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灰の世界の機巧士  作者: yakumo


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三ヶ月

律と迅が仮探索士になって、三か月が過ぎた。


 受けた依頼は二十件。


 達成したのは十八件。


 二件は途中で撤退した。


 旧道の調査。


 変異獣の痕跡確認。


 街道沿いの部品回収。


 町の倉庫に入り込んだ裂鼠の駆除までやった。


 雨で斜面が崩れ始め、目的地を目前に引き返したこともある。


 旧工場の入口で大量の鋼殻蟲を見つけ、何も持ち帰らず撤退したこともあった。


 三か月前なら、律はもう少し近くで見ようとしたかもしれない。


 今は違う。


 見たいものがあっても、帰れなくなるなら近づかない。


 少なくとも、そのくらいは覚えた。


 装備も少し変わった。


 灰猪との一件以来、律の腰には八洲兵装製のP8探索拳銃が下がっている。


 十五発装填の、探索士向けとしてはありふれた拳銃だ。


 それでも、スリングショットは手放していない。


 鉄球は安く、軽い。


 使い切ったとしても、精度や威力は落ちるが、形のいい石を拾えば撃つことはできる。


 銃弾が尽きれば使えなくなる拳銃と違い、外で完全に役に立たなくなることはほとんどない。


 予備の武器として持っておくには十分だった。


 相棒にも手を入れた。


 脚部の駆動系を調整し、姿勢制御を探索向けに詰め直した。


 腰には、父からもらった機巧刀を保持するための金属製ホルダーを取り付けてある。


 元は汎用人型作業機巧。


 その基本は何も変わっていない。


 ただ、三か月前より少しだけ、外で動きやすくなった。


「前より動き良くなってない?」


 迅がそう言ったことがある。


「調整したから」


「どこ?」


「脚と姿勢制御」


「戦闘用に?」


「探索用」


「最近、探索用と戦闘用の境目なくなってきてない?」


 律にはよく分からなかった。


     ◇


 迅にも変化があった。


 ある朝。


 久世工房の前に、見慣れない電動オフロードバイクが停まった。


「買った」


 迅が得意げにハンドルを叩く。


「これ?」


「他に何があんだよ」


 東雲車輌のTR-25。


 古い型で、車体には細かな傷がいくつも残っている。


「九万八千円」


 律はしゃがみ込み、車体へ端末を接続した。


《主電池劣化率:27%》


「電池、結構使ってるね」


「そこから見るなよ」


「大事でしょ」


「もっとあるだろ。格好いいとか」


 律は車体を見直した。


「傷多い」


「もういい」


 迅がシートへ腰を下ろす。


「でも、これで朝が楽になる」


「朝?」


「仕事。倉庫まで歩くの面倒だったんだよ」


「迅の物流の?」


「そう」


 基礎学校を卒業してから、迅は黒瀬の物流会社で働いている。


 倉庫での仕分けや積み込み、近距離配送の補助が主な仕事だ。


 仮探索士になってからも辞めず、休みの日を使って律と依頼を受けていた。


「探索にも使うの?」


「当然。荷物少ない依頼ならこれで十分だろ」


「回収品は?」


「その時はお前の車」


「父さんの車」


「細けえな」


 一方、律は相変わらず久世工房の小型貨物車を借りていた。


 相棒も載る。


 回収品も積める。


 便利だった。


 ただし、誠司が仕事で使う日は借りられない。


 探索に出る回数が増えるにつれ、それが不便に感じるようになった。


 最近では律も、端末で中古の小型貨物車を眺めている。


 二十万円台の車もある。


 たいてい、


《駆動系要整備》


《主電池劣化》


《外装損傷》


 のどれかが付いていた。


「それ、壊れてるんじゃね?」


 迅に言われた。


「直せる」


「お前の場合、それで済むのずるいよな」


 まだ買う予定はない。


 探索で得た律の取り分は、三か月で四十万円には届かなかった。


 久世工房の給料もある。


 だが、拳銃や弾薬、電池、装備の補修に使えば、金は思ったほど残らなかった。


     ◇


 三か月目。


 十八件目の依頼を終えて黒瀬へ戻った日。


 北門を抜け、市内網へ接続した直後に端末が振動した。


《黒瀬探索士協会》


 律が通知を開く。


《仮探索士活動期間:三か月》


《達成依頼数:18件》


《重大規則違反:なし》


《正式探索士昇格審査の受験条件を満たしました》


「来た」


 隣で迅が言った。


 迅の端末にも同じ通知が届いている。


 仮探索士から正式探索士になるには、三か月以上の活動と十件以上の依頼達成実績が必要になる。


 条件を満たせば、最後に昇格審査を受けられる。


 律は詳細を開いた。


《正式探索士昇格審査》


《審査方式:単独実地審査》


《Fランク相当の指定依頼を遂行してください》


《他探索士との同行は禁止》


《個人装備・所有機巧の使用可》


《行動記録および依頼成果を基に合否を判定します》


「別々か」


「個人審査だから」


「分かってるけどさ」


 二人とも、その場で申し込んだ。


 しばらくして。


 律の端末が再び鳴る。


《昇格審査・指定依頼》


《北東第三区画・定期観測器交換》


《推奨ランク:F》


《出発前に黒瀬探索士協会で交換用観測器を受領してください》


《指定地点に設置された旧観測器を回収し、新規観測器へ交換してください》


《回収した旧観測器は帰還後、黒瀬探索士協会へ返却してください》


《周辺状況に変化が認められた場合は記録してください》


《制限時間:日没まで》


 観測器は、黒瀬の外に協会が設置している記録装置だ。


 周囲を通った機巧や変異獣。


 音。


 振動。


 気温。


 簡単な映像。


 それらを内部へ保存する。


 町の外では市内網につながらない。


 そのため記録は送信されず、一定期間ごとに探索士が現地へ行き、古い観測器を回収して新しいものへ交換する。


「北東第三区画か」


 迅が律の画面を覗く。


「前より奥だな」


「うん」


「犬型いるかもな」


「いるかも」


「ちょっと嬉しそうだぞ」


「普通に言っただけ」


「そこは三か月じゃ治らなかったな」


「迅は?」


「西街道支線の崩落地点確認」


「地図調査?」


「みたいだな」


 二人の依頼は別だった。


 明日。


 それぞれ一人で外へ出る。


     ◇


 翌朝。


 律は相棒と一緒に黒瀬探索士協会へ向かった。


 背には探索用の荷物。


 腰にはP8。


 反対側にはスリングショット。


 相棒の腰には機巧刀。


 迅はいない。


 同じ頃、自分の審査へ向かう準備をしているはずだ。


 三か月の間、律は何度も町の外へ出た。


 それでも、迅なしで依頼を受けるのは初めてだった。


 相棒はいる。


 だから一人ではない。


 それでも、いつもとは少し違う。


 協会の扉を開く。


 朝の受付には、すでに何人かの探索士が並んでいた。


 律も列の後ろにつく。


 順番が来る。


 端末に表示された審査票を開き、受付へ差し出した。


「昇格審査です。交換用の観測器を――」


 途中で言葉が止まった。


 受付の向こうにいた少女が顔を上げる。


「……律?」


 暖かな茶色の髪を、首の後ろで低く結んでいる。


 灰色の協会職員用ベスト。


 丸みのある目元には、基礎学校にいた頃と変わらない親しみやすさが残っていた。


 ただ、その格好だけは記憶の中と違っている。


 律は一度瞬いた。


「澪?」


 朝倉澪が、小さく笑った。


「久しぶり」

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