浪華
浪華の門をくぐってからも、護衛任務はまだ終わっていなかった。
奏の白い探索車を先頭に、貨物車がその後ろを走る。
黒瀬とは違い、門の内側に入ってすぐ人通りが増えた。
車も多い。
荷物を積んだ小型トラック。
二人乗りの小型車。
荷役用の機巧を乗せた運搬車。
道路脇には店が並び、その上には住宅らしい建物が続いている。
「……多いな」
迅が窓の外を見る。
「何が?」
「全部。人も車も」
「黒瀬の三倍くらいいるからね」
奏が答えた。
律は別のものを見ていた。
歩道の脇を、一体の人型機巧が歩いている。
背丈は律より少し高い。
細い脚。
腰回りには装甲。
右腕には、黒瀬では見たことのない関節構造が使われていた。
「あれ」
「何?」
迅が律の見ている方へ顔を向ける。
「脚」
「また機巧かよ」
「黒瀬機工じゃない」
「ああ」
奏も一瞬だけ見る。
「浪華機装だね」
「浪華機装?」
「浪華で戦闘用の機巧部品を作ってるところ。ここじゃ有名だよ」
律は通り過ぎていく機巧を目で追った。
「黒瀬にはあんまりない」
「向こうじゃ需要が少ないからね」
奏が言う。
「黒瀬は工場も畑も畜産も盛んでしょ。だから作業用の腕や脚、長く使えて修理しやすい部品がよく売れる」
「浪華は?」
「探索士が多い。それに闘技場もある」
奏は前を走る車を避けながら続けた。
「軽い脚、高出力の腕、装甲、戦闘用の関節。そういうのを欲しがる人が多いんだよ」
「武器屋も?」
迅が聞く。
「多いよ。対機巧用もね」
迅が少し嬉しそうな顔をした。
「来てよかった」
「まだ着いたばっかりだよ」
律も同じことを思っていた。
◇
護衛先は、浪華の東側にある物流区画だった。
大きな倉庫が並び、その間を貨物車が行き来している。
奏が指定された建物の前で車を止めた。
後ろの貨物車も倉庫前へ入っていく。
無線が鳴った。
『こちら輸送車。到着確認しました。ありがとうございました』
「こちら白峰。お疲れさまでした」
『倉庫側の受領確認が終わりました。依頼完了処理を送ります』
「了解です」
少しして、奏の端末が振動した。
《輸送車護衛》
《区間:黒瀬―浪華》
《依頼達成》
《基本報酬:96,000円》
《危険個体排除:灰猪 一頭》
《追加報酬:12,000円》
《獲得実績点:5pt》
《保有実績点:10pt》
「十点」
律が呟く。
後部座席から迅が画面を覗き込んだ。
「ほんとに十点になったな」
「あと四十」
「昨日俺がそれ言ったら遠いって言ったじゃん」
「遠いよ」
「どっちだよ」
奏が笑った。
「報酬はあとで三分割にしとくね」
「いいんですか?」
迅が聞く。
「三人で受けた依頼なんだから当然でしょ」
「追加報酬も?」
「それも込み」
「ありがとうございます」
「そこだけ返事早いね」
基本報酬と追加報酬を合わせて十万八千円。
三人で分ければ、一人三万六千円になる。
「依頼も終わったし、まず私の用事に付き合って」
「S18?」
「そう」
迅の返事だけが早かった。
「行きましょう」
「君が一番楽しみにしてない?」
「狙撃銃は見たいです」
「武器なら何でもいいんじゃないの?」
「否定はしません」
奏の車が物流区画を出た。
◇
八洲兵装・浪華支店。
律たちの前に現れた建物は、黒瀬で榊が営んでいる武器店とは規模がまるで違った。
二階建ての大きな建物。
正面には八洲兵装の看板。
駐車場には何台もの探索車が停まり、その中には機巧を積んだ車まである。
「でか……」
迅が見上げる。
「ここ、店?」
「店舗と整備工房。射撃場もあるよ」
奏が車からS18のケースを降ろす。
「射撃場?」
「今日は行かないからね」
「まだ何も言ってないですよ」
「顔に書いてある」
店内へ入る。
正面には人間用の拳銃や小銃。
その先には狙撃銃。
さらに奥には、機巧用と書かれた区画があった。
迅の足が止まる。
「……あれ」
壁に、人間用としては明らかに大きな銃が並んでいる。
《対機巧用半自動銃》
《対装甲探索銃》
《高貫通弾対応》
「黒瀬じゃ見ない」
律が言った。
「需要が違うからね」
奏が答える。
「浪華は探索士も多いし、対機巧用の装備を欲しがる人も多いから」
迅が一丁の値札を見る。
「……二十八万」
「買う?」
「見るだけにします」
「賢明だね」
「でも欲しい」
「そこは変わらないんだ」
奏は受付へS18を預けた。
整備内容は銃身の点検と内部清掃。
それから、白峰精機製照準器の再調整。
「明日の午前中には終わります」
受付の職員が言った。
「お願いします」
奏が預かり証を端末へ受け取る。
迅はまだ銃の棚を見ていた。
「行くよ」
「もう?」
「明日また来る」
「そうでした」
迅は名残惜しそうに店を出た。
◇
昼を過ぎた頃。
三人は浪華の中心部に近い通りを歩いていた。
相棒も一緒だ。
黒瀬では作業機巧が歩いていること自体は珍しくない。
だが、浪華では種類が違った。
腕や脚に装甲をまとった機巧。
背中に銃を固定した機巧。
大きな盾を持った機巧。
相棒より背の高い機体も多い。
律は何度も足を止めた。
「律」
「何?」
「さっきから進んでない」
「見てる」
「何を?」
「全部」
迅が奏を見る。
「これ、目的地まで着きます?」
「私も不安になってきた」
その時、律の視線が一軒の店で止まった。
店頭に脚部ユニットが並んでいる。
黒瀬機工の物とは形が違う。
細身で、関節の周囲が金属装甲で覆われていた。
札には、
《浪華機装 N-K17》
《高機動脚部》
と表示されている。
「浪華機装」
律が近づく。
その隣には、
《軽量戦闘腕》
《高出力肩関節》
《衝撃吸収脚部》
《積層装甲板》
見慣れない商品が並ぶ。
「黒瀬と全然違う」
「でしょ?」
奏が言う。
「黒瀬でこういうの並べても、そんなに売れないから」
「畑で高機動脚いらないしな」
迅が言った。
「速く耕せる」
「そういう問題?」
律は真面目だった。
店の奥には、武器取付用の腕部まで並んでいる。
機巧銃を前腕へ直接固定するためのもの。
盾を装備するための強化関節。
重銃の反動に耐える肩部。
「……欲しい」
律が言った。
迅が笑う。
「昨日七万六千使ったばっかだろ」
「見るだけ」
「俺と同じじゃん」
「違う」
「何が?」
「部品」
「武器も部品みたいなもんだろ」
「違う」
「そこだけは譲らないんだな」
奏が二人の間に入った。
「買い物は明日でもできるよ」
律が店を見る。
「明日?」
「今日は先に宿。それから、行きたいんでしょ?」
奏が少し先を指した。
建物の間から、大きな円形の屋根が見えている。
その上には巨大な表示板。
《浪華機巧闘技場》
律の視線が完全にそちらへ移った。
◇
宿は闘技場から歩いて十分ほどの場所にあった。
探索士向けの宿だけあって、駐車場は広い。
入口の横にはバッテリー交換設備と簡単な整備場所まである。
「相棒ここに置く?」
奏が聞いた。
律は首を振った。
「連れてく」
「だと思った」
「闘技場見るんだろ? そりゃ連れてくだろ」
迅も笑う。
荷物だけ部屋へ置き、三人は再び外へ出た。
◇
浪華機巧闘技場。
近づくほど、その大きさが分かった。
入口の前には人が多い。
探索士らしい格好をした者。
作業着姿の機巧士。
普通の家族連れまでいる。
壁面の大型表示板では、試合情報が次々に切り替わっていた。
《本日 第五試合》
《闘技場D級戦》
《朱鷺型四号》
《対》
《ガルム二型》
《現在オッズ》
《1.7 / 2.5》
律が足を止める。
「オッズ」
「賭けの倍率」
奏が答える。
「端末からでも買えるよ」
「奏さん、賭けるんです?」
迅が聞く。
「たまに」
「今日は?」
「試合見てから」
「詳しい」
「何回来てると思ってるの」
入口を抜ける。
中には受付。
飲食店。
機巧部品の売店。
闘技場公式の賭け受付。
そして、その奥に大きな案内板があった。
《闘技機格納区画》
《月極契約者専用》
律が見る。
「格納?」
「闘技場専用機を預ける場所」
奏が答えた。
「ここに?」
「月極でね。毎回家から運ぶの面倒でしょ」
「ずっと置いとくの?」
「充電設備もあるし、予備部品や武装も一緒に保管できる。常連だと闘技場専用の機巧をここに置いてる人も多いよ」
律は格納区画へ続く扉を見る。
「外で使わない?」
「使わない機体も多い」
「もったいない」
律が即答する。
「やっぱりそう言うと思った」
奏が笑った。
「戦うためだけに組んだ機巧だからね」
律は相棒を見る。
元は工房で廃棄される予定だった作業機巧。
今は探索へ出て、荷物を運び、変異獣と戦う。
右腕にはパイルバンカー。
腰には機巧刀。
それでも、律にとって相棒は闘技場だけで戦わせるためのものではない。
「僕なら、これで出る」
奏が横を見る。
「相棒で?」
「うん」
「闘技場専用機は?」
「いらない」
「……もう出ること考えてるじゃん」
「まだ考えてるだけ」
「昨日も『まだ』って言ってたよな」
迅が笑う。
三人は観客席へ向かう通路を進む。
やがて視界が開けた。
「……おお」
迅が声を漏らす。
中央に広がる闘技場。
ただの平地ではなかった。
コンクリート製の壁。
鉄骨。
段差。
細い通路。
高台。
横倒しになった車を模した障害物。
そのすべてを囲むように観客席が広がっている。
頭上には複数のカメラ。
壁面の大型画面には、闘技場全体を上から映した映像と、二体の機巧から送られてくる主観映像が並んでいた。
「機巧からも映してる」
律が言う。
「頭部カメラの映像」
奏が席へ座りながら答える。
「観客用でもあるし、試合後の記録にも使う」
大型画面が切り替わる。
《第五試合》
《開始まで 00:42》
フィールドの両端。
二つのゲートがゆっくり開いていく。
片方から、右腕に銃を装備した細身の機巧。
反対側から、大きな盾と機巧刀を持った機体が姿を現した。
会場の歓声が大きくなる。
律は身を乗り出した。
「試合中は本当に指示できない?」
「できない」
奏が答える。
「開始したら外部通信は切られる。あとは機巧だけ」
「全部?」
「全部」
大型画面に表示が出る。
《外部通信遮断》
《自律戦闘確認》
《READY》
律の目が、フィールドから離れない。
次の瞬間。
《START》
二体の機巧が同時に動き出した。




