探索士試験
三日後。
律は黒瀬探索士協会の前に立っていた。
町の中央から少し北。
工房や商店の並ぶ地区と北門の中間あたりに、その建物はある。
三階建て。
灰色の外壁。
入口の上には、黒瀬探索士協会の紋章。
派手さはない。
けれど、出入りする人間は普通の役所とは少し違っていた。
探索用の防護衣。
銃を収めたケース。
機巧を連れた者。
泥だらけの荷物を背負った者。
律は自分の服を見る。
いつもの作業着ではない。
母に言われて着替えてきた、黒いパンツと灰色の上着。
それでも、周囲と比べれば明らかに軽装だった。
「……入るか」
携帯端末を確認する。
《仮探索士資格試験》
《受験番号:K-184》
《受付開始:08時30分》
時間は八時二十六分。
律が入口へ向かおうとした時だった。
「律?」
聞き覚えのある声。
振り向く。
入口近くの長椅子に、一人の少年が座っていた。
短く切った黒髪はところどころ跳ね、律より少し背が高い。
百七十五センチほど。
細身ではあるが、肩や腕には運動慣れした筋肉がついている。
表情も律とは対照的で、黙っていてもどこか落ち着きがない。
橘迅。
基礎学校時代からの友人だった。
「迅」
「何してんの?」
「試験」
「何の?」
律は建物を見る。
「探索士」
迅が数秒黙った。
「……お前が?」
「うん」
「なんで?」
「野良機巧見たいから」
「もっと意味分かんなくなった」
「迅は?」
「見りゃ分かるだろ」
迅が端末を見せる。
画面には律と同じ文字。
《仮探索士資格試験》
「受けるの?」
「そのつもりで来たんだけど」
「知らなかった」
「言ってないし」
「なんで?」
「親父が探索士だから」
迅の父親が探索士なのは知っている。
基礎学校の頃から、迅は何度か父親の話をしていた。
町の外。
護衛。
野良機巧。
廃墟。
律が興味を持っていたのは、だいたい話に出てくる機巧の方だけだったが。
「昔からなるって言ってた?」
「いや。最近」
「なんで?」
「外の方が稼げそうだから」
「お金?」
「お前より普通だろ」
「そうかな」
「そうだよ」
入口が開く。
職員が外へ出てきた。
「本日の仮探索士資格試験を受ける方は、受付を開始します」
迅が立ち上がる。
「行こうぜ」
「うん」
◇
受付で本人確認。
受験番号の照合。
受験料は申し込み時にすでに支払い済み。
二人は簡単な説明を受けたあと、二階の試験室へ案内された。
受験者は二十三人。
律たちと同じくらいの年齢もいれば、二十代、三十代に見える人間もいる。
席に着く。
端末は試験用モードへ切り替えられた。
前方に立つ職員が説明を始める。
「筆記試験は四十五分です」
「基礎的な野外安全知識、地図、機巧、応急処置、探索士規則から出題します」
「六割以上で合格」
「筆記合格者のみ、午後の実技試験へ進んでもらいます」
律は画面を見る。
《問一》
《町外で携帯端末が通信不能となった場合、最初に確認すべきものを選べ》
律は回答する。
次。
《野良機巧を確認した際、最も避けるべき行動は――》
次。
《負傷者を発見した場合――》
機巧に関する問題は簡単だった。
地図も問題ない。
応急処置も基礎学校で習った範囲。
ただ。
《探索士同士で回収品の所有権について争いが発生した場合――》
「……知らない」
小さく呟く。
前の席から迅が振り返りそうになり、試験官に睨まれて前へ戻った。
律は適当に一つ選んだ。
◇
昼。
協会の一階。
律と迅は並んで壁の結果表示を見ていた。
《K-184 合格》
《K-191 合格》
「通った」
律が言う。
「俺も」
「何点?」
「七十四」
「低いね」
「お前は?」
「八十八」
「うるせえ」
「規則の問題間違えた」
「俺、応急処置が危なかった」
「迅、昔から覚えるの苦手だったから」
「お前にだけは言われたくない」
「なんで?」
「人の顔と名前覚えねえだろ」
「必要なら覚える」
「その言い方だよ」
午後。
実技試験は協会裏手の訓練区画で行われた。
高い防護壁に囲まれた広場。
中にはコンクリートの障害物。
崩れた壁を模した遮蔽物。
金属製の箱。
草地。
町の外を簡単に再現した訓練場だ。
律は入口で装備を渡された。
防護用のゴーグル。
薄い胸部防護具。
そして。
「……銃」
訓練用のハンドガン。
弾倉と一緒に渡された弾は、実弾ではない。
命中すると色が付く、低威力のペイント弾。
「久しぶりだな」
迅が自分のハンドガンを確認しながら言った。
「うん」
「最後に撃ったのいつ?」
「学校」
「俺も学校の授業はそうだけど、親父と訓練場で何回か撃ってる」
「ずるい」
「何がだよ」
基礎学校では、十四歳までに銃器の基本的な扱いを教わる。
銃口を人へ向けない。
撃つ時以外は引き金へ指を掛けない。
弾倉の交換。
安全確認。
緊急時の射撃。
町の外に出れば、銃は珍しい道具ではない。
それでも律にとっては、卒業以来二年ぶりだった。
ハンドガンを持つ。
「重かったっけ」
「こんなもんだろ」
「工房の工具より軽い」
「比べるな」
試験官が受験者を集める。
「実技試験について説明します」
広場の奥から、一体の機巧が歩いてきた。
四脚型。
犬型に近い。
だが外装は鮮やかな黄色で、訓練用だと一目で分かる。
脚部や胴体には青や赤の標的板が取り付けられていた。
「訓練機巧一体を使用します」
「課題は単純です」
「制限時間三分」
「指定地点まで移動してください」
試験官が奥の白線を指す。
「その間、訓練機巧から攻撃を受けないこと」
「そして、指定された標的へ最低一発、ペイント弾を命中させること」
「訓練機巧が接触した場合、大きく減点」
「危険な行動、周囲を無視した行動、銃器の不適切な扱いがあれば、その時点で不合格とします」
律は訓練機巧を見る。
四脚。
犬型。
思わず脚の構造を見る。
「律」
迅が小声で言う。
「なに?」
「試験官の話聞いてる?」
「聞いてる」
「機巧見てただろ」
「聞きながら見てた」
「器用だな」
◇
数人の試験が終わった。
命中させても、訓練機巧に触れられる者。
銃ばかり見て、周囲への確認を忘れる者。
走って突破しようとして追いつかれる者。
律は見ながら考えていた。
訓練機巧は速くない。
ただ、受験者が直線的に動くと追ってくる。
遮蔽物を使えば距離を取れる。
問題は射撃。
「次。K-184、久世律」
「はい」
律は開始地点へ立った。
ハンドガンを両手で持つ。
銃口は地面へ。
指は引き金の外。
標的は――。
「左前脚」
試験官が指定した。
「準備」
律は一度息を吐く。
「開始」
訓練機巧が動いた。
律はすぐには撃たなかった。
右へ移動。
コンクリート壁を間に挟む。
訓練機巧が追う。
律が壁の端から覗く。
左前脚。
撃てる。
構える。
照準。
一発。
パンッ。
ペイント弾が地面へ当たる。
「外れた」
律は少し眉を寄せた。
銃を撃つ感覚が、思っていたより戻っていない。
訓練機巧が近づく。
律は壁から離れた。
次の遮蔽物。
移動。
振り返る。
そこで。
「……あれ?」
律の目が訓練機巧の脚へ向く。
左前脚。
踏み出すたびに、わずかに遅れている。
他の三脚と比べればほんの少し。
けれど。
「反応が遅い」
律は足を止めた。
訓練機巧が方向を変える。
左前脚に荷重が掛かる。
やはり遅れる。
「律!」
外から迅の声。
試験中なので続きは言わない。
律は我に返った。
機巧との距離が思ったより縮まっている。
「まずい」
横へ走る。
訓練機巧が追う。
律は振り向きながら撃とうとして――。
やめた。
走りながら撃つ。
学校で禁止された行動。
一度距離を取る。
遮蔽物へ。
訓練機巧が角を回る。
左前脚。
律は構えた。
今度は急がない。
照準。
撃つ。
パンッ。
青いペイントが左前脚の標的板へ広がった。
「命中」
試験官の声。
律は白線を見る。
あと十メートルほど。
訓練機巧がこちらへ向かう。
律は走った。
白線。
越える。
「終了」
律は息を吐いた。
ハンドガンの安全を確認し、銃口を下げる。
試験官が近づいてきた。
「脚の異常に気づいたな」
「はい」
「いつ?」
「最初に壁を回った時」
「よく見ている」
「ありがとうございます」
「ただし」
律を見る。
「見すぎだ」
「……はい」
「実際の野良機巧なら、観察している間に距離を詰められた時点で終わっている」
律はさっきの場面を思い出す。
「分かりました」
「観察は武器になる。だが、生きている間だけだ」
試験官はそれだけ言って、記録端末へ何か入力した。
◇
「次。K-191、橘迅」
「はい」
迅が開始地点へ立った。
指定標的は右後脚。
「開始」
迅は律とは違った。
動いた瞬間に距離を取る。
遮蔽物。
別の遮蔽物。
迷いが少ない。
「速い」
律が呟く。
訓練機巧が追う。
迅は止まり、構える。
撃つ。
一発。
標的のすぐ横。
「惜しい」
二発目。
また外れる。
「下手だな」
律が呟く。
迅が一瞬こちらを睨んだ。
「試験中だぞ」
近くの職員に注意された。
「すみません」
迅は撃つことに執着しなかった。
機巧が近づくとすぐ移動する。
白線まで残りわずか。
だが標的へ当てなければ課題は達成できない。
迅は最後の遮蔽物で止まった。
訓練機巧が出てくる。
構える。
一発。
黄色い外装。
右後脚。
ペイントが弾けた。
「命中」
迅がそのまま白線へ走る。
「終了」
戻ってきた迅へ律が言う。
「三発かかった」
「お前も二発だろ」
「俺は二年ぶり」
「俺も最近そんな撃ってねえよ」
「父さんと練習してるって言ってた」
「黙れ」
◇
夕方。
合格者が一階の小会議室へ集められた。
律と迅もいる。
壁の表示に、受験番号が並ぶ。
《K-184 合格》
《K-191 合格》
「通ったな」
迅が笑う。
「うん」
律は自分の端末を見る。
少しして通知。
《仮探索士資格を登録しました》
《資格区分:仮探索士》
《活動可能区域:低危険区域》
《単独での危険遺跡への進入は禁止されています》
探索士。
正確には、まだ仮探索士。
それでも。
昨日までとは違う。
外へ出る資格を手に入れた。
職員から簡単な説明を受ける。
依頼。
報酬。
回収品。
地図。
危険区域。
帰還報告。
「依頼は端末から確認できます」
「仮探索士が受注できるものには制限があります」
「初回は、できるだけ低危険度の依頼を選んでください」
説明が終わる。
律は早速端末を開いた。
《探索士協会――依頼一覧》
いくつもの依頼が並ぶ。
《外縁農地・獣害確認》
《南部街道・道路状況調査》
《旧住宅区域・地図更新》
指で画面を送る。
そして。
止まった。
《北東第二区画・偵察型機巧確認調査》
《対象:犬型機巧》
《危険度:低》
《仮探索士受注可》
《基本報酬:12,000円》
律は画面を見つめる。
「これ」
「何?」
迅が横から覗く。
「犬型」
「……お前、試験受けた理由それだったな」
「うん」
「いきなり行くの?」
「低危険度」
「それだけで決めんなよ」
「十二キロくらい」
「近いな」
迅も依頼内容を読む。
数秒。
「まあ、最初ならこれでもいいか」
「迅も行く?」
「一人で行かせる方が怖い」
「なんで?」
「今日の試験見てたら分かる」
律は少し考えた。
そして。
《受注》
指で押す。
迅も自分の端末から参加登録を行う。
《依頼を受注しました》
《北東第二区画・偵察型機巧確認調査》
《参加探索士:久世律/橘迅》
律は画面を見る。
犬型。
三日前。
北東。
十二キロ。
工房の作業台ではない。
止まった残骸でもない。
次に見る時は。
動いている。
「明日行く?」
律が聞いた。
「待て」
迅が即答した。
「なんで?」
「装備」
「あるよ」
「何が?」
「端末」
「それ装備に入るけど、それだけじゃねえ!」
迅がため息をついた。
「明日は買い物」
「部品?」
「探索用品!」
律は少し残念そうに端末を閉じた。
三日後。
いや。
もう資格は取った。
あと必要なのは。
町の外へ出る準備だけだった。
【用語メモ】
■携帯端末
旧文明の技術をもとに作られた、スマートフォンに近い携帯機器。町ではその土地の通信網へ自動接続され、通話・メッセージ・電子決済・地図・身分証などに使用される。町の外では基本的に通信圏外となる。
■探索士協会
町の外で活動する《探索士》を管理・支援する組織。探索依頼の仲介、資格管理、地図情報の収集、野良機巧や旧文明遺物の査定などを行っている。黒瀬探索士協会は、律の暮らす黒瀬の町に置かれた支部。




