46.十八年前の真実
侯爵家客間。
激しい闘いを経て無事に戻って来たにも拘らず、なぜか部屋中重苦しい空気に満ちている。
リシェルもクラウスも、聞きたいことは山ほどある。が、口を開かなかった。
いや、開けないのだ。
なぜなら、その空気の原因である相手はこの国の王太子殿下だからーー。
ややあって侯爵、団長と顔を見合わせた後、戸惑いがちにアルセウスが口を開く。
「……私から、全てを話そう。ああそれと、自己紹介が遅れてすまない。私はアレクシス・フォン・アルディア。つい数時間前までこの国の王太子だった。まだこれは内々で決まっているだけだが、王位継承することとなった。近いうちに正式発表があるだろう」
クラウスが目を瞠る。
アルセウスは、リシェルの方をまっすぐに見た。驚いたリシェルは思わずセレナの後ろに隠れてしまう。
「驚かせてすまない。…これからする話は、貴方にとってはかなり重い話になる。出生に関わる、大事な話だ」
「……私の?ですか…?」
「ああ…。どこから話せば良いのか…」
沈黙。誰も言葉を発せない。
決意したように、アルセウスが顔を上げる。
「今から十八年ほど前、この国は魔力による災いや戦いが頻発していた。父王はかなり長い間苦しみ続け、国を救う方法を探しているうちに、『原初の魔喰い』の存在を知った。魔力、魔術、結界、加護、ありとあらゆる『魔』を喰らう災厄。だが、それは捉え方によっては人々を守る存在になるのではないかとーー。魔力による争いも起こらず国は救われる、と考えた」
「人々を…守る……」
リシェルがつぶやく。
「ああ。それを命じたのは父王だ」
「国王が…?」
クラウスも驚きが隠せないでいる。
「誤解しないで聞いて欲しいのだが、父はあくまで国を守りたかったんだ。だからと言って…、言い訳にもならないかもしれないが…、まさか、あんな酷いことが起こっているなんて、思ってなかったんだ……」
重い沈黙が流れる。
「なぜ、殿下はご存知なのですか…?」
クラウスが尋ねる。
「幼かった私は、研究に興味があってな。何度か忍び込んだんだ」
「殿下が?」
「ああ、国を救うと聞いていたからな」
顔を顰めたクラウスに、苦笑いしながらアルセウスは答える。そして俯き眉を寄せて言葉を発する。
「だが…そこで見たものは……人を人とも扱わない行為だった…。わたしは恐ろしくなり父上に話した。すぐにでも辞めさせるよう進言したが、ここまで来たら止められない、止めれば国が滅びるかもしれないと…。そう、言われ、黙るしかなかった……」
誰もが言葉を発せないでいた。研究自体はもちろん許されるものではない。だが、国王の苦悩が痛いほど伝わってくる。
「そして、十八年前、あの事件が起きた。一人の女性が命を落とし、大惨事の中、赤子もその時巻き込まれたんだと…。全てが終わった、そう思っていたんだ…あの時止められなかった自分の罪も、赤子の命も…」
リシェルがはっと息を呑み、青ざめながらアルセウスを見つめる。クラウスと侯爵家の皆はそんな彼女を心配そうに見ていた。
「…だが、最近になってガルディア卿達が何やら動き始めたと聞き、調べていたらーー」
リシェルを見つめるアルセウスの瞳が揺れている。そのままアルセウスはグレイに視線を移す。
「先生…?」
リシェルが恐る恐る呼びかける。グレイは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「…あの時、私が貴方を連れ出しました」
あまりの衝撃にリシェルが息を呑む。
「十八年前、私は下っぱの研究員でした。ガルディア卿もおそらく私の顔も名前も覚えていないでしょう。……研究が正しくないことは私にも分かっていたので、一度だけ、尋ねてみた事があったのです、リシェル様、あなたの産みの母君に」
リシェルは真っ青になって言葉を紡げないでいた。何か言おうとしたが、言葉にならない。
「逃げたくならないのか、と。すると、自分を研究する事で国を守れるのなら、と…そう、仰っていました。ただ、この子だけは何があっても守って欲しいとーーそうガルディア卿とも約束したから、そのために頑張るのだと…。しかし…」
苦しそうに言葉を切る。次の瞬間、瞳には怒りがはっきりと写っていた。
「その約束を…!奴らは踏み躙った…!生まれて来た赤ん坊が周囲から魔力を吸収している事に気付いた奴らは興奮して、口々に危険だの研究材料にするだのと…!」
誰もが苦しい表情を浮かべている。大義名分はともかく、やっていることは人でなし以外の何者でもない。
「その時研究員達が放った言葉で、彼女は絶望し、暴走しました…。そうして起きたのが、あの事件だったのです。誰にも止められない魔力嵐の中、かなりの混乱を極めました。私はせめて赤ん坊だけでも、と…。」
グレイが視線を侯爵夫妻に向ける。夫妻はずっとリシェルを見つめていた。




