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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第二章 閉ざされた真実

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7.怖くない

「……どうして」


 ぽろぽろと涙を零しながら、リシェルは震える声を漏らした。


「ど…、して、平気なんですか……」


 クラウスはまだ彼女の手を握っていた。

 暴走しかけていた魔力は完全に落ち着いている。

 室内に浮かんでいた家具も、いつの間にか静かに元の位置へ戻っていた。

 クラウスはゆっくり息を吐く。


「俺にも分からない」


 正直な答えだった。

 普通なら、あの魔力に当てられていてもおかしくない。だが彼には何の異常もなかった。

 むしろーー。

 彼女に触れていると、不思議なほど心が落ち着く。


「…怖く、ないんですか」


 リシェルが小さく尋ねる。

 その瞳には怯えが滲んでいた。拒絶されることを恐れている。

 クラウスは胸が痛くなった。

 …今までどれだけ傷ついてきたのだろう。もう彼女にそんな思いをさせたくない。手を強く握り、震えそうになる声を抑えて答えた。


「怖くない」

「でも……!」

「君は必死に抑えようとしていただろう」


 リシェルが目を瞠る。


「人を傷つけたくなくて、ずっと耐えてきた」

「…………」

「そんな人間を、どうして怖がれる」


 リシェルの唇が震えた。何かを言おうとして、言葉にならない。

 クラウスはそっと彼女の頭を撫でた。びくりと肩が揺れる。けれど逃げなかった。

 むしろ、恐る恐るその手の温もりを受け入れている。


「リシェル」


 低く優しい声。


「君は一人で頑張りすぎだ」


 その優しい声に、手の温かさに、リシェルの中で、張り詰めていたものがぷつりと切れた。ぽろぽろと零れていた涙が止まらなくなる。


「っ……」


 声を殺すように俯く。泣いてはいけないと思った。こんな風に優しくされたくらいで、縋ってはいけない。でも…もう限界だった。


「……怖かった」


 ぽつりと零れた本音。


「また誰かを傷つけるのが、怖いんです……」


 幼い日の記憶が蘇る。


 泣き叫ぶ使用人、倒れた母。 意識を失っているセレナ。

 自分のせいで。

 全部、自分のせいで。


「だから、皆が私を避けるのは当然で……」

「違う」


 クラウスが遮る。

 リシェルが顔を上げた。

 彼の群青の瞳は真っ直ぐだった。


「君は勘違いをしている。少なくとも、君の家族は違う」

「……え?」


 クラウスは確信していた。侯爵夫妻の態度や北棟の厳重な結界、常駐する医師。

 あれは憎しみではない。むしろ、守ろうとしている人間の行動だ。


「君の両親は、君を嫌っているようには見えない」


 リシェルは困惑したように首を振る。


「そんなこと……」


「母親が、娘の話をする時に泣きそうな顔をするか?」


 リシェルが固まる。


「父親が、北棟にあれだけ強力な結界を張るか?」

「それは、私が危険だから……」

「違う」


 クラウスは静かに言った。


「君を奪われたくないんだろう」


 リシェルの呼吸が止まる。

 …奪われる?


 意味が分からなかった。


 だがクラウスはそれ以上言わなかった。まだ、確証がない。中途半端なことを言って期待させたくなかった。ただ、彼女がずっと誤解していること、このままでいいわけがないことは分かっていた。


     ◇


 その時。

 コンコン、と控えめなノック音が響いた。


「……リシェル?」


 女性の声。

 リシェルの表情が強張る。


「お母様……?」


 クラウスは目を細めた。

 侯爵夫人が北棟へ来るのはよほど珍しいのだろう、リシェルの様子で分かった。


「入ってもよろしいかしら」


 扉越しの声はどこかうわずっている。

 リシェルは慌てて涙を拭った。


「は、はい……」


 扉がゆっくり開く。

 現れた侯爵夫人は、室内の様子を見た瞬間、顔色を変えた。


「……っ!」


 割れた窓、乱れた空気。 泣いているリシェル。

 そして、その傍に立つクラウス。

 夫人の表情に動揺が走る。


「リシェル、暴走したの……!?」


 青ざめた声だった。

 リシェルは反射的に一歩下がる。


「ご、ごめんなさい……!」


 謝罪。

 それが最初に出る。

 侯爵夫人の顔が苦痛に歪んだ。


「違うの、責めたいわけじゃ……!」


 だがリシェルは俯いたまま。

 クラウスはその光景を見て、胸が痛んだ。互いに大切に思っているのに、こんなにも噛み合っていない。


「奥様」


 クラウスが静かに口を開く。


「リシェルは誰も傷つけていません」


 侯爵夫人が目を見開く。


「……え?」

「俺が止めました」


 夫人は信じられないものを見るように、クラウスを見た。


「止めた……?」

「はい」

「そんな、馬鹿な………」


 リシェルの暴走を、他人が抑えたーー?

 今まで誰にも出来なかったのに。夫にも。王宮魔術師にも。何をしても駄目だったのに…。侯爵夫人の瞳が震える。

 やがて彼女は、泣きそうな顔でリシェルを見つめた。


「……怪我はない?」


 その声は、とても優しく、リシェルは目を瞬かせる。本当に心配している声音だった。

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