表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第一章 北棟の令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/17

5.知らなかった言葉

 その日の夕方。

 リシェルは一人、北棟の書庫に籠もっていた。高い本棚に囲まれた薄暗い部屋だ。幼い頃から、ここは彼女の世界だった。

 本は裏切らない。どれだけ読んでも嫌な顔をされないし、触れても怯えられない。だからリシェルは本が好きだった。


 今日も魔術理論書を読もうと開いていたが、視線はほとんど文字を追っていない。

 頭に浮かぶのは、昼間の会話ばかりだ。


『君に会いたい』


 思い出した瞬間、顔が熱くなる。


「……何を考えているのでしょう、私は」


 ぽすりと机へ額を押しつける。

 クラウスはきっと、誰にでも優しい人なのだ…騎士として、貴族として。

 だから孤立している自分にも気を遣ってくれているだけ。そう理解しているのに、胸の奥が、妙に落ち着かなかった。

 こんな感覚は初めてだった。


     ◇


 コンコン。

 不意に扉が叩かれる。

 リシェルは慌てて姿勢を正した。


「はい」

「失礼いたします」


 入ってきたのは侍女のマリーだった。

 だがいつもと様子が違う。どこか困ったような、落ち着かない顔をしている。


「どうしました?」

「…お客様です」

「お客様?」


 北棟に?

 リシェルが目を瞬かせていると、扉の向こうから聞き慣れた声がした。


「入ってもいいか?」

「クラウス様!?」


 驚いて立ち上がる。

 するとクラウスが大きな箱を抱えて現れた。

 リシェルは完全に固まる。


「ど、どうしてここに……」

「渡したい物があってな」


 そう言って彼は箱を机へ置いた。

 リシェルは恐る恐る蓋を開ける。


「……!」


 中には、淡い藤色のドレスが入っていた。柔らかな生地に繊細な刺繍。まるで月光のように美しい装飾。一目で高級品だと分かる。

 リシェルは息を呑んだ。


「こ、これは……」

「王都で見つけた」

「え?」

「君の瞳と同じ色だったから」

「…?」


リシェルが首を小さく傾げる。


「君に似合うと思って」

「わ、私に!?」


 声が裏返る。

 クラウスは当然のように頷いた。


「問題あるか?」

「ありすぎます!」


 リシェルは慌てて箱を閉じようとする。


「こんな高価な物、いただけません!」

「何故?」

「何故って……!」


 理由など山ほどある。そもそも自分は社交界にも出ないのだから、ドレスを着る機会などない。何より、自分には似合わない。


「私は北棟から出ませんし……」

「なら俺の前で着ればいい」

「……え?」


 あまりにも自然に言われ、リシェルの思考が止まる。

 クラウスは少し眉を寄せた。


「嫌か?」

「い、嫌とかではなく……!」


 問題はそこではない。

 クラウスの言葉は、いつも近すぎる。

 リシェルは混乱しながら俯いた。


「……私には、似合わないです」

「なぜ?」

「私は、呪われた令嬢ですから…」


 その瞬間ーー

 空気が変わった。

 クラウスの表情が、すっと消える。


「それ」


 低い声。


「誰に言われた?」


 リシェルが顔を上げる。


「え……?」

「君はずっと、自分を否定している」


 静かな怒りが滲んでいた。

 リシェルは戸惑う。


「そんなこと……」

「ある」


 クラウスは真っ直ぐ彼女を見つめた。


「…君は、誰より優しい」


 リシェルの呼吸が止まる。


「優しくて、賢くて、努力家だ。見返りも求めずに人を助ける」

「や、やめてください……」

「何故やめる必要がある」

「そんなこと、言われたことありません……!」


 叫ぶように言った瞬間、部屋が静まり返った。リシェル自身も、何を言ったのか理解して慌てて口を押さえる。だがもう遅い。

 クラウスは痛ましそうに目を細めていた。


「……そうか」


 その言い方が、声色が、妙に優しかった。

 リシェルの胸が締めつけられる。どうしてそんな顔をするのだろう。まるで自分のことのように苦しそうに。


「リシェル」


 クラウスが静かに彼女の名を呼ぶ。


「君をそんな風に思わせた奴がいるなら、腹が立つ」


 リシェルは目を見開いた。

 その言葉に込められた感情が、あまりにも真っ直ぐで胸の奥が熱くなる。こんな風に怒ってくれる人が、この世にいるなんて思わなかった。


     ◇


 その夜。

 クラウスは帰り際、ふと北棟の廊下で足を止めた。

 魔力の気配。

 微弱だが、異様に濃い。ぞくりと肌が粟立つ。


「……何だ、この魔力」


 騎士として数々の魔物と対峙してきたが、こんな感覚は初めてだった。

 禍々しいわけではなく、むしろ澄み切っている。なのに、本能が警鐘を鳴らす。危険だ、と。

 クラウスはゆっくり振り返る。

 視線の先…閉ざされた書庫の扉の向こうから、その魔力は漏れていた。


 ーーリシェルだ。


 彼女自身は気づいていないのかもしれない。

 だが。


「……君は一体、何なんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ