即席パーティー
翌朝。
律たちは、猪型を積んだ黒い車で浪華へ向かった。
荷台には相棒と、何本もの固定ベルトで縛られた猪型。
右前脚は大きく破損し、眉間にはパイルバンカーで穿った穴が残っている。
昨日、浪華機巧研究所への売却は成立している。
あとは、この機体を研究所まで届ければ輸送依頼も完了だ。
「八十二万円が後ろに載ってると思うと、ちょっと怖いな」
助手席の迅が言った。
「もう売った」
「まだ届けてないだろ」
「契約は終わってる」
「そういう話じゃなくて」
律は前を見たまま車を走らせる。
「それより」
「何?」
「研究所、中見られるかな」
「朝からそっちかよ」
「見たい」
「知ってる」
◇
浪華機巧研究所は、市街地の南寄りにあった。
高い外壁に囲まれた敷地。
大型車両用の搬入口。
その奥には、いくつもの研究棟と作業棟が並んでいる。
商業区とも、機巧闘技場とも違う。
機巧を売る場所ではない。
調べるための場所だった。
入口で依頼番号を提示すると、律たちは車ごと搬入区画へ通された。
「三番へお願いします」
誘導員に従い、律が車を停める。
すぐに数人の作業員が集まってきた。
「これが黒瀬からの猪型か」
大型の吊り上げ機が動き出す。
ワイヤーが猪型へ掛けられ、巨体がゆっくりと荷台から持ち上げられた。
律はその様子を見ながら、周囲へ視線を向ける。
分解台。
取り外された四脚機巧の脚部。
犬型の胴体。
見覚えのない大型機巧の装甲。
透明なケースに入れられた制御核。
「律」
「何?」
「歩きながら横見るなよ」
「見たい」
「帰りに見ろ」
猪型が検査台へ下ろされる。
灰色の作業服を着た研究員が一人、近づいてきた。
「この個体を回収した探索士?」
「はい」
律が答える。
研究員はまず猪型の眉間を覗き込んだ。
「ここが停止させた一撃?」
「パイルバンカーです」
「前脚は?」
「手榴弾で外装を壊して、露出した関節を銃で撃ちました」
「なるほど」
研究員が端末で損傷部分を撮影していく。
「胴体がかなり残ってる。研究用としてはありがたいよ」
律は検査台の猪型を見る。
「分解するとこ、見られます?」
「それは無理」
「少しだけでも?」
「無理」
迅が笑う。
「諦めろ」
「残念」
「本当に残念そうだな」
研究員も少し笑った。
「搬入区画の展示資料くらいなら見ていっていいよ。立入禁止の線は越えないでね」
「見ます」
「返事早いな」
◇
搬入区画の一角には、研究用に回収された部品が並んでいた。
律が最初に止まったのは、透明なケースの前だった。
中には黒く変色した箱状の部品がいくつも置かれている。
「バッテリー」
案内していた研究員が頷く。
「野良機巧から回収したものだよ」
「全部死んでる」
「分かる?」
「端子周りが同じ壊れ方してる」
研究員が少しだけ目を細めた。
「機巧屋?」
「工房で働いてます」
「なるほど」
迅もケースを覗き込む。
「これ、戦闘で壊れたんじゃないんですか?」
「そういう個体もある。でも、それだけじゃ説明できない」
研究員がケースの一つを指す。
「外装がほとんど無傷でも、中の電源制御だけ使えなくなってるものがある」
「自分で壊してる?」
律が聞く。
「その可能性が高い、と考えられてる」
「生きたまま回収されたものは?」
「ここにはないね」
律はしばらくケースを見ていた。
犬型でも同じだった。
人間が使おうとすると、肝心の電源部分だけが死んでいる。
「猪型も?」
「これから調べる」
「結果って見られます?」
「一般公開される内容なら、そのうち」
「そのうち」
「そんな顔しないで」
迅が律の肩を叩いた。
「研究員困らせるな」
◇
猪型の回収地点についても確認された。
研究員が地図を開く。
「南西部第七観測点の近くか」
「はい」
「この辺りまで猪型が出てたんだね」
「珍しい?」
「珍しいよ。全くいないわけじゃないけど、本来はもう少し南西側の確認例が多い」
迅が地図を見る。
「最近増えてるって聞きました」
「少しね」
研究員が表示を切り替えた。
地図上に、いくつか小さな点が現れる。
「まだ傾向と言い切れるほどじゃない。でも、泉州寄りで多かった重量型が、以前より北東側で確認される例が出てる」
「黒瀬の方へ?」
「結果だけ見ればそう見える」
「理由は?」
律が聞く。
「分からない」
今度は迅が律を見る。
「律みたいなこと言う人いた」
「普通は分からないものは分からないって言うんだよ」
研究員が苦笑した。
律は別のことを思い出す。
「観測器がなくなってたんです」
「報告は見たよ」
「犬型と猪型みたいな足跡があった」
「うん」
「野良機巧が持っていった可能性は?」
研究員は少し考えた。
「否定はできない」
「何のために?」
「それが分かれば苦労しない」
律は黙った。
停止した犬型の残骸。
消えた観測器。
南西へ続いていた痕跡。
偶然かもしれない。
だが、同じ方向に何度も何かが残る。
「気になる?」
迅が聞く。
「うん」
「だろうな」
研究員が地図を閉じた。
「気になるのはいいけど、南西へ行きすぎないようにね。Dになったばかりなんでしょ?」
「はい」
「泉州の奥から関空方面は別物だから」
「分かってます」
律はそう答えた。
少なくとも、今は。
◇
研究所を出る前に、律の端末が振動した。
《研究用回収機巧・輸送》
《依頼達成》
《報酬:120,000円》
《入金先:久世 律》
「入った」
律が言う。
「十二万?」
「うん」
律はその場で送金画面を開いた。
《橘 迅 60,000円》
《送金》
「早いな」
「忘れるから」
「猪型と昨日の依頼分も後でちゃんと計算しようぜ」
「経費引いてから」
「はいはい」
募集で組んだパーティーなら報酬は登録人数で自動分配される。
だが今回の輸送は律が代表で受けた依頼だ。
入金も律の口座へまとめて入る。
二人だけなら、それでも特に困らない。
人数が増えれば面倒だろう。
そんなことを考えながら、律は研究所を出た。
◇
「このまま黒瀬戻る?」
駐車場で迅が聞いた。
律は車へ乗る前に端末を開いた。
「依頼見る」
「せっかく浪華まで来たし?」
「うん」
「俺も同じこと考えてた」
浪華周辺。
Dランク。
条件を指定する。
一覧が表示された。
「多いな」
迅が横から覗き込む。
「黒瀬と全然違う」
護衛。
討伐。
資材回収。
放棄区画調査。
道路確保。
黒瀬なら条件のいいDランク依頼が出るまで待つこともある。
浪華では、選ぶ方が難しいほど並んでいた。
律の指が止まった。
《依頼ランク:D》
《変異獣・灰猿群討伐》
《旧吹田・千里丘陵区域》
《最低参加人数:4名》
《達成条件:成体5頭以上の討伐》
《基本報酬:1,000,000円》
《実績点:10pt》
《6頭目以降:1頭につき120,000円追加》
《確認個体数:6頭以上》
《群れ規模:不明》
《注意:樹上移動・投石・集団による包囲行動》
「百万」
律が言った。
「四人」
迅が言った。
二人が顔を見合わせる。
「二人足りない」
「募集する?」
「うん」
「じゃあ協会行くか」
端末から依頼を見るだけなら、どこでもできる。
だが、知らない探索士を集めて一時パーティーを作るなら、協会の募集機能を使う方が早い。
探索士資格とランクの確認。
参加者の登録。
報酬の均等分配。
募集で組んだパーティーなら、それらをまとめて処理してくれる。
「浪華ならすぐ集まりそうだな」
「行ってみる」
「六頭目から追加報酬なの見てない?」
「見た」
「正直だな」
「一頭十二万」
「まだ四人集まってないからな」
◇
浪華探索士協会。
以前来た時にも大きいと思ったが、パーティー募集区画まで入るのは初めてだった。
壁際に大型の募集端末が並び、その前を探索士が行き交っている。
律は灰猿討伐を選択した。
《募集人数:2名》
《必要ランク:D以上》
《依頼:灰猿群討伐》
《報酬分配:均等》
《募集登録》
「何か条件付ける?」
迅が聞く。
「D以上だけでいい」
「機巧持ち限定とか?」
「いらない」
「じゃあこれで」
登録。
待つ。
迅が椅子へ座ろうとしたところで、端末が鳴った。
《参加希望者:2名》
「早っ」
「まだ座ってないぞ」
表示された名前を見る。
《桐生 茜 Dランク》
《水城 玲奈 Dランク》
二人とも参加条件を満たしている。
律が承認した。
《集合場所:パーティー募集区画・B》
「向こう」
二人で移動する。
◇
「あの二人じゃない?」
迅が先に気づいた。
募集区画の端。
二人の女性探索士が立っていた。
一人は十九歳くらい。
肩までの髪を後ろでまとめ、軽装の探索服の上から弾倉をいくつも付けたベストを着ている。
もう一人は少し年上に見えた。
長めの黒髪を低い位置でまとめ、腰には短い銃。
律たちが近づくと、最初の女性が軽く手を上げた。
「灰猿の募集出した人?」
「うん」
律が答える。
「久世律」
「橘迅。よろしく」
「桐生茜。十九。探索士は二年くらい」
茜が隣を見る。
「こっちは玲奈」
「自分で言うから」
もう一人が小さく息を吐いた。
「水城玲奈。二十歳。私もD。よろしく」
「よろしく」
茜の視線が律の後ろへ移る。
「その機巧も参加?」
「うん」
「戦闘用?」
「元は作業機巧」
「元は?」
茜が相棒を見る。
左前腕のA6。
右腕の小型防楯とパイルバンカー。
腰の機巧刀。
「……今は全然作業用に見えないけど」
「僕が改造した」
「機巧士?」
「家が工房。今も依頼ない日は働いてる」
「へえ」
茜が少し興味深そうに相棒を見る。
「自分で直せる人がいるの助かるかも」
「壊さない方がいい」
「それはそう」
迅は茜の背中にある銃へ視線を向けていた。
「それ、八洲のA24?」
「分かる?」
茜が銃を軽く持ち上げた。
「A24。主武器」
「フルオート使えるやつだよな」
「うん。セミも使うけど」
「灰猿相手なら?」
「普段は短い連射。木の上を動き回る相手に、一発ずつ追いかけても逃げられるから」
「制圧して動かす感じ?」
「そんな感じ。撃ちっぱなしにしたら弾代で死ぬし」
「やっぱ高い?」
「聞かない方がいい」
「俺もR20買ったばっかりで弾代きつい」
「じゃあ仲間だ」
茜が笑った。
「迅は射撃?」
「基本は。R20とK12を使い分けてる」
「明日はどっち?」
「森ならK12も持っていく。近ければそっちの方が扱いやすいし」
「それがいいかもね」
律はもう一人。
玲奈の腰にある銃を見る。
「それは?」
「八洲のM9。短機関銃」
「近距離用?」
「うん。私は機巧と一緒に前へ出ることが多いから」
「機巧いるの?」
「いるよ」
玲奈が駐車場の方を見る。
「見る?」
「見る」
即答だった。
迅が茜を見る。
「こうなるんだよ」
「機巧好き?」
「かなり」
「なるほど」
◇
玲奈たちの車の後ろに、一機の機巧が立っていた。
律は数歩手前で止まった。
「戦闘用」
玲奈が振り返る。
「見ただけで分かる?」
「脚」
「脚?」
身長は百六十五センチほど。
相棒より二十センチ以上高い。
細身の胴体。
余分な張り出しの少ない装甲。
関節部は大きく取られ、脚部も軽い。
荷物を運ぶためではない。
速く動くための形。
「浪華機装?」
律が聞く。
「脚とフレームは浪華機装。ほかは少し混ぜてる」
「制御核は?」
「白峰精機」
律が一歩近づく。
「新しい?」
「そこまで聞く?」
玲奈が少し笑った。
「二世代前。新品じゃないよ」
「中古?」
「そう。全部新品で組んだら破産する」
「分かる」
「そこは分かるんだ」
玲奈が機体の腰へ手を置く。
「シグレ。私の機巧」
「シグレ」
律が名前を繰り返す。
迅が横から言う。
「ほら。ちゃんと名前あるぞ」
「相棒もある」
「ない」
「相棒」
「それは呼び方だって」
茜が吹き出す。
「本当に相棒って呼んでるの?」
「うん」
「もうそれ名前でよくない?」
律が迅を見る。
「ほら」
「増援来たみたいな顔するな」
玲奈も少し笑ってから、シグレの左腕を示した。
「武装も見る?」
「見る」
「やっぱり」
左前腕。
相棒のA6より太い銃身が固定されている。
「腕部銃?」
「対機巧用。徹甲弾を使う」
「装弾数は?」
「十二発」
「少ない」
「一発が高いから、ばら撒く武器じゃないよ」
「野良機巧の装甲を抜くため?」
「そう」
律の視線が上がる。
右肩。
筒状の発射器が一つ。
「ミサイル」
「正解」
迅も見上げた。
「何発?」
「一発だけ」
「灰猿に?」
「撃つわけないでしょ」
玲奈が即答した。
「高いから」
「やっぱそこなんだ」
「大型変異獣とか、野良機巧から逃げられない時の切り札」
「一発撃ったら?」
「終わり。予備は車に置いてるけど、現場で簡単に付け替えるものじゃない」
右手には機巧刀。
相棒とはまるで違う。
律の相棒は、作業機巧へ必要なものを一つずつ加えてきた。
シグレは最初から、戦うことを前提に組まれている。
「動くとこ見たい」
律が言った。
「明日見られるよ」
玲奈が答える。
「灰猿が出ればね」
「出る」
「依頼なんだから出るだろうけど」
迅が口を挟む。
「律、シグレばっか見て自分の相棒忘れるなよ」
「忘れない」
「ならいいけど」
◇
四人は募集区画へ戻った。
今度は装備だけではなく、明日の動きも確認する。
「私はシグレと前寄り」
玲奈が地図を開く。
「森に入ったら、無理に横一列にはならない。木が多いから」
「私は少し後ろから撃つ」
茜が言う。
「灰猿が樹上にいるなら、見つけても一人で追わない方がいいよ」
迅が頷く。
「群れだから?」
「そう。一頭見せて、別のが横から来ることがある」
「石も投げるんだよな」
「結構正確に」
律も依頼情報を確認する。
「相棒の索敵センサー、森だと遠くまで見えない」
「どれくらい?」
玲奈が聞く。
「条件次第。三十メートル前後」
「じゃあ頼り切れないね」
「うん」
「四方向見た方がよさそう」
茜が言った。
互いに何ができるのか。
どこが弱いのか。
それを確認してから、律は一時パーティー登録を開いた。
《久世 律 D》
《橘 迅 D》
《桐生 茜 D》
《水城 玲奈 D》
《参加人数:4名》
《報酬分配:均等》
茜が画面を見る。
「募集出したの律だよね?」
「うん」
「じゃあ代表、そのまま律でいい?」
「私はいいよ」
玲奈も頷く。
迅も異論はない。
「じゃあ律で」
「分かった」
律が登録を確定する。
《一時パーティー登録完了》
そのまま灰猿討伐を開く。
《最低参加人数:4名》
《条件達成》
《受注可能》
律が押した。
《依頼を受注しました》
《基本報酬:1,000,000円》
《報酬分配:登録メンバーへ均等振込》
《追加討伐報酬も同様に均等分配》
「これなら後で分けなくていいな」
迅が言った。
「四人だと面倒だから」
「だから協会で募集するんだよ」
茜が答える。
玲奈が地図を拡大した。
「明日の朝、ここで集合にしよう」
旧吹田。
千里丘陵の外縁。
今では旧市街の大部分が森へ戻っている地域だった。
「車で行けるのはここまで」
玲奈が一点を指す。
「そこから徒歩?」
「うん。森の中は道が残ってないところも多い」
「灰猿は木を飛び移る」
茜が続ける。
「地面だけ見ないようにね」
迅が依頼画面を見た。
《確認個体数:6頭以上》
「五頭倒せば達成」
「六頭目から一頭十二万」
律が言う。
茜がすぐに答えた。
「四人だから、一頭三万ずつ」
律が茜を見る。
「計算早い」
「大事でしょ」
「うん」
迅が二人を見る。
「なんか似てない?」
「似てない」
律と茜の声が重なった。
一瞬。
玲奈が笑った。
「そこは合うんだ」
初めて組む四人。
明日から、その四人で森へ入る。
確認されている灰猿は六頭以上。
群れの総数は不明。
律は最後に、依頼欄のその一文を見た。
《群れ規模:不明》
五頭倒せば依頼は達成する。
だが。
森の中に何頭いるのかは、まだ誰にも分かっていなかった。




