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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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機巧闘技場

『試合開始まで――三』


『二』


『一』


『試合開始』



 表示が切り替わった瞬間、二体の機巧が動いた。


 先に動いたのは、右腕に銃を固定した細身の機体。


《朱鷺型四号》


《闘技場ランク:D》


 開始地点から後退しながら、右腕を持ち上げる。


 発砲。


 乾いた銃声が立て続けに響いた。


 反対側の機巧が、大盾を正面へ構える。


《ガルム二型》


《闘技場ランク:D》


 銃弾が盾を叩き、火花が散る。


「やっぱ銃の方が強くない?」


 迅が言った。


「距離があるうちはね」


 奏はフィールドを見たまま答える。


 ガルム二型は真っ直ぐには進まなかった。


 左へ走り、コンクリート壁の裏へ姿を消す。


 朱鷺型四号が射撃を止めた。


 頭部が動き、相手を探している。


 大型画面が切り替わった。


 上空からの映像。


 その横には、ガルム二型の頭部カメラから送られてくる主観映像。


「機巧からも見えるんだ」


 律が言った。


「観客用の映像だよ」


 奏が答える。


「試合の記録にも残るけどね」


 主観映像の中で、壁の向こうに朱鷺型四号の最後に確認した位置が表示されている。


「相手の位置が分かってる?」


「最後に見た位置から予測してるんじゃないかな」


「自分で?」


「そう」


 奏がフィールド脇へ視線を向ける。


 二人の機巧士が、それぞれの待機区画に立っていた。


 だが、手元の端末を操作する様子はない。


「試合が始まったら外から指示は禁止。通信も切られる」


「じゃあ、本当に見てるだけ?」


「始まってからはね」


 奏が言う。


「どう動くか、何を優先するか、いつ距離を取るか。そこまで試合前に調整しておくのが機巧士の仕事」


 律は黙ってフィールドを見る。


 ガルム二型が壁の裏を走る。


 朱鷺型四号は距離を確保するため、高台へ移動し始めた。


 視界が開ける。


 ガルム二型が壁から出た。


 すぐに銃口が向く。


 発砲。


 一発が左肩へ当たった。


 装甲が弾ける。


 二発目。


 左腕の外装が砕けた。


「うわ」


 迅が声を漏らす。


 それでもガルム二型は止まらない。


 大盾を前へ出し、次の壁へ走る。


「結構壊れるんだな」


「壊すために戦ってるからね」


 奏は平然と言った。


「修理代すごそう」


「すごいよ」


 ガルム二型が次の遮蔽物へ入る。


 朱鷺型四号が追う。


 律が眉を寄せた。


「そこで待ってればいいのに」


「待ったら近づかれる」


「でも追ったら――」


 その瞬間。


 ガルム二型が壁の角から飛び出した。


 距離は十メートルもない。


 朱鷺型四号が右腕を向ける。


 一発。


 盾へ命中。


 二発目。


 盾の上部が欠ける。


 三発目を撃つより早く、ガルム二型が懐へ入った。


「入った」


 律が呟く。


 機巧刀が振られる。


 金属同士が激しくぶつかった。


 朱鷺型四号の右腕が、銃ごと地面へ落ちる。


 観客席から大きな歓声が上がった。


「おおっ!」


 迅が身を乗り出す。


 朱鷺型四号は残った左腕で押し返そうとする。


 だが、ガルム二型は離れない。


 機巧刀が右膝へ入る。


 関節部が裂けた。


 朱鷺型四号が片膝をつく。


 ガルム二型が盾を押し当て、そのまま地面へ倒した。


 機巧刀を胸部へ突き立てる。


 鈍い音。


 大型画面に赤い表示が出た。


《朱鷺型四号》


《駆動系重大損傷》


《戦闘継続不能》


 直後。


《試合終了》


《勝者 ガルム二型》


 会場が一気に沸いた。


 大型画面が切り替わる。


《ガルム二型 勝利》


《闘技点 +20》


《朱鷺型四号 敗北》


《闘技点 -10》


《D級 勝利賞金》


《3,000,000円》


「……三百万?」


 迅が画面を二度見した。


「一試合で?」


「D級ならね」


 奏が答える。


「三百万……」


 迅がもう一度呟く。


「探索するより稼げるじゃないですか」


「勝てればね」


 奏がフィールドを指した。


 朱鷺型四号の右腕。


 壊れた膝。


 削れた装甲。


 すでに回収用の機巧がフィールドへ入っている。


「あれ直すのにいくらかかると思う?」


「……結構?」


「機体によるけど、百万円単位は珍しくないよ」


「え」


「それに出場用の機体そのものが高い」


 奏が続ける。


「闘技場用の戦闘機巧なんて、安く組んでも相当するからね」


 律が周囲を見る。


 観客席。


 中央寄りの席には、服装からして探索士ではなさそうな客も多い。


 飲み物を片手に大型画面を見る者。


 端末で賭けの結果を確認する者。


 企業名の入った席も見える。


「金持ちの遊び?」


 律が聞いた。


「その面はかなり強いね」


 奏は否定しなかった。


「もちろん本気で闘技場をやってる機巧士もいるよ。でも、機体を用意して、壊れたら直して、また試合に出す。普通に探索してるだけじゃなかなか続けられない」


「スポンサー付きもいる?」


「Dくらいから増える。部品メーカーとか商会とかね」


 迅が納得したように頷く。


「だから浪華機装の戦闘部品があんなに売れるのか」


「そういうこと」


 大型画面には先ほどの試合が再生されている。


 上空映像。


 朱鷺型四号の主観。


 ガルム二型の主観。


 三つの映像が並んでいた。


「FとかEもこんなに客入るんです?」


 迅が聞く。


「全然」


 奏が笑う。


「FとEは午前中。客席もかなり空いてるよ」


「賞金も?」


「低い。Dからが興行として本格的になる感じ」


「じゃあ今の試合は?」


「午後のD級戦だから、これくらい入る」


 律は周囲を見る。


 確かに空席はそれほど多くない。


「試合って何分?」


「最大十分」


「決まらなかったら?」


「引き分け」


「判定ないの?」


「ないよ」


 奏が即答する。


「機巧の壊れ方なんて違いすぎるからね。どっちが優勢だったかなんて決め始めたら揉めるでしょ」


 迅が笑う。


「賭けもありますしね」


「そういうこと」


「じゃあ十分逃げ切れば引き分け?」


「攻撃する気がないって判断されたら失格になるよ」


「なるほど」


 フィールドでは、壊れた朱鷺型四号が回収されている。


 律の視線は、その機体から離れなかった。


「右腕は交換」


「だろうね」


「膝も」


「たぶん」


「胸は?」


「開けてみないと分からないかな」


 迅が律を見る。


「やっぱそこ見るんだな」


「気になる」


 今度は勝ったガルム二型が運ばれていく。


 こちらも無傷ではない。


 左肩の装甲が大きく割れ、大盾も銃弾で削られている。


「勝っても修理いる」


「だから三百万全部が儲けじゃないよ」


 奏が言った。


「むしろ壊し方によっては、勝って赤字もある」


「怖っ」


 迅が言う。


 律は相棒を見た。


 右腕のパイルバンカー。


 小型防楯。


 腰の機巧刀。


 脚部は黒瀬機工の部品を混ぜて組んだもの。


 制御核も古い。


 探索で使うには十分動いている。


 だが、先ほどの二体は違った。


 最初から相手機巧を壊すために組まれている。


 装甲。


 脚。


 武器。


 自律戦闘の調整。


 すべてが闘技場向けだった。


「……今出たら壊される」


 律が呟く。


 奏が笑う。


「やっと気づいた?」


「パイルバンカー当てられたら勝てるかも」


「当てられたらね」


「でも近づく前に脚やられそうだな」


 迅も相棒を見る。


「うん」


 律は素直に頷いた。


 すぐに出るのは無理だ。


 相棒が壊れれば、探索にも工房の仕事にも使えなくなる。


 闘技場専用機とは違う。


 律にとって、相棒はここだけで戦わせるための機巧ではない。


「出ないの?」


 奏が聞いた。


「今は出ない」


「今は?」


「もう少しいじってから」


 迅が笑った。


「結局出る気じゃん」


「いつか」


 律はフィールドへ視線を戻す。


 大型画面には次の試合情報が表示されていた。


《第六試合》


《D級戦》


《開始まで 08:34》


 その下では、すでにオッズが動き始めている。


 歓声。


 賭けの数字。


 企業名の広告。


 戦うためだけに作られた機巧。


 黒瀬では見たことのない世界だった。


 律は相棒の右腕を見る。


 今のままでは足りない。


 それだけは、よく分かった。

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