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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第二章 閉ざされた真実

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10. 嫌われてもよかった


 夜は静かに更けていた。


 アルヴェイン侯爵家本館の執務室には、重苦しい空気が漂っている。窓際に立つ侯爵は、深く息を吐いた。

 向かいにはクラウス。二人の間には長い沈黙が落ちていた。


「……単刀直入に聞きます」


 やがてクラウスが口を開く。


「リシェルは“魔喰い”ですね」


 侯爵の目が鋭く細められた。

 図星だった。


「どこまで調べた」

「文献を少し」


 クラウスは静かに続ける。


「感情によって魔力が暴走する特殊体質。王家が危険視している存在で、過去に研究対象にされた事例もある」


 侯爵は苦しげに目を閉じた。


「……そこまで知っているなら話は早い」


 低い声だった。


「そうだ。リシェルは魔喰いだ」


 室内の空気がさらに重くなる。

 クラウスは拳を握り締めた。


「やはり」

「だが誤解するな」


 侯爵の声音が鋭くなる。


「我々はあの子を疎んでいたわけではない」

「分かっています」


 クラウスは即答した。もう気づいていた、侯爵夫妻はリシェルを愛している。ただ、その愛し方が致命的に不器用だった。侯爵は苦々しく眉を寄せる。


「幼い頃から、リシェルは何度か暴走した」


 静かに語り始める。


「その度に、結界でなんとか抑えてきた。だがあれは何年前だったか…特に激しく暴走した時があった。結界も意味がなく、他に何も出来なかった。かといって幼い子供に制御など出来るはずもない…。恐怖で泣き叫び、周囲の魔力を暴走させたーーその結果、屋敷の一部は崩壊し、使用人達は皆重軽傷。妻も倒れ、セレナは生死を彷徨った」


 クラウスは黙って聞いていた。


 侯爵の声には後悔が滲んでいる。


「…王宮へ報告すれば、あの子は連れて行かれる」


 その言葉に、クラウスの目が険しくなる。


「研究施設ですか」

「……ああ」


 侯爵は吐き捨てるように言った。


「人として扱われん。最後には………」


 過去の記録を、彼は知っている。特殊魔力保持者は“国の資源”として消費()()された。人格も人生も尊重されない。だから侯爵夫妻は決断した。

 

ーー娘を隠すと。


「だから、北棟に隔離し、病弱ということにした。最低限しか人を近づけなかった。感情刺激を避けるために……」


 消え入りそうな声で言う。


「………家族も、距離を取った」


 クラウスは静かに問う。


「その結果、リシェルがどう思ったかは?」


 侯爵が言葉を失う。



「…………分かっていた。あの子が傷ついていることも」


 掠れた声。


「だが、他にどうすれば良かったのか分からなかった」


 愛している。けれど近づけば期待させる。期待させて、もし奪われたら。娘はもっと苦しむ。




「…嫌われてもよかった」


 侯爵は拳を握り締める。


「リシェルが生きていてくれるなら、それでよかったんだ……!」


 その声は、父親そのものだった。


 クラウスはしばらく黙っていた。

 怒りが消えたわけではない。リシェルは確かに傷ついていた…十八年間も。


 だが、この父親もまた、苦しんでいたのだ。


「……不器用すぎます」


 クラウスが低く言う。

 侯爵は自嘲するように笑った。


「否定はせん」

「リシェルは、自分が愛されていないと思っています」


 その言葉が侯爵の胸を抉る。

 苦しげに目を伏せた。


「分かっている」

「なら伝えてください」


 クラウスは真っ直ぐ侯爵を見る。


「もう十分でしょう」


 侯爵は動かなかった。長年積み重ねた恐怖は簡単には消えない。

 もし娘が再び暴走したら。

 もし王宮に知られたら。


 その不安が消えない。


「……クラウス殿」


 侯爵が静かに問う。


「何故そこまで、あの子に関わる」


 クラウスは少しだけ目を見開いた。

 何故って、そんなもの、決まっている。クラウスの脳裏に、北棟で笑ったリシェルの顔が浮かぶ。だが口にするにはまだ早い気がした…それでも。


「放っておけない」


 自然と言葉が出る。


「笑ってほしいと思う。幸せになってほしいとも」


 侯爵は黙って彼を見つめていた。

 やがて、ふっと目を細める。


「……あの子に必要なのは、君のような人間なのかもしれんな」

「え?」

「我々は恐れすぎた」


 侯爵は疲れたように椅子へ腰掛けた。


「愛していたのに、伝えることから逃げた」


 静かな後悔だった。


「だから君が、あの子の隣にいてくれるなら……」


 そこで侯爵は言葉を切る。侯爵の視線は真っ直ぐだった。まるで十八年間守り続けた宝物を、託そうとしているように。

 


クラウスは静かに息を吸った。


「侯爵」

「何だ」

「俺は――」


 言いかけた瞬間。

 バンッ!!

 突然、執務室の扉が激しく開かれた。


「旦那様!!」


 執事が青ざめた顔で飛び込んでくる。


「大変です!!」


 侯爵が立ち上がる。


「何事だ!」

「北棟の結界が……!」


 その瞬間。

 屋敷全体が、大きく揺れた。

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