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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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21/40

即席パーティー

 翌朝。


 律たちは、猪型を積んだ黒い車で浪華へ向かった。


 荷台には相棒と、何本もの固定ベルトで縛られた猪型。


 右前脚は大きく破損し、眉間にはパイルバンカーで穿った穴が残っている。


 昨日、浪華機巧研究所への売却は成立している。


 あとは、この機体を研究所まで届ければ輸送依頼も完了だ。


「八十二万円が後ろに載ってると思うと、ちょっと怖いな」


 助手席の迅が言った。


「もう売った」


「まだ届けてないだろ」


「契約は終わってる」


「そういう話じゃなくて」


 律は前を見たまま車を走らせる。


「それより」


「何?」


「研究所、中見られるかな」


「朝からそっちかよ」


「見たい」


「知ってる」



     ◇



 浪華機巧研究所は、市街地の南寄りにあった。


 高い外壁に囲まれた敷地。


 大型車両用の搬入口。


 その奥には、いくつもの研究棟と作業棟が並んでいる。


 商業区とも、機巧闘技場とも違う。


 機巧を売る場所ではない。


 調べるための場所だった。


 入口で依頼番号を提示すると、律たちは車ごと搬入区画へ通された。


「三番へお願いします」


 誘導員に従い、律が車を停める。


 すぐに数人の作業員が集まってきた。


「これが黒瀬からの猪型か」


 大型の吊り上げ機が動き出す。


 ワイヤーが猪型へ掛けられ、巨体がゆっくりと荷台から持ち上げられた。


 律はその様子を見ながら、周囲へ視線を向ける。


 分解台。


 取り外された四脚機巧の脚部。


 犬型の胴体。


 見覚えのない大型機巧の装甲。


 透明なケースに入れられた制御核。


「律」


「何?」


「歩きながら横見るなよ」


「見たい」


「帰りに見ろ」


 猪型が検査台へ下ろされる。


 灰色の作業服を着た研究員が一人、近づいてきた。


「この個体を回収した探索士?」


「はい」


 律が答える。


 研究員はまず猪型の眉間を覗き込んだ。


「ここが停止させた一撃?」


「パイルバンカーです」


「前脚は?」


「手榴弾で外装を壊して、露出した関節を銃で撃ちました」


「なるほど」


 研究員が端末で損傷部分を撮影していく。


「胴体がかなり残ってる。研究用としてはありがたいよ」


 律は検査台の猪型を見る。


「分解するとこ、見られます?」


「それは無理」


「少しだけでも?」


「無理」


 迅が笑う。


「諦めろ」


「残念」


「本当に残念そうだな」


 研究員も少し笑った。


「搬入区画の展示資料くらいなら見ていっていいよ。立入禁止の線は越えないでね」


「見ます」


「返事早いな」



     ◇



 搬入区画の一角には、研究用に回収された部品が並んでいた。


 律が最初に止まったのは、透明なケースの前だった。


 中には黒く変色した箱状の部品がいくつも置かれている。


「バッテリー」


 案内していた研究員が頷く。


「野良機巧から回収したものだよ」


「全部死んでる」


「分かる?」


「端子周りが同じ壊れ方してる」


 研究員が少しだけ目を細めた。


「機巧屋?」


「工房で働いてます」


「なるほど」


 迅もケースを覗き込む。


「これ、戦闘で壊れたんじゃないんですか?」


「そういう個体もある。でも、それだけじゃ説明できない」


 研究員がケースの一つを指す。


「外装がほとんど無傷でも、中の電源制御だけ使えなくなってるものがある」


「自分で壊してる?」


 律が聞く。


「その可能性が高い、と考えられてる」


「生きたまま回収されたものは?」


「ここにはないね」


 律はしばらくケースを見ていた。


 犬型でも同じだった。


 人間が使おうとすると、肝心の電源部分だけが死んでいる。


「猪型も?」


「これから調べる」


「結果って見られます?」


「一般公開される内容なら、そのうち」


「そのうち」


「そんな顔しないで」


 迅が律の肩を叩いた。


「研究員困らせるな」



     ◇



 猪型の回収地点についても確認された。


 研究員が地図を開く。


「南西部第七観測点の近くか」


「はい」


「この辺りまで猪型が出てたんだね」


「珍しい?」


「珍しいよ。全くいないわけじゃないけど、本来はもう少し南西側の確認例が多い」


 迅が地図を見る。


「最近増えてるって聞きました」


「少しね」


 研究員が表示を切り替えた。


 地図上に、いくつか小さな点が現れる。


「まだ傾向と言い切れるほどじゃない。でも、泉州寄りで多かった重量型が、以前より北東側で確認される例が出てる」


「黒瀬の方へ?」


「結果だけ見ればそう見える」


「理由は?」


 律が聞く。


「分からない」


 今度は迅が律を見る。


「律みたいなこと言う人いた」


「普通は分からないものは分からないって言うんだよ」


 研究員が苦笑した。


 律は別のことを思い出す。


「観測器がなくなってたんです」


「報告は見たよ」


「犬型と猪型みたいな足跡があった」


「うん」


「野良機巧が持っていった可能性は?」


 研究員は少し考えた。


「否定はできない」


「何のために?」


「それが分かれば苦労しない」


 律は黙った。


 停止した犬型の残骸。


 消えた観測器。


 南西へ続いていた痕跡。


 偶然かもしれない。


 だが、同じ方向に何度も何かが残る。


「気になる?」


 迅が聞く。


「うん」


「だろうな」


 研究員が地図を閉じた。


「気になるのはいいけど、南西へ行きすぎないようにね。Dになったばかりなんでしょ?」


「はい」


「泉州の奥から関空方面は別物だから」


「分かってます」


 律はそう答えた。


 少なくとも、今は。



     ◇



 研究所を出る前に、律の端末が振動した。


《研究用回収機巧・輸送》


《依頼達成》


《報酬:120,000円》


《入金先:久世 律》


「入った」


 律が言う。


「十二万?」


「うん」


 律はその場で送金画面を開いた。


《橘 迅 60,000円》


《送金》


「早いな」


「忘れるから」


「猪型と昨日の依頼分も後でちゃんと計算しようぜ」


「経費引いてから」


「はいはい」


 募集で組んだパーティーなら報酬は登録人数で自動分配される。


 だが今回の輸送は律が代表で受けた依頼だ。


 入金も律の口座へまとめて入る。


 二人だけなら、それでも特に困らない。


 人数が増えれば面倒だろう。


 そんなことを考えながら、律は研究所を出た。



     ◇



「このまま黒瀬戻る?」


 駐車場で迅が聞いた。


 律は車へ乗る前に端末を開いた。


「依頼見る」


「せっかく浪華まで来たし?」


「うん」


「俺も同じこと考えてた」


 浪華周辺。


 Dランク。


 条件を指定する。


 一覧が表示された。


「多いな」


 迅が横から覗き込む。


「黒瀬と全然違う」


 護衛。


 討伐。


 資材回収。


 放棄区画調査。


 道路確保。


 黒瀬なら条件のいいDランク依頼が出るまで待つこともある。


 浪華では、選ぶ方が難しいほど並んでいた。


 律の指が止まった。


《依頼ランク:D》


《変異獣・灰猿群討伐》


《旧吹田・千里丘陵区域》


《最低参加人数:4名》


《達成条件:成体5頭以上の討伐》


《基本報酬:1,000,000円》


《実績点:10pt》


《6頭目以降:1頭につき120,000円追加》


《確認個体数:6頭以上》


《群れ規模:不明》


《注意:樹上移動・投石・集団による包囲行動》


「百万」


 律が言った。


「四人」


 迅が言った。


 二人が顔を見合わせる。


「二人足りない」


「募集する?」


「うん」


「じゃあ協会行くか」


 端末から依頼を見るだけなら、どこでもできる。


 だが、知らない探索士を集めて一時パーティーを作るなら、協会の募集機能を使う方が早い。


 探索士資格とランクの確認。


 参加者の登録。


 報酬の均等分配。


 募集で組んだパーティーなら、それらをまとめて処理してくれる。


「浪華ならすぐ集まりそうだな」


「行ってみる」


「六頭目から追加報酬なの見てない?」


「見た」


「正直だな」


「一頭十二万」


「まだ四人集まってないからな」



     ◇



 浪華探索士協会。


 以前来た時にも大きいと思ったが、パーティー募集区画まで入るのは初めてだった。


 壁際に大型の募集端末が並び、その前を探索士が行き交っている。


 律は灰猿討伐を選択した。


《募集人数:2名》


《必要ランク:D以上》


《依頼:灰猿群討伐》


《報酬分配:均等》


《募集登録》


「何か条件付ける?」


 迅が聞く。


「D以上だけでいい」


「機巧持ち限定とか?」


「いらない」


「じゃあこれで」


 登録。


 待つ。


 迅が椅子へ座ろうとしたところで、端末が鳴った。


《参加希望者:2名》


「早っ」


「まだ座ってないぞ」


 表示された名前を見る。


《桐生 茜 Dランク》


《水城 玲奈 Dランク》


 二人とも参加条件を満たしている。


 律が承認した。


《集合場所:パーティー募集区画・B》


「向こう」


 二人で移動する。



     ◇



「あの二人じゃない?」


 迅が先に気づいた。


 募集区画の端。


 二人の女性探索士が立っていた。


 一人は十九歳くらい。


 肩までの髪を後ろでまとめ、軽装の探索服の上から弾倉をいくつも付けたベストを着ている。


 もう一人は少し年上に見えた。


 長めの黒髪を低い位置でまとめ、腰には短い銃。


 律たちが近づくと、最初の女性が軽く手を上げた。


「灰猿の募集出した人?」


「うん」


 律が答える。


「久世律」


「橘迅。よろしく」


「桐生茜。十九。探索士は二年くらい」


 茜が隣を見る。


「こっちは玲奈」


「自分で言うから」


 もう一人が小さく息を吐いた。


「水城玲奈。二十歳。私もD。よろしく」


「よろしく」


 茜の視線が律の後ろへ移る。


「その機巧も参加?」


「うん」


「戦闘用?」


「元は作業機巧」


「元は?」


 茜が相棒を見る。


 左前腕のA6。


 右腕の小型防楯とパイルバンカー。


 腰の機巧刀。


「……今は全然作業用に見えないけど」


「僕が改造した」


「機巧士?」


「家が工房。今も依頼ない日は働いてる」


「へえ」


 茜が少し興味深そうに相棒を見る。


「自分で直せる人がいるの助かるかも」


「壊さない方がいい」


「それはそう」


 迅は茜の背中にある銃へ視線を向けていた。


「それ、八洲のA24?」


「分かる?」


 茜が銃を軽く持ち上げた。


「A24。主武器」


「フルオート使えるやつだよな」


「うん。セミも使うけど」


「灰猿相手なら?」


「普段は短い連射。木の上を動き回る相手に、一発ずつ追いかけても逃げられるから」


「制圧して動かす感じ?」


「そんな感じ。撃ちっぱなしにしたら弾代で死ぬし」


「やっぱ高い?」


「聞かない方がいい」


「俺もR20買ったばっかりで弾代きつい」


「じゃあ仲間だ」


 茜が笑った。


「迅は射撃?」


「基本は。R20とK12を使い分けてる」


「明日はどっち?」


「森ならK12も持っていく。近ければそっちの方が扱いやすいし」


「それがいいかもね」


 律はもう一人。


 玲奈の腰にある銃を見る。


「それは?」


「八洲のM9。短機関銃」


「近距離用?」


「うん。私は機巧と一緒に前へ出ることが多いから」


「機巧いるの?」


「いるよ」


 玲奈が駐車場の方を見る。


「見る?」


「見る」


 即答だった。


 迅が茜を見る。


「こうなるんだよ」


「機巧好き?」


「かなり」


「なるほど」



     ◇



 玲奈たちの車の後ろに、一機の機巧が立っていた。


 律は数歩手前で止まった。


「戦闘用」


 玲奈が振り返る。


「見ただけで分かる?」


「脚」


「脚?」


 身長は百六十五センチほど。


 相棒より二十センチ以上高い。


 細身の胴体。


 余分な張り出しの少ない装甲。


 関節部は大きく取られ、脚部も軽い。


 荷物を運ぶためではない。


 速く動くための形。


「浪華機装?」


 律が聞く。


「脚とフレームは浪華機装。ほかは少し混ぜてる」


「制御核は?」


「白峰精機」


 律が一歩近づく。


「新しい?」


「そこまで聞く?」


 玲奈が少し笑った。


「二世代前。新品じゃないよ」


「中古?」


「そう。全部新品で組んだら破産する」


「分かる」


「そこは分かるんだ」


 玲奈が機体の腰へ手を置く。


「シグレ。私の機巧」


「シグレ」


 律が名前を繰り返す。


 迅が横から言う。


「ほら。ちゃんと名前あるぞ」


「相棒もある」


「ない」


「相棒」


「それは呼び方だって」


 茜が吹き出す。


「本当に相棒って呼んでるの?」


「うん」


「もうそれ名前でよくない?」


 律が迅を見る。


「ほら」


「増援来たみたいな顔するな」


 玲奈も少し笑ってから、シグレの左腕を示した。


「武装も見る?」


「見る」


「やっぱり」


 左前腕。


 相棒のA6より太い銃身が固定されている。


「腕部銃?」


「対機巧用。徹甲弾を使う」


「装弾数は?」


「十二発」


「少ない」


「一発が高いから、ばら撒く武器じゃないよ」


「野良機巧の装甲を抜くため?」


「そう」


 律の視線が上がる。


 右肩。


 筒状の発射器が一つ。


「ミサイル」


「正解」


 迅も見上げた。


「何発?」


「一発だけ」


「灰猿に?」


「撃つわけないでしょ」


 玲奈が即答した。


「高いから」


「やっぱそこなんだ」


「大型変異獣とか、野良機巧から逃げられない時の切り札」


「一発撃ったら?」


「終わり。予備は車に置いてるけど、現場で簡単に付け替えるものじゃない」


 右手には機巧刀。


 相棒とはまるで違う。


 律の相棒は、作業機巧へ必要なものを一つずつ加えてきた。


 シグレは最初から、戦うことを前提に組まれている。


「動くとこ見たい」


 律が言った。


「明日見られるよ」


 玲奈が答える。


「灰猿が出ればね」


「出る」


「依頼なんだから出るだろうけど」


 迅が口を挟む。


「律、シグレばっか見て自分の相棒忘れるなよ」


「忘れない」


「ならいいけど」



     ◇



 四人は募集区画へ戻った。


 今度は装備だけではなく、明日の動きも確認する。


「私はシグレと前寄り」


 玲奈が地図を開く。


「森に入ったら、無理に横一列にはならない。木が多いから」


「私は少し後ろから撃つ」


 茜が言う。


「灰猿が樹上にいるなら、見つけても一人で追わない方がいいよ」


 迅が頷く。


「群れだから?」


「そう。一頭見せて、別のが横から来ることがある」


「石も投げるんだよな」


「結構正確に」


 律も依頼情報を確認する。


「相棒の索敵センサー、森だと遠くまで見えない」


「どれくらい?」


 玲奈が聞く。


「条件次第。三十メートル前後」


「じゃあ頼り切れないね」


「うん」


「四方向見た方がよさそう」


 茜が言った。


 互いに何ができるのか。


 どこが弱いのか。


 それを確認してから、律は一時パーティー登録を開いた。


《久世 律 D》


《橘 迅 D》


《桐生 茜 D》


《水城 玲奈 D》


《参加人数:4名》


《報酬分配:均等》


 茜が画面を見る。


「募集出したの律だよね?」


「うん」


「じゃあ代表、そのまま律でいい?」


「私はいいよ」


 玲奈も頷く。


 迅も異論はない。


「じゃあ律で」


「分かった」


 律が登録を確定する。


《一時パーティー登録完了》


 そのまま灰猿討伐を開く。


《最低参加人数:4名》


《条件達成》


《受注可能》


 律が押した。


《依頼を受注しました》


《基本報酬:1,000,000円》


《報酬分配:登録メンバーへ均等振込》


《追加討伐報酬も同様に均等分配》


「これなら後で分けなくていいな」


 迅が言った。


「四人だと面倒だから」


「だから協会で募集するんだよ」


 茜が答える。


 玲奈が地図を拡大した。


「明日の朝、ここで集合にしよう」


 旧吹田。


 千里丘陵の外縁。


 今では旧市街の大部分が森へ戻っている地域だった。


「車で行けるのはここまで」


 玲奈が一点を指す。


「そこから徒歩?」


「うん。森の中は道が残ってないところも多い」


「灰猿は木を飛び移る」


 茜が続ける。


「地面だけ見ないようにね」


 迅が依頼画面を見た。


《確認個体数:6頭以上》


「五頭倒せば達成」


「六頭目から一頭十二万」


 律が言う。


 茜がすぐに答えた。


「四人だから、一頭三万ずつ」


 律が茜を見る。


「計算早い」


「大事でしょ」


「うん」


 迅が二人を見る。


「なんか似てない?」


「似てない」


 律と茜の声が重なった。


 一瞬。


 玲奈が笑った。


「そこは合うんだ」


 初めて組む四人。


 明日から、その四人で森へ入る。


 確認されている灰猿は六頭以上。


 群れの総数は不明。


 律は最後に、依頼欄のその一文を見た。


《群れ規模:不明》


 五頭倒せば依頼は達成する。


 だが。


 森の中に何頭いるのかは、まだ誰にも分かっていなかった。

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