」
「重動力装甲」
迅も近づいてきた。
僕は側面から見る。
人間が入る空間を確保している分、機巧とは骨格の作りがかなり違う。
「重さは?」
「こいつで二百六十キロくらいやな」
「……相棒よりずっと重い」
「人間守らなあかんからな。中空っぽにできる機巧とは違う」
「人が入ったら三百キロ超えるじゃん」
迅が言う。
「余裕で超えるで」
「動けるの?」
「動力入っとる間はな」
牧野さんが脚部を軽く叩く。
鈍い金属音がした。
「速さは期待すんなよ。歩ける。走れんこともない。でも外骨格みたいに軽快には動けへん」
「その代わり装甲?」
「せや」
牧野さんが胸部を叩く。
「投石、変異獣の爪、破片。軽い防具とは比べもんにならん。重い武器も持てる」
「どんな武器?」
「重ライフル、機巧用に近い大型火器、小型の盾。まあ色々や」
迅が重動力装甲を見上げる。
「これなら灰猿の石くらい平気だろ」
「兄ちゃん、昨日骨折したばっかりやのに発想が極端やな」
茜が笑う。
「でも、これ強くない?」
「強いで」
牧野さんはあっさり認めた。
「ただし場所選ぶ」
「場所?」
「それ着て古い建物の二階上がってみ」
牧野さんが細い目をさらに細めた。
「床ごと一階まで行くで」
「……ああ」
迅が納得した。
「森も苦手や。柔らかい地面、沼、細い階段、狭い廃墟。重いからな」
「じゃあ何に使うんです?」
「平地。道路。工業地帯。拠点防衛。大型の変異獣相手」
牧野さんが重動力装甲を見上げる。
「場所さえ合えば強い。合わん場所に持っていったら、ただの重たい棺桶や」
僕は装甲脚を見る。
強化外骨格。
重動力装甲。
どちらも機巧の技術に近い。
でも、考え方は全然違う。
外骨格は、人間の動きを伸ばす。
重動力装甲は、人間そのものを装甲の中へ入れる。
「値段は?」
迅が聞いた。
「それ聞く?」
「一応」
「こいつで四百八十万」
「見なかったことにしよう」
「判断早いなぁ」
茜が笑った。
僕はもう一度、重動力装甲を見る。
今の僕には必要ない。
探索する場所も選びすぎる。
でも。
構造は少し気になった。
「律」
「何?」
「その顔、欲しいんじゃなくて分解したい顔だろ」
「ちょっと見たい」
「やめとき」
牧野さんが即座に言った。
「保証切れるで」
「じゃあやめます」
「そこは素直なんやな」
◇
一時間ほどして、アーマーの調整が終わった。
僕は新しい装備を身につける。
胸。
肩。
前腕。
膝。
ヘルメット。
「どう?」
茜が聞く。
「少し重い」
「すぐ慣れるよ」
迅も右側だけ試着している。
「俺、左だけ何もないの変じゃない?」
「今は仕方ないでしょ」
玲奈が笑う。
「骨が治ってから合わせてもらえばいいよ」
「治ったら絶対来いよ」
牧野さんも言う。
「分かりました」
「今度石飛んできたら、ちゃんと避けや」
「防具屋なのに受けろとは言わないんですね」
「当たり前や」
牧野さんが笑った。
「防具は攻撃受けるためのもんちゃう。避け損なった時に死なんためのもんや」
さっきまでと同じ笑った顔。
でも、その声だけは少し真面目だった。
「覚えとき」
「はい」
支払いを済ませる。
その時、玲奈がシグレの話を思い出したように口を開いた。
「そうだ。二人とも、黒瀬に帰るのって今日?」
「そのつもりだけど」
僕が答える。
「じゃあ、一日延ばさない?」
「なんで?」
迅が聞く。
「明日、シグレの試合があるの」
「闘技場?」
「うん。Eランク戦」
迅の表情が変わった。
「行こう」
「早いね」
「どうせ俺、探索できないし」
固定された左腕を軽く上げる。
「暇なんだよ」
僕も店の奥に立つ玲奈を見る。
「僕も見たい」
「ほんと?」
「灰猿の時と、機巧相手じゃ戦い方も違いそうだから」
「全然違うよ」
玲奈が少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まり。時間はあとで教えるね」
「茜も行く?」
迅が聞く。
「行くよ。明日は空いてるし」
これで、もう一日浪華に残ることになった。
◇
店を出る。
外はもう昼前だった。
僕は新しい前腕アーマーを軽く叩く。
「律」
「何?」
「外骨格、ちょっと欲しくない?」
「七十万からだよ」
「……治ってから考える」
「買う気あるんだ」
「重い装備持ったまま動けるのは魅力だろ」
「R20より重い銃でも?」
「それも面白そうだな」
骨折した翌日に考えることではない気もする。
後ろから茜の声が飛んできた。
「まずその腕治しなさい!」
「分かってるって!」
玲奈が笑う。
黒瀬へ帰るのは、もう一日あとになった。
明日は、シグレの闘技場戦だ。




