43.否定
その一言で、地下施設の空気が壊れた。
「恋人……?」
誰かが呟く。研究員達の視線が一斉にリシェルへ向いたがリシェルは混乱していてそれどころじゃない。拘束椅子に縛られたまま、ただクラウスを見つめる。
「……来て、くれた……?」
それだけしか考えられず、胸がいっぱいになる。
が、喜んだのも束の間、すぐに恐怖が襲ってくる。自分のせいで、またこの人が危険に巻き込まれる。
「来ちゃ…、駄目です……!」
必死に声を張り上げる。
「ここは…危ない……!」
クラウスは一瞬だけ目を細めた。そして。
笑った。
怒りを抑えた、危うい笑み。
「知ってる」
「じゃあ……!」
「君がいるからだ」
リシェルの言葉が詰まる。
そのやり取りを見ていたガルディアが、静かに前へ出た。
「愚かな」
低い声。
「感情で施設を破壊しに来たか」
「感情じゃない」
クラウスは剣を構えたまま、一歩踏み出す。
「ただの事実だ」
ガルディアの眉がわずかに動く。
「事実?」
「何度も言うが、彼女は化け物じゃない」
その言葉に、リシェルの肩が揺れた。クラウスは続ける。
「人を傷つけたくないと怯えて、自分を責め続けて、それでも誰かを守ろうとする、ただの人間だ。むしろ俺からするとこんな非人道的なことを平気でできるお前らのほうがよっぽど化け物だ」
「それは君の主観だ。彼女は放っておいたら危険だ。だから調査、研究して、世の中の役に立てる。それが我々の使命だ」
「違う」
低い声が響く。
「彼女は危険なんかじゃない。ただの人間だ、それは俺が見てきた事実だ」
空気が張り詰める。ガルディアは冷笑した。
「ならば説明してみろ。なぜ『魔喰い』は暴走する。恐怖、孤独、自己否定。それらが魔力暴走を引き起こす。これは既知の現象だ」
「だから何だ」
「つまり彼女の存在そのものが危険じゃないか」
リシェルの瞳が揺れる。まただ。やっぱり。否定できない『事実』。クラウスは剣を握り直した。
「違う。その暴走条件を作ってるのは、お前達だ」
ガルディアの目が細くなる。
「…どういうことだ?」
「簡単だ」
クラウスは一歩進む。
「恐怖させる、孤独にする。自分を否定させ、暴走させる。それを繰り返して、『暴走するから危険』って言う」
吐き捨てるように。
「ふざけるな」
沈黙。
誰も動けない。リシェルは息を止めていた。クラウスは続ける。
「彼女は何度も暴走しかけた、だが俺が隣にいる時は、一度も完全暴走していない」
ガルディアの表情が初めて変わる。
「…偶然だ」
「違う。安心しているからだ」
その言葉は静かだった。だが、確信があった。
「彼女は『安心』で抑えられる」
「それは管理ではない」
「お前らの与える恐怖でもない!」
クラウスは剣をゆっくり構え直す。
「リシェルは、信じられる相手がいる限り暴走しない」
「ならば、君は一生彼女のそばにいるのか?それが安全だという保証は?」
クラウスが一瞬言葉につまる。が、
「保証なんてない。…だから、一緒にいるんだ。俺は一生リシェルのそばにいる。それは、暴走を抑えるためじゃない。俺がそばにいたいからいるんだ」
リシェルの目が大きく見開かれる。
クラウスは振り返らないまま言った。
「リシェル」
優しい声だった。
「俺を見ろ」
リシェルの呼吸が止まる。怖い場所、拘束、研究員、ガルディア。全部が消えたような気がした。ただその声だけがあった。
「……クラウス、様…」
「…君は化け物か?」
静かな問いにリシェルの唇が震える。今までなら、「はい」と答えていた。
でも、クラウスがいる。
「私は……」
見ている。
信じている。
だからーー。
「……違います」
小さな声だった、でも確かだった。クラウスの瞳がわずかに揺れる。そして、はっきり言った。
「それでいい」
その瞬間。リシェルの中で何かがほどけた。ガルディアが低く呟く。
「……馬鹿な…信頼だけで暴走が止まるなど…」
クラウスは剣を構え直す。
「研究は終わりだ」
一歩。
床が鳴る。
「彼女は連れて帰る」
空気が裂けた。
戦闘が始まるーーその直前。
リシェルの拘束具が、淡く光り始め、ガルディアが目を瞠る。
「なっ…!?まさか…!?」




