↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の世界の機巧士  作者: yakumo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/40

積み重ね

 浪華から黒瀬へ戻ってから、律と迅の日々は少しずつ変わっていった。


 依頼を受ける。


 外へ出る。


 戻って報告する。


 それを繰り返す。


 街道沿いの変異獣駆除。


 放棄区画の調査。


 地図の更新。


 農地周辺の警戒。


 時には犬型の野良機巧と遭遇し、戦闘を避けることもあった。


 危険だと判断すれば撤退する。


 持ち帰れるものがあれば回収する。


 正式探索士になったばかりの頃と比べれば、外での判断にも少しずつ迷いがなくなっていた。



     ◇



 それから一か月ほど経った頃。


 依頼を終えた律の端末に表示が出た。


《実績点:50pt》


《探索士ランク更新》


《F → E》


「上がった」


 律が呟く。


 隣では迅も同じ画面を見ていた。


「俺も」


《橘 迅》


《探索士ランク:E》


 迅が端末をしまう。


「やっとEか」


「五十点」


「次は百五十だろ?」


「うん」


「急に遠くなったな」


 Eになれば、受けられる依頼は増える。


 その分、相手も強くなる。


 鎧角鹿との戦い。


 浪華で見た機巧。


 奏の狙撃。


 二人とも、今の装備のままで十分だとは思っていなかった。


「そろそろ変えるか」


 迅が言った。


「うん」


 律も頷いた。



     ◇



 最初に手を入れたのは相棒だった。


 久世工房。


 作業台の横には、取り外された古い脚部が並んでいる。


 これまでの脚は、二十番代と三十番代の部品を混ぜて組んだものだった。


 動いてはいる。


 だが、急加速や方向転換では左右の癖が出る。


 Eランクの依頼を受けるなら、そろそろ揃えたかった。


 律が用意したのは、黒瀬機工の整備済み中古脚部。


《黒瀬機工 K-A33》


《脚部ユニット》


 新品ではない。


 黒瀬では工場や農地、畜産施設で作業機巧が大量に使われている。


 そのため旧型や交換済みの作業用部品も多く、中古市場が大きい。


 新品なら高い部品でも、中古なら比較的手が届く。


「浪華機装の脚は?」


 迅が聞く。


「高い」


「中古なら?」


「それでも高い」


「どれくらい?」


「安いのでも八十万くらい」


「……こっちでいいな」


「うん」


 浪華機装の戦闘用部品は、そもそも中古の数が少ない。


 出回ったとしても欲しがる者が多く、値段はほとんど下がらない。


 今の律にはまだ手が出なかった。


 脚部と一緒に、制御核も交換した。


《黒瀬機工 汎用制御核》


《整備済中古》


 最新型ではない。


 それでも、これまで使っていた制御核より新しい。


 律が調整を終え、相棒を立たせる。


「歩いて」


 相棒が一歩。


 二歩。


 工房の中を進み、そのまま旋回する。


 以前より動きが滑らかだった。


「速くなった?」


 迅が聞く。


「少し」


「少しか」


「止まりやすくなった」


「そっち?」


「大事」


 速く走れても、止まれなければ意味がない。


 特に近接戦では。



     ◇



 もう一つ。


 律は相棒に新しい武装を追加した。


 左前腕へ固定された機巧用の銃。


《八洲兵装 A6》


《腕部機巧銃》


 左腕の外側に銃身が伸びている。


 手そのものは空いているため、物を持つことも作業することもできる。


 照準は頭部センサーと連動。


 弾倉は大型で、装弾数は五十発。


「結構入るな」


 迅が弾倉を持ち上げる。


「……重っ」


「弾込みだから」


「これ何本持たせる?」


「一本だけ」


「予備は?」


「車」


 満載した弾倉は重い。


 何本も相棒に持たせれば、それだけ動きに影響する。


 通常の探索なら五十発もあれば十分。


 撃ち切った場合でも弾倉交換はできるが、予備は基本的に車へ置いておくことにした。


「長い戦闘になったら?」


「車まで戻る」


「戻れなかったら?」


「銃は使わない」


「割り切ってんな」


「機巧刀がある」


 右腕にはパイルバンカーと小型防楯。


 腰には機巧刀。


 左腕にはA6。


 これで相棒にも、離れた相手へ攻撃する手段ができた。


 銃で牽制する。


 距離を詰めれば機巧刀。


 硬い相手にはパイルバンカー。


 選択肢は増えた。


 だが、何でもできるわけではない。


 それくらいが律にはちょうどよかった。



     ◇



 迅も装備を更新した。


 八洲兵装の店。


 壁に掛けられていたのは、K12より一回り長い銃だった。


《八洲兵装 R20》


《探索用半自動ライフル》


 迅が持ち上げる。


「重い」


「K12より二キロほど増える」


 店員が答えた。


「その分、弾も大きい。大型変異獣や野良機巧を相手にするなら、こっちの方が向いてる」


 迅が構える。


「反動は?」


「当然強い」


「ですよね」


 鎧角鹿を撃っても、K12では簡単には止まらなかった。


 浪華への護衛では、奏がS18で灰猪の眉間を一発で撃ち抜いた。


 あれ以来、迅はもっと威力のある銃を欲しがっていた。


「これにします」


 K12は売らなかった。


 軽く、取り回しがいい。


 依頼によって使い分けるつもりだった。


 R20。


 K12。


 警棒。


 手榴弾。


 迅の装備も、仮探索士だった頃とはかなり変わった。



     ◇



 そして律は、車も買った。


 中古の小型四輪駆動貨物車。


 黒い車体には細かな傷がいくつも残っている。


 走行距離もそれなり。


 価格は八十六万円。


「結構したな」


 迅が車体を一周する。


「中古なのに」


「四駆だから」


「そこ?」


「荷台も広い」


 律は後ろを見る。


 相棒を載せるには十分な広さがある。


 これまでのように、探索へ出るたび久世工房の車を借りる必要もない。


 購入してすぐ、律は工房で手を入れた。


 荷台に固定金具。


 小型ウインチ。


 工具箱。


 予備バッテリー収納。


 弾薬用の頑丈な箱。


 そこにはA6の予備弾倉も入れる。


 防水シート。


 少しずつ、ただの中古車から探索用の車へ変わっていった。


「レーダー付けないの?」


 迅が聞いた。


「高い」


「奏さんの車、便利だったけどな」


「いつか」


「その『いつか』増えてない?」


「増えてる」


 律は否定しなかった。



     ◇



 季節が少し進んだ。


 Eランクになってからも、二人は依頼をこなした。


 毎回うまくいったわけではない。


 変異獣の群れを見つけ、数を確認して引き返した日。


 放棄区画で崩落を見つけ、調査を中断した日。


 犬型の反応が増え、予定していた経路を変更した日。


 戦わずに帰った依頼もある。


 それも探索だった。


《実績点:83pt》


《実績点:107pt》


《実績点:132pt》


 迅のR20にも傷が増えた。


 相棒の新しい脚部にも泥と擦り傷が付いた。


 A6の銃身にも、射撃の跡が残るようになった。


 律の黒い車の荷台には、素材や回収品を積んだ跡が増えていった。


 依頼を一つ終えるたび、経験と金が少しずつ積み上がる。


 そして。


 浪華から戻って四か月ほどが過ぎた頃。


 依頼を終えた律の端末が振動した。


《実績点:150pt》


《探索士ランク更新》


《E → D》


 律は画面をしばらく見ていた。


「上がった?」


 迅が隣から覗く。


「うん」


「俺も」


 迅の端末にも同じ表示。


《橘 迅》


《探索士ランク:D》


 二人とも同時だった。


「Dか」


 迅が笑った。


「長かったような、早かったような」


「四か月」


「数えてたの?」


「だいたい」


「そういうとこ律だよな」


 D。


 黒瀬では、もう新人とは呼ばれないランク。


 受けられる依頼も、報酬も、ここからさらに変わる。



     ◇



 数日後。


 迅は物流会社を辞めた。


「ほんとに辞めたんだ」


 律が聞く。


「うん」


 二人は久世工房の前にいた。


 迅は壁に寄りかかりながら缶飲料を飲んでいる。


「Dの依頼なら、月に何件かやれば今までの給料より稼げるし」


「安定しないよ」


「それは分かってる」


 迅が笑う。


「でも二年働いたしな。そろそろ探索士一本でやってみたい」


「そっか」


「律は?」


「何が?」


「工房辞めないの?」


「辞めない」


 即答だった。


「早いな」


「依頼を受けない日は工房やる」


「探索だけでも食えるだろ?」


「機巧触りたい」


「探索でも触ってるじゃん」


「違う」


 迅が少し黙る。


「前にも似たようなこと言ってなかった?」


「言ったかも」


 工房の奥では、誠司が別の機巧を整備している。


 探索士になったからといって、律にとって工房が必要なくなったわけではない。


 むしろ外へ出るようになってから、知りたいことは増えた。


 壊れ方。


 部品の癖。


 野良機巧の構造。


 戦闘用と作業用の違い。


 まだ触ったことのない機巧も多い。


「まあ、律らしいか」


 迅が言った。


「うん」


「自分で言う?」



     ◇



 その日の夕方。


 久世工房に一台の白い探索車が入ってきた。


「奏さん」


 運転席から白峰奏が降りてくる。


「久しぶり」


 肩にはS18のケース。


「最近、浪華にいること多いんです?」


 迅が聞いた。


「うん。前より増えたかな」


「銃の整備?」


「それもあるけど、仕事の方が多いね」


 奏は工房の中へ入りながら答えた。


「Cに上がってから、黒瀬だと受けられる依頼が少なくて」


 迅が足を止める。


「え?」


「何?」


「Cになったんです?」


「ああ、言ってなかったっけ」


「聞いてないですよ」


「少し前に上がった」


「先越された」


「元々先にいたでしょ」


「そうですけど」


 奏が笑う。


「そっちは?」


「俺らもDになりました」


「二人とも?」


「うん」


 律が答えた。


「おめでとう」


 奏が二人を見る。


「じゃあ黒瀬で受けられる依頼も、だいぶ増えたね」


「Dまでは」


 律が言った。


 奏が頷く。


「そうだね」


「Cの依頼、そんなに少ない?」


「少ないよ。全くないわけじゃないけど、選べるほどじゃない」


 大型変異獣。


 高危険区域。


 長距離護衛。


 遺跡深部の調査。


 そういった依頼は、黒瀬より浪華の方が多い。


「だから最近は、浪華に泊まって仕事することも増えた」


「拠点移すんです?」


 迅が聞く。


「考えてる」


 奏が答える。


「完全に移すか、しばらく二拠点にするかはまだ決めてないけど」


 迅が律を見る。


「俺らもCになったら同じか」


「たぶん」


 律は何も言わなかった。


 浪華。


 大きな街。


 戦闘用の機巧部品。


 機巧闘技場。


 黒瀬にはない依頼。


 行きたい理由はいくらでもある。


 だが。


 律は工房を見る。


 ここを離れることは、まだ想像しづらかった。


 奏がそんな律を見て言った。


「今決めなくていいよ」


「うん」


「まだDになったばっかりだし」


 迅が笑う。


「でも次はCだろ?」


「気が早い」


 律が言う。


「Fの時も同じこと言ってたじゃん」


「そうだっけ」


「言ってた」


 奏も笑った。


 律は端末を開く。


《探索士ランク:D》


《実績点:150pt》


 その表示を見てから、依頼一覧へ切り替えた。


 これまで受けられなかったDランク依頼が並んでいる。


 律の指が止まる。


「何かある?」


 迅が覗き込む。


「ある」


 Dランク。


 ここから先は、今までと同じではない。


 律は依頼一覧をゆっくりと下へ送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。