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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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20/40

南西へ

 Dランクになった翌日。


 律は久世工房の作業台に端末を置いていた。


 画面には、これまで受けられなかった依頼が並んでいる。


 変異獣の駆除。


 放棄区画の調査。


 街道から外れた地域の地図更新。


 Eランクまでと比べて、報酬も大きく上がっていた。


「これ、どう?」


 迅が一つの依頼を開いた。


《依頼ランク:D》


《南西部第七観測点・記録装置交換》


《基本報酬:320,000円》


《危険区域手当:80,000円》


《合計報酬:400,000円》


《推奨:Dランク探索士二名以上》


《野良機巧遭遇率:高》


 律が地図を開く。


「二十二キロ」


「結構行くな」


 黒瀬から南西へ約二十二キロ。


 街の管理区域を大きく外れた場所に、探索士協会が設置した無人観測点がある。


 通信圏外のため、観測器は周囲の映像や大型生物、機巧の通過反応などを内部へ保存している。


 探索士が定期的に現地へ向かい、記録装置とバッテリーを交換する仕組みだった。


 律は地図をさらに南西へ動かす。


 旧堺泉北。


 旧泉州。


 その先へ進むにつれて、探索記録は少なくなっていく。


 さらに南西。


 旧関西国際空港周辺には赤い表示が広がっていた。


《高危険地域》


《詳細情報不足》


《協会推奨ランク:B以上》


「関空までは行かないよな?」


 迅が聞く。


「行かない」


「よし」


「観測点まで」


「Dになったばっかりだしな」


「うん」


 律は依頼画面へ戻る。


「四十万」


「結局そこかよ」


「装備代かかってるから」


「俺もR20買ったしな」


 相棒の脚部。


 制御核。


 A6腕部機巧銃。


 迅のR20。


 律の車。


 Eランクになってから、二人ともかなり金を使っている。


「受ける?」


「うん」


 律が受注を押した。


《依頼を受注しました》



     ◇



 二人はそのまま黒瀬探索士協会へ向かった。


 今回の依頼では、交換用の機材を持っていく必要がある。


 受渡窓口で依頼番号を提示すると、職員が奥から二つのケースを運んできた。


「南西部第七観測点ですね」


「はい」


「こちらが交換用記録装置。こちらがバッテリーと固定金具です」


 律がケースを開いて中を確認する。


「現地の記録装置を回収して、新しいものと交換してください。異常があれば、端末で現場の撮影をお願いします」


「写真でいいんですか?」


「はい。位置情報と時刻も一緒に残りますので」


「分かりました」


 二人はケースを受け取り、駐車場へ向かった。


 停めてあるのは、律がEランクになってから購入した黒い四輪駆動貨物車。


 後部には相棒が固定されている。


 左前腕には八洲兵装A6腕部機巧銃。


 大型弾倉には五十発。


 右腕には小型防楯とパイルバンカー。


 腰には機巧刀。


 A6の予備弾倉二本は車内の弾薬箱に入れてある。


 予備バッテリー。


 工具。


 補修材。


 牽引ロープ。


 交換用の観測器とバッテリーも積み込み、しっかり固定した。


「車買って正解だったな」


 迅が助手席へ乗り込む。


「うん」


「俺のバイクじゃ、これ全部無理だわ」


「相棒も乗らない」


「それが一番でかい」


 律も運転席へ乗った。


 黒い車が黒瀬を離れ、南西へ向かった。



     ◇



 街から離れるにつれ、道は荒れていった。


 畑が減り。


 建物もなくなる。


 周囲に広がるのは林と草地。


 ところどころ、古いコンクリートの塊が地面から覗いている。


 五百年。


 人間が使わなくなった建造物の大半は、もう元の形を残していなかった。


「あと六キロ」


 律が言った。


 迅がR20を手元へ引き寄せる。


「この辺から野良機巧多いんだよな」


「記録では」


「犬型ならいいけど」


「南西に行くほど大型の確認例も増える」


「地図で見たやつか」


「うん」


 迅が窓の外を見る。


「できれば会いたくないな」


「僕は見たい」


「知ってた」



     ◇



 最初に見つけたのは足跡だった。


「止めて」


 迅の声で律がブレーキを踏む。


 道路脇の柔らかい土。


 四本脚の跡が何本も残っている。


 二人は車を降りた。


 相棒も後部から降ろす。


 律がしゃがみ込む。


「犬型」


「何体?」


「少なくとも三」


「新しい?」


「たぶん今日」


 足跡は林の中へ続いている。


「目的地は?」


「南西」


「じゃあ追わなくていいな」


「うん」


 今回は討伐依頼ではない。


 二人は車へ戻った。



     ◇



 しばらく進んだところで、相棒の頭部が左を向いた。


 律の端末に反応が出る。


《移動反応》


《距離:94m》


《三》


「いる」


 車を止める。


 迅が先に降り、R20を構えた。


 律も相棒の固定を外す。


 林の中で枝が揺れた。


 一体。


 二体。


 三体。


 犬型野良機巧が姿を現す。


「こっち見てる」


 迅が言う。


「来たら撃つ」


 その直後。


 一体が走り出した。


「来た!」


 R20が鳴る。


 弾丸が犬型の頭部を正面から撃ち抜いた。


 センサー部が砕け、その奥まで貫通する。


 犬型は勢いを失い、前のめりに倒れた。


 残る二体が左右へ分かれる。


「相棒」


 左腕が上がった。


 A6が短く火を噴く。


 弾丸が一体の胴体を撃ち抜いた。


 内部を破壊された犬型が脚をもつれさせ、そのまま崩れる。


 最後の一体へ銃口が向く。


 発砲。


 頭部。


 続いて胴体。


 犬型は数歩進んだところで横倒しになった。


 静かになる。


 迅がR20を下ろす。


「前より全然楽だな」


「装備が違う」


「犬型なら、もう遠距離で終わるな」


「油断はしない方がいい」


「分かってるって」


 律は倒れた三体の位置を端末へ記録した。


「回収は?」


「帰り」


「了解」


 二人は先へ進んだ。



     ◇



 目的地まで、あと二キロほど。


 道路脇の土に、大きな足跡が残っていた。


「これ犬型じゃないな」


「うん」


 四脚。


 だが一歩ごとの沈み込みが深い。


「重そう」


「かなり」


 律は速度を落とした。


 少し進むと、前方の林から低い金属音が響いた。


 ガン。


 枝が折れる。


「止めよう」


 二人が車を降りる。


 相棒も続いた。


 迅がR20を構える。


 木々が大きく揺れた。


 太い枝を押し退けながら、四脚の機巧が姿を現す。


「……でか」


 犬型とはまるで違う。


 全長は二メートルを超えている。


 低く幅の広い胴体。


 太い四本脚。


 頭部から胴体前面までを覆う厚い装甲。


「猪型」


 律が言った。


「これが?」


「記録で見た」


 旧堺泉北から泉州方面で確認例のある重量型野良機巧。


 倒木や瓦礫の排除。


 重量物の運搬。


 そういった用途を持つと考えられている。


 猪型のセンサーが律たちを捉えた。


 機体が低く沈む。


「来る!」


 地面を蹴った。


「散って!」


 律と迅が左右へ離れる。


 相棒も進路から外れた。


 巨体が横を駆け抜ける。


「見た目より速い!」


 迅が振り返り、R20を撃つ。


 前面装甲で火花が散った。


 さらに一発。


 傷は入る。


 だが抜けない。


「正面は無理!」


 猪型が反転する。


 相棒のA6が側面を撃つ。


 数発が装甲へ食い込んだ。


 それでも動きは止まらない。


 猪型が相棒へ向かって突進する。


「避けて!」


 相棒が横へ踏み込む。


 わずかに遅い。


 右腕の小型防楯を出す。


 ぶつかる直前、腕を横へ振った。


 衝撃を逸らす。


 それでも重量差は大きい。


 相棒が弾き飛ばされ、地面を転がった。


「相棒!」


《右腕部:正常》


《姿勢制御:復帰》


 相棒が立ち上がる。


「硬すぎるだろ」


 迅が腰へ手を伸ばした。


 卵型の手榴弾。


「律、離れろ」


「使う?」


「こいつに使わなくてどうすんだよ」


 安全装置を外す。


 猪型が再び走り出した。


 迅は距離を見ている。


「迅」


「まだ」


 巨体が迫る。


 迅が横へ退くと同時に、手榴弾を低く投げた。


 金属の塊が地面を跳ねる。


 猪型がそのすぐ脇を通過した。


 直後。


 爆発。


 土と破片が跳ね上がる。


 猪型の巨体が大きく揺れた。


 右前脚の外装が裂け、関節部が露出する。


「効いた!」


 だが、まだ止まらない。


 傷んだ脚を引きずりながら向きを変える。


「相棒。右前脚」


 A6が鳴った。


 狙いは、爆発で露出した関節。


 短い連射。


 弾丸が駆動部へ集中する。


 火花。


 金属片。


 内部が砕けた。


 右前脚から力が抜ける。


 巨体が前のめりに崩れた。


「今」


 相棒が走る。


 倒れた猪型の正面。


 猪型が頭部を持ち上げようとする。


 相棒が右腕を突き出した。


 パイルバンカー。


 杭の先端が、左右のセンサーの間――眉間へ押し当てられる。


「そこ」


 発射。


 ドンッ、と重い衝撃音が響いた。


 杭が正面装甲を貫いた。


 猪型の頭部が地面へ叩きつけられる。


 四肢が一度、大きく震えた。


 そして止まった。


「……終わった?」


 迅がR20を構えたまま聞く。


 律が端末を確認する。


「停止してる」


「手榴弾、持ってきててよかったな」


「うん」


「あと一個だけど」


「できれば使いたくない」


「俺も」


 律は猪型へ近づいた。


 厚い装甲。


 太い脚部。


 犬型とは明らかに構造が違う。


「これ、黒瀬の近くじゃ見ないよな」


「うん」


「持って帰る?」


 律は少しだけ考えた。


「帰りに」


「やっぱりな」


 位置を端末へ記録し、二人は観測点へ向かった。



     ◇



 南西部第七観測点。


「ここ」


 律が位置情報を確認した。


「……ないぞ」


 本来なら観測器が立っている場所。


 そこには土台だけが残っていた。


 二人が近づく。


「固定具が壊れてる」


 金具が歪み、一部は引き千切られている。


「壊された?」


「本体がない」


「持っていかれた?」


「分からない」


 律は端末を取り出した。


 空になった土台。


 破損した固定金具。


 周囲に落ちている金属片。


 一つずつ写真へ残す。


「足跡」


 犬型。


 複数。


 さらに。


「これ、猪型と似てない?」


「似てる」


 大きな四脚の跡。


 そして地面には、重い物を引きずったような痕跡。


 南西へ続いている。


 律はそれも撮影した。


「観測器を運んだ?」


「可能性はある」


「追う?」


「追わない」


「早いな」


「この先は危険度が上がる」


「まあ、さっきので十分だわ」


 律は周囲全体も写真へ残した。


「新しいの付ける」


「ああ。そっちが本来の仕事だったな」


 二人は車から交換用のケースを降ろした。


 相棒が新しい観測器を持つ。


 土台自体には大きな損傷はない。


 壊れた固定具を交換。


 相棒が観測器を支え、律が金具を締める。


 バッテリーを接続。


 記録装置を起動した。


《機器診断》


《正常》


《記録領域:正常》


《観測開始》


「動いた」


「また無くならないといいけどな」


「それも協会が判断する」


 律は設置後の観測器も撮影した。


 機器番号。


 位置情報。


 設置時刻。


 これで現地作業は終わりだ。



     ◇



 帰路。


 二人は猪型を倒した場所へ戻った。


「改めて見るとでかいな」


 迅が停止した巨体を見下ろす。


「重い」


「積める?」


「ウインチ使う」


 律は黒い車を近くまで寄せた。


 後部からワイヤーを引き出す。


 相棒にも手伝わせながら猪型へ固定した。


 ウインチを動かす。


 モーターが低く唸る。


 猪型の巨体が、少しずつ荷台へ引き上げられていく。


「三百キロくらいある?」


「たぶん」


「相棒だけじゃ無理だな」


「うん」


 ようやく荷台へ載せる。


 相棒と並べると、かなり窮屈だった。


 律は固定ベルトを何本も使い、猪型が動かないことを確認する。


「どうする?」


 迅が聞いた。


「開けたい」


「やっぱり」


「犬型と構造が違う」


「工房帰ったら、そのまま朝までやりそうだな」


 律は否定しなかった。


 途中、犬型を倒した場所にも寄ったが、三体すべてを積む余裕はない。


 状態の良い部品だけを外して回収し、黒瀬へ戻った。



     ◇



 町の通信圏へ入ると、律の端末がネットワークへ接続した。


 依頼報告を開く。


 現地で撮影した写真。


 位置情報。


 戦闘記録。


 新しい観測器の設置確認。


 すべて添付する。


《旧観測器:消失》


《固定部に破損》


《犬型および大型四脚機巧の痕跡》


《痕跡は南西方向へ継続》


《交換用観測器:設置完了》


《稼働確認済》


 送信。


 少しして通知が届いた。


《報告確認》


《依頼達成》


《報酬:400,000円》


《入金先:久世 律》


「入った?」


 迅が聞く。


「うん」


「あとで半分頼む」


「分かってる」


「お前、そういうのだけは早いからな」


 二人はそのまま久世工房へ戻った。



     ◇



 工房前へ黒い車が入る。


 荷台を見た誠司が眉を上げた。


「なんだ、それ」


「猪型」


「見れば分かる」


 誠司が近づいた。


 破壊された右前脚。


 側面の弾痕。


 眉間に開いた穴。


 しばらく機体を見ている。


「どこで出た?」


「南西部第七観測点の近く」


「ここまで来てたのか」


「知ってる?」


「記録で見たことがある程度だ。泉州寄りで報告される型だな」


 律が荷台を見る。


「開けていい?」


「待て」


「なんで?」


「これは先に協会へ持っていけ」


「工房で買わない?」


「買おうと思えば買えるが、うちで部品取りするにはもったいない」


「もったいない?」


「浪華の機巧研究所が、珍しい野良機巧を研究用で買い取ってる」


 迅が反応した。


「高い?」


「知らん。状態次第だ」


 律は猪型を見た。


「じゃあ協会行く」


「開けたいんじゃなかったのか?」


「高かったら売る」


「切り替え早いな」


「お金も欲しい」


 迅が笑った。


「それも律だな」



     ◇



 翌朝。


 二人は猪型を積んだまま、探索士協会の大型搬入口へ向かった。


 事情を説明すると、回収物担当の職員が荷台を確認する。


「南西部で回収した個体ですか」


「はい」


 職員が端末で猪型を撮影していく。


 型状。


 損傷箇所。


 回収地点。


 大きさ。


「黒瀬では珍しい型ですね」


「売れます?」


 迅が聞く。


「通常の素材としても買い取りできますが、この状態なら研究所へ照会した方がいいでしょう」


「浪華?」


「はい」


 猪型の写真と回収情報が送信された。


 少し待つ。


 やがて職員の端末が鳴った。


「返事が来ました」


 画面が二人へ向けられる。


《浪華機巧研究所》


《研究用機巧・優先買取対象》


《査定額:820,000円》


「八十二万?」


 迅が声を上げた。


 律も数字を見る。


「売ります」


「早っ」


「八十二万」


「昨日まで開けたがってただろ」


「八十二万」


「もう分かった」


 職員が手続きを進める。


「売却代金は代表者の口座へ入金します」


「僕で」


「承知しました」


《機巧売却代金:820,000円》


《入金先:久世 律》


 迅が横から画面を見る。


「これも半分?」


「うん」


「じゃあ今のところ一人六十一万か」


「経費はあとで引く」


「そこは細かいな」


「大事」


 職員が端末を操作する。


「それと、この個体ですが」


「はい」


「浪華機巧研究所まで輸送が必要になります」


 迅が荷台を見る。


「研究所が取りに来るんじゃないんですか?」


「定期便へ載せることもできます。ただ、探索士向けの輸送依頼として出すことも可能です」


 職員が新しい画面を表示する。


《依頼ランク:D》


《研究用回収機巧・輸送》


《黒瀬探索士協会 → 浪華機巧研究所》


《報酬:120,000円》


 迅が律を見る。


「どうする?」


「受ける」


「即答だな」


「もう積んでる」


「確かに」


 律が端末で受注する。


《依頼を受注しました》


「出発は?」


 律が聞く。


「明朝で構いません。研究所側には到着予定を送っておきます」


「分かりました」


 これで。


 明日はまた浪華へ向かうことになった。


 ただし今度は観光でも、護衛のついででもない。


 荷台には、自分たちが倒した野良機巧。


 行き先は。


 浪華機巧研究所だった。

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