45.崩壊
旧王立研究所の地下の一部がパラ、パラ…という音を立て少しずつ崩れ始めた。正確には、魔術構造そのものが『維持不能』に陥っていた。リシェルの封印が解けたことで、施設全体の制御魔術が狂い始めたのだ。
「……馬鹿な」
ガルディアの声が低く響く。これまで一切崩れなかった理論が、目の前で崩壊していく。魔力は暴走していない。破壊もしていない。ただ、調和している。リシェルの周囲だけ、異様なほど安定していた。
クラウスが剣を下げずに言う。
「もう終わりだ、ガルディア卿。こんな研究、いつまでも続けられるはずがない」
「終わりだと?」
ガルディアは冷たく笑う。
「国の管理対象を連れ去るつもりか。どれほど危険か分かっているのか」
「まだ言うのか」
一歩前へ。
「彼女は管理対象じゃない。ただの人間だ」
リシェルはクラウスの背中を見ていた。まだ怖い。でも、もう逃げたいとは思わなかった。
ガルディアは杖を握り直す。
「これ以上話しても無駄のようだ。ならば…力ずくで止めるまでだ!」
凄まじいスピードで魔法陣が展開されそうになったその時、声が響く。
「そこまでだ!!」
騎士達の突入とともに、侯爵家と追いついたレオンとセレナ、騎士団の増援が入ってくる。その後に入って来た男の姿に、その場の騎士達全員の背筋が伸びる。
「団長…!!」
いつも冷静なクラウスが驚いたような声を出し、リシェルもつられてそちらを見る。
騎士団団長、ジークフリート・ヴァルツェン。
団長の登場に場が騒めく中、静かな足音が響く。最後に現れた人物を見て、空気が一変する。
リシェルが首を傾げていると、
「王太子殿下…!」
クラウスがさらに驚いて言い、リシェルは息を呑む。
現れたのは、この国の王太子ーー、アレクシス・フォン・アルディア。
「……王太子殿下が、なぜここに…?」
その隙にセレナが駆け寄ってくる。
「お姉様ー!!」
「セレナ……!」
リシェルの声が震える。セレナは迷わず駆け寄り、そのまま姉に抱きついた。
「遅くなってごめんなさい……!」
「ううん……来てくれて……」
言葉が続かない。涙が溢れる。その光景を見て、侯爵夫人が崩れそうになるのを侯爵が支える。
団長であるジークフリートが短く指示を出す。
「封鎖解除班、研究員拘束」
「了解!」
状況が一気に逆転する。
ガルディアは静かに周囲を見渡した。
そして、初めて理解したように息を吐く。
「……ここまでか」
ジークフリートがガルディアの前に進む。
「連行する」
「…王命でやってきたことだ」
「その命は、今この瞬間をもって取り消す。私が来た時点で分かっているはずだ」
アレクシスが低く響く声で言う。
沈黙。
ガルディアは数秒、リシェルを見た。
そしてーー。
「……理解不能だな」
それだけ言うと、抵抗しなかった。魔術拘束がかけられる。研究員達も次々と拘束されていく。地下施設は完全に制圧された。
崩落の警告音が鳴り響きだした。
「リシェル、歩けるか。帰ろう」
リシェルは小さく頷く。
「……はい」
セレナが手を握る。
「帰りましょう、お姉様」
その言葉に、リシェルは涙を拭いた。そして、ゆっくりと立ち上がる。もう『檻の中の少女』『化け物』の姿はどこにもなかった。
が、直後、大きな音をたて本格的に建物が崩れ始める。
「詳しい話はあとだ!ここは崩壊する危険がある。急いで戻ろう」
侯爵が移転魔法で残った全員を侯爵家へと連れて行った。




