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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯


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53/54

53.家族というもの


 夜が更けても、アルヴェイン侯爵家の本館は明るかった。社交界から戻ったリシェルは、少し疲れた顔で玄関ホールに立つ。だが、その疲れは以前とは違い、どこか満たされた疲れだった。


「お姉様!」


 先に到着していたセレナが駆け寄ってくる。その勢いのまま、ほぼ抱きつくように腕を掴んだ。



「すごかったですね、今日のクラウス様!」

「おい、本人目の前にいるぞ」


 クラウスが鋭い目で言うがどこ吹く風のセレナ。


「完全に公開溺愛でしたね!!会場ざわついてましたよね!?」

「ざわついてたわね……」

「別にどうでもいい」


 リシェルは苦笑する。耳までまだ熱い。


 その後ろから、侯爵夫人が静かに歩いてきて、何も言わずリシェルを抱きしめた。


「……おかえりなさい」


 その一言だけ。

 リシェルは目を瞬く。


「ただいま、お母様……」


 声が少し震える。


 続いて、侯爵がぎこちなく前に出る。普段の威厳ある姿はどこへやら、視線が泳いでいる。



「………その」

「お父様?」

「……………疲れていないか」


 それだけ言うのに、やけに時間がかかった。リシェルは一瞬きょとんとし、そして、ふっと笑った。


「少しだけ」

「そうか」


 侯爵はそれ以上何も言わない。だが、その目は明らかに安堵していた。

 


   ◇



 その夜の北棟。


 かつて孤独の象徴だった場所に、家族が自然に集まっていた。テーブルには温かい紅茶に焼き菓子。誰かが置いた花。

 

 セレナはソファに座りながら、興奮気味に今日の話を繰り返す。


「それでクラウス様が!もう一歩も離れなくて!」

「セレナ、それさっきも聞いたわ」

「何回でも言えます!」

「……落ち着きなさい」


 侯爵がため息をつく。だが、その声は柔らかい。リシェルはその様子を見ながら、そっと紅茶を口にした。温かい…。昔の北棟では考えられなかった温度だった。


「……変わりましたね」


 ぽつりと呟く。

 セレナがすぐ反応する。


「お姉様が?」

「ううん、この家が」


 少し間。

 侯爵夫人が静かに頷いた。


「あなたが変えてくれたのよ」

「私が……?」


 リシェルは首を振る。


「そんなこと……」

「ある」


 侯爵が短く言った。

 珍しい断言だった。


「お前が生きていてくれたから、この家はようやく家族になれた。


ーーー生きていてくれて、本当に良かっ…」



 侯爵の震える声に、リシェルは言葉を失う。


 ずっと。

 自分は厄介な存在だと思っていた。守られるべきで、距離を置かれるべきで。

 

 でも、今は違う。


 セレナが笑い、母が寄り添い。

 父が不器用に心配し。


 そしてーー、クラウスがいる。


 リシェルは小さく息を吐いた。


「……私、ここにいていいんですね」


 その言葉に、部屋が静まる。侯爵夫人がすぐに答えた。


「当たり前でしょう」


 セレナも強く頷く。


「お姉様いない家なんて嫌です!」


 侯爵は少しだけ目を伏せてから言った。


「……今さら何を言っている」


 それが答えだった。リシェルの胸が熱くなる。


 その頃、窓の外では、庭に立つクラウスが、静かに北棟を見上げていた。中から漏れる明かり。笑い声。穏やかな空気。


 彼は小さく息を吐く。


「……守る場所、か」


 剣の柄に手を置く。守りたいものが、そこにある。クラウスは短く呟いた。


「悪くないな」


 そして北棟へ向かう。

 その足取りは、戦場へ向かう時よりも静かで、ずっと確かなものだった。



   ◇



 夜明け前の北棟の庭は、まだ冷たい空気に包まれていた。薄く霧がかかり、薬草園の葉には水滴が光っている。リシェルはその中をゆっくり歩いていた。裸足ではないのに、土の感触がやけに近く感じる。


 昔、この庭だけが唯一の世界だった。誰にも拒絶されない場所。


 ただ静かに、自分を受け入れてくれる場所。


「……ここは何も変ってないのに」


 小さく呟く。


 でも違う。今はもう、ここは閉じ込められる場所ではない。戻ってくる場所になっている。


「リシェル」


 背後から声。振り返ると、クラウスが立っていた。外套を羽織り、朝の冷気の中でもまったく揺るがない姿。


「起きるの早いですね」

「君もだろ」


 笑いながらの即答にリシェルはも少し笑う。二人で並んで薬草園を見る。しばらく沈黙。

 でも、その沈黙はもう怖くない。


「……クラウス様」

「何だ」

「北棟、好きですか?」


 唐突な質問だった。

 クラウスは一瞬考え、それから答える。


「…前は、あまりいい印象はなかったな」

「今は?」

「悪くない」


 リシェルはくすっと笑う。クラウスは少しだけ視線を横に向ける。


「君がいるからだ」


 その一言に、リシェルの胸が温かくなる。

 ずるいな、と思う。いつもこの人の言葉は真っ直ぐすぎる。

 

 少し間を置いて、リシェルは小さく息を吸った。


「私」


 クラウスが視線を向ける。


「昔はずっと、ここから出たかったんです。閉じ込められてると思ってたし、…ずっと、怖かったんです」

「…だろうな」

「でも今は……」


 言葉が止まる。

 少し迷って、それから続けた。


「出てもいいし、戻ってもいい場所だと思えるんです。まだ、怖い事もありますがーー


…クラウス様が、いてくれるから。一人じゃないから、大丈夫。そう思えるんです」


 クラウスは何も言わず、ただ静かに聞いていたが、ふっと微笑む。


「…そうか」


 風が吹く。薬草の葉が揺れる。遠くで鳥が鳴いた。リシェルはふと空を見上げる。昔は、ただ閉じているだけだった世界が、今は違う。開いている。

 

 怖さもある。でも、その向こうに確かに“未来”がある。

 

 その時、クラウスがぽつりと言った。


「婚約の話、そろそろ詰めるか」

「……え?」


 リシェルが固まる。

 クラウスはまったく動じない。


「王宮も落ち着いたし、このままじゃ有耶無耶になりそうだしな」

「え、あの、え?」


 完全に思考が追いついていない。

 クラウスは少しだけ眉を下げ首を傾げる。


「嫌か?」

「そ、そういう問題じゃなくて……!」


 顔が一気に赤くなる。そんな顔をするなんてずるい。クラウスは真面目な顔をして言う。


「じゃあ問題ないな」

「問題はあります!!」


 珍しく大声。

 クラウスは口元を緩めた。


「……逃がすつもりはない」

「それ、宣言なんですか……?」

「当然だ」


 リシェルは顔を真っ赤にしながら、でも、どこか嬉しかった。その強引さが、今はただ嬉しい。


   ◇

 

 その日の午後、北棟には再び人が集まっていた。侯爵家、クラウス、セレナ、グレイ。そして婚約の正式な手続きに向けた準備。慌ただしいはずなのに、どこか穏やかだった。リシェルはそれを見ながら、静かに思う。


 私はもう、選べるんだ…。閉じることも、開くことも。逃げることも、進むことも。そのどちらでもいい世界にいる。

 

 そしてその隣には、クラウスがいつもいる。リシェルはそっと微笑んだ。ただの、一人の人間として。


 その未来へ、歩き出していた。


読んでくださりありがとうございます

感想、批判、ご指摘、なんでもいいのでいただけると喜びます!

あと1話で完結しますのでよろしくお願いします

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