浪華へ
黒瀬へ戻った頃には、空が赤みを帯び始めていた。
律たちはそのまま鎧角鹿を処理場へ運び込んだ。
荷台から降ろされた巨体を、職員が手早く確認していく。
体重は二百二十キロを少し超えていた。
討伐記録と個体情報が照合され、しばらくすると律の端末が震える。
《依頼:鎧角鹿討伐》
《討伐確認済》
《依頼達成》
《報酬:72,000円》
《獲得実績点:5pt》
律の指が止まった。
「実績点?」
隣にいた迅が画面を覗き込む。
「何それ」
「知らない」
「俺のにも来てる」
迅も端末を開いた。
《探索士ランク:F》
《実績点:5pt》
「仮探索士の時にはなかったよな?」
「なかった」
「正式になったら付くのか?」
「たぶん」
処理場では鎧角鹿の査定が続いている。
素材の買い取り金額は後から端末へ送られることになり、二人は相棒を車へ乗せようとした。
「律?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
「奏さん」
白峰奏が、処理場の奥から歩いてくるところだった。
肩には細長い銃ケース。
腰には拳銃と探索用のナイフが下がっている。
「やっぱり律だ。探索帰り?」
「うん。奏さんも?」
「私も。さっき獲った変異獣を持ち込んだところ」
迅が処理場の奥を見る。
「何狩ったんです?」
「大したのじゃないよ。猪一頭だけ」
奏の視線が二人の後ろへ向く。
そして、相棒の右腕で止まった。
「……なんか物騒になってない?」
「増やした」
「見れば分かるよ」
奏が近づき、パイルバンカーを見る。
「これ、P-3?」
「うん」
「何と戦ったの?」
「鎧角鹿」
奏が顔を上げた。
「今日?」
「そう」
「二人で?」
「うん」
迅が笑う。
「結構大変でしたけどね」
「正式になったばかりで鎧角鹿かあ」
奏が少し呆れたように笑った。
「相変わらず攻めるね」
「依頼があったから」
「そういう意味じゃないんだけど」
律はふと思い出し、端末を奏へ向けた。
「奏さん、これ知ってる?」
「ん?」
《実績点:5pt》
「ああ、実績点」
「何?」
「そっか。二人とも正式になったばかりだから初めてか」
奏が自分の端末を取り出した。
「実績点が付くのは正式探索士になってから。仮探索士の依頼には付かないよ」
「ランクに関係ある?」
「ある。五十点でE、百五十点でD」
迅がすぐに計算する。
「じゃああと四十五点でE?」
「そう」
「意外とすぐじゃないですか?」
「普通のFランク依頼なら一、二点くらいだよ。鎧角鹿はE推奨だったから五点付いたんでしょ」
「なるほど」
「Dまでは必要な実績点に届けば自動で上がる」
律が聞く。
「Cは?」
「そこからは審査」
奏が肩をすくめる。
「必要な実績点を貯めても、審査に通らないと上がれないよ」
迅が聞く。
「奏さんって何ランクなんです?」
「D」
奏が探索士証を表示する。
《白峰 奏》
《探索士ランク:D》
「Dなんだ」
「一応ね」
「じゃあ結構先輩ですね」
「年齢も先輩なんだけど」
「あ」
「今気づいた?」
奏が笑った。
迅の視線が、奏の肩にある銃ケースへ移る。
「それ、銃ですよね?」
「うん」
「何使ってるんです?」
「八洲兵装のS18」
「S18?」
「狙撃銃」
迅の目が変わった。
「見たい」
「ここでは出さないよ」
「ですよね」
律も銃ケースを見る。
「それで今日も?」
「うん。私は基本これ」
奏が軽く銃ケースを叩く。
「明日、浪華で整備に出す予定だけどね」
律が顔を上げた。
「浪華?」
「そう。銃身と照準器を一回ちゃんと見てもらうの」
「黒瀬じゃできないの?」
「普通の整備ならできるよ。でもS18みたいな精密銃は、浪華の方が設備が揃ってるから」
「何日?」
「一泊」
律は少し黙った。
浪華。
端末の地図では何度も見ている。
旧大阪駅周辺に築かれた、人口三万八千ほどの都市。
黒瀬よりずっと大きい。
「律、行ったことある?」
「ない」
「迅は?」
「俺もないです」
奏が少し考える。
「じゃあ、一緒に来る?」
二人が奏を見る。
「いいの?」
「車だし。相棒も積めるよ」
迅の返事は早かった。
「行きたい」
「早いね」
「浪華の武器屋見たいです」
「なるほど」
律も頷く。
「僕も行きたい」
「機巧の店?」
「うん」
「二人とも分かりやすいなあ」
奏が端末を開く。
「だったら、ついでにこれ受けて行こうか」
画面を二人へ向けた。
《輸送車護衛》
《区間:黒瀬―浪華》
《推奨ランク:E》
《護衛対象:貨物車両》
《基本報酬:96,000円》
《実績点:5pt》
《危険個体撃退時:追加報酬あり》
迅が表示を見る。
「Eランクですよ」
「私がいるから受けられる」
「どういうこと?」
「上位ランクの探索士が代表なら、一つ上のランクまで同行できるの」
「じゃあ俺らFでもE依頼に?」
「参加できる」
奏が依頼詳細を指す。
「代表は私。何かあった時の判断も、基本的には私が責任を持つけどね」
「実績点も五点?」
「ちゃんと入るよ」
迅が律を見る。
「これ終わったら十点だな」
「まだ五分の一」
「そう言われると遠いな」
「さっきすぐって言ってたじゃん」
奏が笑う。
迅は依頼詳細をさらに見る。
「危険個体撃退時、追加報酬あり」
「護衛は何も出ない方がいい仕事だからね」
「でも出たら追加報酬」
「嬉しそうに言わない」
「いや、確認しただけですよ」
「本当に?」
迅は答えなかった。
奏が受注画面を開く。
「どうする?」
「行く」
律が答える。
「俺も」
「じゃあ決まり」
奏が端末を操作する。
《依頼を受注しました》
《代表探索士:白峰 奏》
《同行探索士:久世 律》
《同行探索士:橘 迅》
「明日の朝七時に久世工房へ迎えに行く」
「早いですね」
「浪華まで二時間くらいかかるから」
「二時間か」
「途中で護衛する貨物車とも合流するしね」
律が聞く。
「相棒も本当に積める?」
「積めるよ」
「どんな車なんです?」
迅が聞いた。
「探索用に少しいじってるだけ」
「どこを?」
「レーダーとルーフハッチ付けてるくらい」
迅が少し黙った。
「それ、少しですか?」
「護衛するなら便利だよ」
奏は平然としている。
「泊まるところは?」
「探索士向けの宿を取ってる。機巧の保管区画と充電設備もあるから、相棒も大丈夫」
律が反応する。
「機巧用の充電設備あるんだ」
「そこに食いつく?」
「見たい」
「もっと見るところあるよ」
「例えば?」
「大きい武器店もあるし、機巧部品の専門店もある。探索士協会も黒瀬とは比べものにならないくらい大きいし」
奏が少しだけ笑う。
「あと、機巧闘技場」
律の表情が変わった。
「闘技場?」
「機巧同士だけで戦わせるの。試合が始まったら外からの指示は禁止。完全自動戦闘」
「見たい」
「即答だな」
迅が笑う。
「賭けもできるよ」
「賭け?」
「どっちの機巧が勝つか予想するの。浪華じゃ結構人気」
律は少し考えた。
「壊れないの?」
「壊れるよ」
「いいの?」
「機巧だけの闘技場だからね」
律の視線が相棒へ向く。
奏がそれに気づく。
「まさか、もう出すこと考えてないよね?」
「まだ」
「まだって言った?」
迅が吹き出した。
奏は小さくため息をつく。
「とりあえず明日。七時だからね」
「うん」
「寝坊しないでよ」
「俺に言ってます?」
「迅に言ってる」
「なんで分かるんですか」
「なんとなく」
奏は片手を上げ、そのまま歩いていった。
律は遠ざかる背中を見送る。
浪華。
地図の上でしか知らなかった都市へ、明日行く。
隣では迅がすでに端末を操作していた。
「何してるの?」
「浪華の武器屋調べてる」
「まだ行ってないよ」
「先に見とくんだよ」
律も端末を開く。
「律は?」
「機巧部品」
「お前も一緒じゃねえか」
翌朝七時。
二人にとって初めての浪華行きが決まった。




