南西へ
Dランクになった翌日。
律は久世工房の作業台に端末を置いていた。
画面には、これまで受けられなかった依頼が並んでいる。
変異獣の駆除。
放棄区画の調査。
街道から外れた地域の地図更新。
Eランクまでと比べて、報酬も大きく上がっていた。
「これ、どう?」
迅が一つの依頼を開いた。
《依頼ランク:D》
《南西部第七観測点・記録装置交換》
《基本報酬:320,000円》
《危険区域手当:80,000円》
《合計報酬:400,000円》
《推奨:Dランク探索士二名以上》
《野良機巧遭遇率:高》
律が地図を開く。
「二十二キロ」
「結構行くな」
黒瀬から南西へ約二十二キロ。
街の管理区域を大きく外れた場所に、探索士協会が設置した無人観測点がある。
通信圏外のため、観測器は周囲の映像や大型生物、機巧の通過反応などを内部へ保存している。
探索士が定期的に現地へ向かい、記録装置とバッテリーを交換する仕組みだった。
律は地図をさらに南西へ動かす。
旧堺泉北。
旧泉州。
その先へ進むにつれて、探索記録は少なくなっていく。
さらに南西。
旧関西国際空港周辺には赤い表示が広がっていた。
《高危険地域》
《詳細情報不足》
《協会推奨ランク:B以上》
「関空までは行かないよな?」
迅が聞く。
「行かない」
「よし」
「観測点まで」
「Dになったばっかりだしな」
「うん」
律は依頼画面へ戻る。
「四十万」
「結局そこかよ」
「装備代かかってるから」
「俺もR20買ったしな」
相棒の脚部。
制御核。
A6腕部機巧銃。
迅のR20。
律の車。
Eランクになってから、二人ともかなり金を使っている。
「受ける?」
「うん」
律が受注を押した。
《依頼を受注しました》
◇
二人はそのまま黒瀬探索士協会へ向かった。
今回の依頼では、交換用の機材を持っていく必要がある。
受渡窓口で依頼番号を提示すると、職員が奥から二つのケースを運んできた。
「南西部第七観測点ですね」
「はい」
「こちらが交換用記録装置。こちらがバッテリーと固定金具です」
律がケースを開いて中を確認する。
「現地の記録装置を回収して、新しいものと交換してください。異常があれば、端末で現場の撮影をお願いします」
「写真でいいんですか?」
「はい。位置情報と時刻も一緒に残りますので」
「分かりました」
二人はケースを受け取り、駐車場へ向かった。
停めてあるのは、律がEランクになってから購入した黒い四輪駆動貨物車。
後部には相棒が固定されている。
左前腕には八洲兵装A6腕部機巧銃。
大型弾倉には五十発。
右腕には小型防楯とパイルバンカー。
腰には機巧刀。
A6の予備弾倉二本は車内の弾薬箱に入れてある。
予備バッテリー。
工具。
補修材。
牽引ロープ。
交換用の観測器とバッテリーも積み込み、しっかり固定した。
「車買って正解だったな」
迅が助手席へ乗り込む。
「うん」
「俺のバイクじゃ、これ全部無理だわ」
「相棒も乗らない」
「それが一番でかい」
律も運転席へ乗った。
黒い車が黒瀬を離れ、南西へ向かった。
◇
街から離れるにつれ、道は荒れていった。
畑が減り。
建物もなくなる。
周囲に広がるのは林と草地。
ところどころ、古いコンクリートの塊が地面から覗いている。
五百年。
人間が使わなくなった建造物の大半は、もう元の形を残していなかった。
「あと六キロ」
律が言った。
迅がR20を手元へ引き寄せる。
「この辺から野良機巧多いんだよな」
「記録では」
「犬型ならいいけど」
「南西に行くほど大型の確認例も増える」
「地図で見たやつか」
「うん」
迅が窓の外を見る。
「できれば会いたくないな」
「僕は見たい」
「知ってた」
◇
最初に見つけたのは足跡だった。
「止めて」
迅の声で律がブレーキを踏む。
道路脇の柔らかい土。
四本脚の跡が何本も残っている。
二人は車を降りた。
相棒も後部から降ろす。
律がしゃがみ込む。
「犬型」
「何体?」
「少なくとも三」
「新しい?」
「たぶん今日」
足跡は林の中へ続いている。
「目的地は?」
「南西」
「じゃあ追わなくていいな」
「うん」
今回は討伐依頼ではない。
二人は車へ戻った。
◇
しばらく進んだところで、相棒の頭部が左を向いた。
律の端末に反応が出る。
《移動反応》
《距離:94m》
《三》
「いる」
車を止める。
迅が先に降り、R20を構えた。
律も相棒の固定を外す。
林の中で枝が揺れた。
一体。
二体。
三体。
犬型野良機巧が姿を現す。
「こっち見てる」
迅が言う。
「来たら撃つ」
その直後。
一体が走り出した。
「来た!」
R20が鳴る。
弾丸が犬型の頭部を正面から撃ち抜いた。
センサー部が砕け、その奥まで貫通する。
犬型は勢いを失い、前のめりに倒れた。
残る二体が左右へ分かれる。
「相棒」
左腕が上がった。
A6が短く火を噴く。
弾丸が一体の胴体を撃ち抜いた。
内部を破壊された犬型が脚をもつれさせ、そのまま崩れる。
最後の一体へ銃口が向く。
発砲。
頭部。
続いて胴体。
犬型は数歩進んだところで横倒しになった。
静かになる。
迅がR20を下ろす。
「前より全然楽だな」
「装備が違う」
「犬型なら、もう遠距離で終わるな」
「油断はしない方がいい」
「分かってるって」
律は倒れた三体の位置を端末へ記録した。
「回収は?」
「帰り」
「了解」
二人は先へ進んだ。
◇
目的地まで、あと二キロほど。
道路脇の土に、大きな足跡が残っていた。
「これ犬型じゃないな」
「うん」
四脚。
だが一歩ごとの沈み込みが深い。
「重そう」
「かなり」
律は速度を落とした。
少し進むと、前方の林から低い金属音が響いた。
ガン。
枝が折れる。
「止めよう」
二人が車を降りる。
相棒も続いた。
迅がR20を構える。
木々が大きく揺れた。
太い枝を押し退けながら、四脚の機巧が姿を現す。
「……でか」
犬型とはまるで違う。
全長は二メートルを超えている。
低く幅の広い胴体。
太い四本脚。
頭部から胴体前面までを覆う厚い装甲。
「猪型」
律が言った。
「これが?」
「記録で見た」
旧堺泉北から泉州方面で確認例のある重量型野良機巧。
倒木や瓦礫の排除。
重量物の運搬。
そういった用途を持つと考えられている。
猪型のセンサーが律たちを捉えた。
機体が低く沈む。
「来る!」
地面を蹴った。
「散って!」
律と迅が左右へ離れる。
相棒も進路から外れた。
巨体が横を駆け抜ける。
「見た目より速い!」
迅が振り返り、R20を撃つ。
前面装甲で火花が散った。
さらに一発。
傷は入る。
だが抜けない。
「正面は無理!」
猪型が反転する。
相棒のA6が側面を撃つ。
数発が装甲へ食い込んだ。
それでも動きは止まらない。
猪型が相棒へ向かって突進する。
「避けて!」
相棒が横へ踏み込む。
わずかに遅い。
右腕の小型防楯を出す。
ぶつかる直前、腕を横へ振った。
衝撃を逸らす。
それでも重量差は大きい。
相棒が弾き飛ばされ、地面を転がった。
「相棒!」
《右腕部:正常》
《姿勢制御:復帰》
相棒が立ち上がる。
「硬すぎるだろ」
迅が腰へ手を伸ばした。
卵型の手榴弾。
「律、離れろ」
「使う?」
「こいつに使わなくてどうすんだよ」
安全装置を外す。
猪型が再び走り出した。
迅は距離を見ている。
「迅」
「まだ」
巨体が迫る。
迅が横へ退くと同時に、手榴弾を低く投げた。
金属の塊が地面を跳ねる。
猪型がそのすぐ脇を通過した。
直後。
爆発。
土と破片が跳ね上がる。
猪型の巨体が大きく揺れた。
右前脚の外装が裂け、関節部が露出する。
「効いた!」
だが、まだ止まらない。
傷んだ脚を引きずりながら向きを変える。
「相棒。右前脚」
A6が鳴った。
狙いは、爆発で露出した関節。
短い連射。
弾丸が駆動部へ集中する。
火花。
金属片。
内部が砕けた。
右前脚から力が抜ける。
巨体が前のめりに崩れた。
「今」
相棒が走る。
倒れた猪型の正面。
猪型が頭部を持ち上げようとする。
相棒が右腕を突き出した。
パイルバンカー。
杭の先端が、左右のセンサーの間――眉間へ押し当てられる。
「そこ」
発射。
ドンッ、と重い衝撃音が響いた。
杭が正面装甲を貫いた。
猪型の頭部が地面へ叩きつけられる。
四肢が一度、大きく震えた。
そして止まった。
「……終わった?」
迅がR20を構えたまま聞く。
律が端末を確認する。
「停止してる」
「手榴弾、持ってきててよかったな」
「うん」
「あと一個だけど」
「できれば使いたくない」
「俺も」
律は猪型へ近づいた。
厚い装甲。
太い脚部。
犬型とは明らかに構造が違う。
「これ、黒瀬の近くじゃ見ないよな」
「うん」
「持って帰る?」
律は少しだけ考えた。
「帰りに」
「やっぱりな」
位置を端末へ記録し、二人は観測点へ向かった。
◇
南西部第七観測点。
「ここ」
律が位置情報を確認した。
「……ないぞ」
本来なら観測器が立っている場所。
そこには土台だけが残っていた。
二人が近づく。
「固定具が壊れてる」
金具が歪み、一部は引き千切られている。
「壊された?」
「本体がない」
「持っていかれた?」
「分からない」
律は端末を取り出した。
空になった土台。
破損した固定金具。
周囲に落ちている金属片。
一つずつ写真へ残す。
「足跡」
犬型。
複数。
さらに。
「これ、猪型と似てない?」
「似てる」
大きな四脚の跡。
そして地面には、重い物を引きずったような痕跡。
南西へ続いている。
律はそれも撮影した。
「観測器を運んだ?」
「可能性はある」
「追う?」
「追わない」
「早いな」
「この先は危険度が上がる」
「まあ、さっきので十分だわ」
律は周囲全体も写真へ残した。
「新しいの付ける」
「ああ。そっちが本来の仕事だったな」
二人は車から交換用のケースを降ろした。
相棒が新しい観測器を持つ。
土台自体には大きな損傷はない。
壊れた固定具を交換。
相棒が観測器を支え、律が金具を締める。
バッテリーを接続。
記録装置を起動した。
《機器診断》
《正常》
《記録領域:正常》
《観測開始》
「動いた」
「また無くならないといいけどな」
「それも協会が判断する」
律は設置後の観測器も撮影した。
機器番号。
位置情報。
設置時刻。
これで現地作業は終わりだ。
◇
帰路。
二人は猪型を倒した場所へ戻った。
「改めて見るとでかいな」
迅が停止した巨体を見下ろす。
「重い」
「積める?」
「ウインチ使う」
律は黒い車を近くまで寄せた。
後部からワイヤーを引き出す。
相棒にも手伝わせながら猪型へ固定した。
ウインチを動かす。
モーターが低く唸る。
猪型の巨体が、少しずつ荷台へ引き上げられていく。
「三百キロくらいある?」
「たぶん」
「相棒だけじゃ無理だな」
「うん」
ようやく荷台へ載せる。
相棒と並べると、かなり窮屈だった。
律は固定ベルトを何本も使い、猪型が動かないことを確認する。
「どうする?」
迅が聞いた。
「開けたい」
「やっぱり」
「犬型と構造が違う」
「工房帰ったら、そのまま朝までやりそうだな」
律は否定しなかった。
途中、犬型を倒した場所にも寄ったが、三体すべてを積む余裕はない。
状態の良い部品だけを外して回収し、黒瀬へ戻った。
◇
町の通信圏へ入ると、律の端末がネットワークへ接続した。
依頼報告を開く。
現地で撮影した写真。
位置情報。
戦闘記録。
新しい観測器の設置確認。
すべて添付する。
《旧観測器:消失》
《固定部に破損》
《犬型および大型四脚機巧の痕跡》
《痕跡は南西方向へ継続》
《交換用観測器:設置完了》
《稼働確認済》
送信。
少しして通知が届いた。
《報告確認》
《依頼達成》
《報酬:400,000円》
《入金先:久世 律》
「入った?」
迅が聞く。
「うん」
「あとで半分頼む」
「分かってる」
「お前、そういうのだけは早いからな」
二人はそのまま久世工房へ戻った。
◇
工房前へ黒い車が入る。
荷台を見た誠司が眉を上げた。
「なんだ、それ」
「猪型」
「見れば分かる」
誠司が近づいた。
破壊された右前脚。
側面の弾痕。
眉間に開いた穴。
しばらく機体を見ている。
「どこで出た?」
「南西部第七観測点の近く」
「ここまで来てたのか」
「知ってる?」
「記録で見たことがある程度だ。泉州寄りで報告される型だな」
律が荷台を見る。
「開けていい?」
「待て」
「なんで?」
「これは先に協会へ持っていけ」
「工房で買わない?」
「買おうと思えば買えるが、うちで部品取りするにはもったいない」
「もったいない?」
「浪華の機巧研究所が、珍しい野良機巧を研究用で買い取ってる」
迅が反応した。
「高い?」
「知らん。状態次第だ」
律は猪型を見た。
「じゃあ協会行く」
「開けたいんじゃなかったのか?」
「高かったら売る」
「切り替え早いな」
「お金も欲しい」
迅が笑った。
「それも律だな」
◇
翌朝。
二人は猪型を積んだまま、探索士協会の大型搬入口へ向かった。
事情を説明すると、回収物担当の職員が荷台を確認する。
「南西部で回収した個体ですか」
「はい」
職員が端末で猪型を撮影していく。
型状。
損傷箇所。
回収地点。
大きさ。
「黒瀬では珍しい型ですね」
「売れます?」
迅が聞く。
「通常の素材としても買い取りできますが、この状態なら研究所へ照会した方がいいでしょう」
「浪華?」
「はい」
猪型の写真と回収情報が送信された。
少し待つ。
やがて職員の端末が鳴った。
「返事が来ました」
画面が二人へ向けられる。
《浪華機巧研究所》
《研究用機巧・優先買取対象》
《査定額:820,000円》
「八十二万?」
迅が声を上げた。
律も数字を見る。
「売ります」
「早っ」
「八十二万」
「昨日まで開けたがってただろ」
「八十二万」
「もう分かった」
職員が手続きを進める。
「売却代金は代表者の口座へ入金します」
「僕で」
「承知しました」
《機巧売却代金:820,000円》
《入金先:久世 律》
迅が横から画面を見る。
「これも半分?」
「うん」
「じゃあ今のところ一人六十一万か」
「経費はあとで引く」
「そこは細かいな」
「大事」
職員が端末を操作する。
「それと、この個体ですが」
「はい」
「浪華機巧研究所まで輸送が必要になります」
迅が荷台を見る。
「研究所が取りに来るんじゃないんですか?」
「定期便へ載せることもできます。ただ、探索士向けの輸送依頼として出すことも可能です」
職員が新しい画面を表示する。
《依頼ランク:D》
《研究用回収機巧・輸送》
《黒瀬探索士協会 → 浪華機巧研究所》
《報酬:120,000円》
迅が律を見る。
「どうする?」
「受ける」
「即答だな」
「もう積んでる」
「確かに」
律が端末で受注する。
《依頼を受注しました》
「出発は?」
律が聞く。
「明朝で構いません。研究所側には到着予定を送っておきます」
「分かりました」
これで。
明日はまた浪華へ向かうことになった。
ただし今度は観光でも、護衛のついででもない。
荷台には、自分たちが倒した野良機巧。
行き先は。
浪華機巧研究所だった。




