49.過ち
遡ること、数時間前。
王家では、アレクシス・フォン・アルディアが、父王であるフレデリック・フォン・アルディアと向かいあっている。
「陛下。ーーーいえ、ここではあえて父上と呼ばせていただきます。父上は、あの研究所で今、何が起こっているかご存知なのですか?」
「……十八年前と同じ研究が行われているのだろう。魔喰いを見つけた、とガルディアから報告を受けている」
アレクシスは目を瞠いて一歩前に出る。
「知っていてなぜ止めないのですか?!あの時も、非人道的な研究が行われ、その結果一人の女性と赤子が犠牲となった!また再び同じ過ちが繰り返されようとしています…!婚約までさせようとするなど…なぜ黙って見ているのですか!」
国王であるフレデリックはわずかに眉を寄せたが、アレクシスを真っ直ぐに見据えて言う。
「私は、国を守らなければならない。十八年前も、お前から何が起きているか聞いた後、ガルディアとも話をした。だが、国を守るための研究だと。これが完成すれば災厄で苦しむ人々も減る。しかも本人も了承していると、そう言っていた」
アレクシスが怒りを目に滲ませて叫ぶ。
「それは、赤子を守るためでしょう…!だがガルディア達が何をした!約束を破って、傷つけ、暴走させて大惨事になった!!それを知っていながらなぜ…!ましてや奴らは国を救うなど大義名分を掲げているが、実際に行われたのはただの好奇心からの人体実験だ!」
「お前に何が分かる!」
被せるように低く重い声でフレデリックが言う。威厳のある声に、一瞬アレクシスの肩が跳ねる。
「このままでは国が滅びる、それだけは避けねばならない…!やり方はともかく、原初の魔喰いがいれば、魔力によるあらゆる災害や争いがなくなると、そう考えたのが間違っていたとは思わん」
「…その結果、一人の女性が犠牲になったことは?」
「それで国が救えるなら…。国王である以上、感情や正義感だけで判断するわけにはいかんのだ。それで国が滅びたら誰が責任を取れる」
アレクシスは拳を握ってわずかに黙る。
「……仰っていることは分かります。国王として、国を守ることが最優先だと。」
そして、負けじと真っ直ぐに見つめて言う。
「ですが…それが出来ると確信があって、きちんと調べた上で犠牲にしたのですか…?」
「……どういうことだ…?何を言っている?」
「グレイ殿、入ってください」
アレクシスが扉の向こうに声をかける。見張りも引き払ったこの部屋にグレイと騎士団団長であるジークフリート、アルヴェイン侯爵が入って来た。グレイとアルヴェイン侯爵は跪いて頭を垂れ、ジークフリートは騎士の礼を取った。
「失礼します」
「君は…?」
「アルヴェイン侯爵の屋敷で専属医師兼執事をしております、グレイと申します」
「全員なおれ。で、その医師が何の用だ。ジークフリート殿に、アルヴェイン侯爵まで」
国王であるフレデリックの威圧に全員が気圧される。が、グレイは自分を鼓舞するように小さく頭をふり発言する。
「陛下に申し上げます。原初の魔喰いの研究を、即刻中止してください。このままだと、再びあの悲劇が繰り返されるだけです」
「なに…?」
フレデリックは冷静を装ってはいるがわずかな
怒りを視線にのせる。
「原初の魔喰いは、絶対に一人では存在し得ません。正確に言うと、一人だと十八年前のように暴走と破壊が繰り返されるだけです」
「ーーどういう事だ」
フレデリックは思い切り顔を顰めてグレイを睨む。
「魔喰いは周囲の魔力を吸収します。原初の魔喰いは、さらにその上。あらゆる魔力による災厄をも吸収する。では…吸収した魔力は?……そのままでは抱えきれなくなりいずれ暴発しかしません。実は、魂結び、と呼ばれる対の存在が必須なのです」
「ーー魂結び…?」
グレイが頷きながら言う。
「はい。原初の魔喰いと対になる存在、要するに制御核のことです。周囲から吸収した魔力を抑え、コントロールする存在。それが、必要不可欠だったのです」
「…」
「吸収だけする一方では、それが抱えきれなくなった時崩壊するのは自然の理です。十八年前もそうです。コントロールする術も分からず手を出すべきではありません。即刻中止してください」
「それが真実だとなぜ分かるのだ。そんなもの初めて聞いたぞ。今回はうまくいきそうだ、そう聞いている」
フレデリックが向ける鋭い視線に気圧されそうになりながらもグレイは説明する。
「確かに、私も古い文献で言葉を目にしたことがあるくらいで、それが魔喰いとは結びつかず、記憶に埋もれていました」
しばしの沈黙。グレイは逡巡し、静かに言う。
「……私は、十八年前、あの研究所で働いていて、…あの事故で、一人の赤子を連れ去りました」
フレデリックの目が大きく開く。
「あの時の…まさか…生きているのか…?」
「そうです…アルヴェイン侯爵家に託しました」
「なんと……」
侯爵と視線を交わす。
「そして私は助け出した赤子の近くにいるため、専属医師としてアルヴェイン侯爵家で十八年間ずっと成長を見守ってきました。同時に調査を続けたのですが、なかなかこれといった方法は見つかりませんでした。ですが…」
徐にアルヴェイン侯爵がフレデリックの方を向く。
「陛下、発言をお許しください」
「アルヴェイン侯爵殿、なんだ」
意を決したように侯爵が言う。
「その時引き取ったのが、私の娘のリシェルです。……王家に知られれば、再び研究材料にされてしまう。そう思いずっと存在を隠し続けてきました」
「……」
「そして、娘は最近、騎士団の副団長であるクラウス殿と出会いました。その彼が、リシェルの魂結び、制御出来る存在であると思われます」
アルヴェイン侯爵がジークフリートを見ながら言う。視線を受けてジークフリートが言う。
「国王殿下もご存知とは思います。副団長のクラウス・ディアネル。前々から彼には他とは違う不思議な力があるとは思っておりましたが、まさかそういう繋がりがあったとは驚きでした」
「娘は何度も暴走し、その度に結界で抑えてきましたがそれでも無理だったため、離れの塔で一人で過ごしていました。ですが…クラウス殿と出会ってから、リシェルは暴走を抑えることが出来ています」
グレイが静かにそう言うと、国王が表情にわずかに後悔を滲ませるが、ふと思いついたように言う。
「ならば聞こう。仮にその魂結びが存在するとして、二人なら災厄を制御し、原初の魔喰いと成ることは可能なのではないか?であれば、ガルディアが今度こそうまくいきそうだというのはあながち間違いではないかもしれない」




