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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第二章 閉ざされた真実

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9.愛されていたのかもしれない



「お姉様…っ、お姉様ぁ……!」


 セレナは子供のように泣きじゃくっていた。その小さな身体を抱き締めながら、リシェルは呆然としていた。


 温かい。柔らかい。妹に触れているのに、誰も傷ついていない。暴走も起きない。

 …信じられなかった。


「………どうして」


 掠れた声が漏れる。

 ずっと怖かった、またセレナを傷つけるのではないかと。だから、会わなかった。近づかなかった。なのに。


「お姉様、細い……」


 セレナが泣きながら呟く。


「ちゃんとご飯食べてるの…?」

「え……」

「こんなに痩せて…」


 その声は心底心配そうで、リシェルの胸がぎゅっと締めつけられた。自分を心配してくれる人なんて、もういないと思っていた。


 侯爵夫人は涙を堪えるように口元を押さえていた。クラウスは静かにその様子を見つめる。


 ーーようやく繋がったのだ。

 

 長い長い誤解が、少しずつ。


     ◇


 セレナは顔を上げ、真っ赤な目のままリシェルを見る。


「お姉様」

「……なあに?」

「私、ずっと嫌われてると思ってたの」


 リシェルが目を見開く。


「お父様もお母様も、お姉様の話をすると苦しそうで…」


 セレナは幼い頃を思い出すように言葉を続けた。


「北棟には行っちゃ駄目って言われて…お姉様は病気だから、って。でも、私の前で皆すごく悲しそうで……」


 だから。


「…だから、お姉様は、私を見るのも嫌なんだと思ってた」

「違う……!」


 リシェルは即座に首を振る。


「そんなわけない……!」


 泣きそうな声だった。


「私は、セレナが大好きよ…!」


 その瞬間、セレナがまた泣き出した。


「じゃあもっと早く会いたかったぁ…!」

「ごめんなさい…っ」

「私も、ごめんなさいぃ……!」


 姉妹揃って泣き崩れる。

 侯爵夫人もとうとう堪えきれず、静かに涙を零した。


     ◇


 クラウスはそっと息を吐いた。ようやく見えてきた。この家族は壊れていたわけじゃない。ただ、守り方を間違えただけだ。皆が皆、相手を想っていた。なのに恐怖と誤解が、十八年もの隔たりを作ってしまった。


 クラウスはふと気づく。

 

 リシェルの周囲の魔力が、とても穏やかだ。以前感じた不安定さがない。まるで安心しているように。


「感情が安定すると、魔力も落ち着くのか……」


 小さく呟く。


 文献の内容は正しかった。孤独や自己否定が、彼女を追い詰めていたのだ。


 なら。

 

 彼女が愛されていると知れば、もっと安定するかもしれない。


     ◇


 その時だった。

 廊下の向こうから慌ただしい足音が響く。


「奥様!!」


 執事が血相を変えて飛び込んできた。


「旦那様がお戻りにーー」


 言い終わる前に、重い足音が近づいた。

 

 次の瞬間。

 

 バンッ!!


 勢いよく扉が開かれる。


「リシェルが暴走したと聞いたが!!」


 現れたのはアルヴェイン侯爵だった。厳格な顔立ちに、鋭い眼光。だが今は明らかに焦っている。

 彼は室内を見渡しーー固まった。


「…………」


 リシェルとセレナが抱き合っている。

 侯爵夫人が泣いている。

 クラウスが立っている。


 予想外すぎる光景に、未だ呆然としていた。



「お、お父様……」


 リシェルが恐る恐る声を掛ける。侯爵の喉が僅かに動いた。侯爵は拳を強く握り締めた。娘にどう接すればいいのか、十八年間答えを見つけられなかった。


 …愛している。だが近づけば、いつか一緒に暮らせると期待させるかもしれない。さらに、もし王家に知られれば、娘は奪われる。だから距離を置いた。嫌われてもいいから、生きていてほしかった。


 なのに。


 娘は今、怯えた目でこちらを見ている。その事実が、侯爵の胸を深く抉った。それでも。     


「……怪我はないか」


 低い声だった。だがその言葉に込められた感情を、クラウスは聞き逃さなかった。心配している。本気で。

 

 リシェルは呆然としていた。

 父からそんな言葉を掛けられた記憶がない。


「え……」

「暴走したと聞いた」


 侯爵は苦しげに眉を寄せる。


「苦しくなかったか」


 リシェルの目が大きく揺れた。どうして。どうして皆、そんな顔をするのだろう。

 …まるで、本当に自分を大切に思っているみたいに。


 リシェルの胸に、知らない感情が広がっていく。温かくて、苦しくて。涙が出そうになるほど、優しい感情だった。

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