41.潜入
夜の王都外れ。
旧王立研究所跡地は、月明かりの下で不気味に沈黙していた。巨大な石造建築に朽ちた外壁。閉鎖されたはずの場所が、今は違う。建物全体を覆う結界が淡く光り、周囲には王宮近衛が巡回している。空気そのものが重かった。
「……趣味の悪い場所ですね」
セレナが小声で呟く。黒い外套に身を包み、物陰から研究所を見上げていた。隣にはクラウス、その後方には選抜騎士達。全員が完全武装だった。クラウスは建物を睨む。
「地下に封印区画がある」
「お姉様はそこに……」
「ああ、おそらく。この感じだと間違いないだろう」
セレナの拳が震えた。怖い、でも行くしかない。クラウスは短く指示を飛ばす。
「第一班は西側陽動、レオルド、頼むぞ」
「任せとけ、大事な親友の一大事だからな」
「第二班は結界解除補助。そして俺とレオン、セレナ嬢で地下へ向かう」
「了解!」
騎士達が散開するが、レオンは1人茫然としていた。俺が…?一大事なはずだ。俺でいいのか…?
戸惑っているとクラウスが近づいて言う。
「レオン」
「はい!」
「お前が白毒蜘蛛に襲われた時の薬、調合したのはリシェルだ」
「は…え!?」
「命の恩人だろ。結婚は申し込ませないがお前の女神だ。ここで恩を返せ」
「………はい!!!必ず!」
「その意気だ」
数秒後。西側で爆音が響いた。
「侵入者だ!」
「迎撃班、急げ!」
近衛騎士達が一斉に動く。
その隙を狙って動く。
「行くぞ」
クラウスが走り出す。セレナ達も続いた。裏口にまわる。既に結界解除班が術式を破壊している。青白い魔法陣が砕け散った。
「突破可能です!」
クラウスは扉を蹴破る。轟音とともに埃が舞った。
研究所内部は薄暗い。長い廊下に無数の部屋、どこか薬品臭い、鬱々とした空気。セレナは思わず顔をしかめた。
「……嫌な感じ」
「研究施設だからな」
レオンが低く答える。だがクラウスは無言だった。視線が鋭い。まるで獲物を探す獣のように。
「侵入者発見!!」
前方から魔術師達が現れた。杖が向けられ、魔法陣を展開しようとするが、
「排除ーー」
最後まで言わせなかった。クラウスが一瞬で踏み込む。銀閃が走る剣撃に魔術師達の杖がまとめて吹き飛んだ。
「ぎゃあっ!?」
「なっ…!」
「騒ぐな」
圧倒的だった。セレナが若干引く。味方なのに怖い。クラウスは倒れた魔術師の襟を掴んだ。
「地下封印区画はどこだ」
「だ、誰が言うーー」
べしゃっ。床へ叩きつけられる。
「どこだ」
「ひっ……!」
目が完全に据わっている。魔術師が涙目で叫んだ。
「地下三層です!!」
クラウスは即座に手を離した。
「行くぞ」
再び走り出す。セレナは慌てて追いかける。
「ク、クラウス様ちょっと怖いです…」
「…今更だろ」
レオンが遠い目をした。
階段を駆け下りる。
一階。
二階。
地下へ進むほど空気が冷たくなる。嫌な魔力が満ちていた。そして地下三層へ到達した瞬間、セレナの顔色が変わる。
「……何、これ」
広い部屋の両側に並ぶ檻。
鎖のついた封印部屋に研究器具、拘束具、魔力測定装置。人体実験そのものだ。空気全体が瘴気に包まれているようで悪寒がする。
セレナが真っ青になり両手で抱える仕草をする。レオンもあまりのひどさに青ざめたまま絶句している。
「こんなの……!」
クラウスの表情も消えていた。殺気が増す。その時、廊下奥から声が響いた。
「ここまで来るとは」
白髪の男、ガルディア卿。その背後には複数の魔術師達。ルブァインもいる。強力な魔法陣が展開される。ガルディアは冷たくクラウスを見た。
「愚かな真似を。副団長がわざわざこんなところにまで入り込んで…何の権限がある」
「リシェルはどこだ」
「…国家管理対象に、随分執着する」
「質問に答えろ」
空気が震える。
ガルディアは小さく息を吐いた。
「彼女は危険だ。普通の人間として扱える存在ではない。化け物には大人しくしていてもらわないと困るだろう。皆が危険にさらされる」
「…違う!!」
クラウスから殺気が溢れ出す。剣を構える。
「お前達が、彼女を化け物に仕立て上げているだけだ!」
ガルディアの目が細くなる。
「それはただの感情論だ、何の役にも立たない」
「だから何だ」
一歩、前へ。
「リシェルはひとりの人間だ!感情で守りたいと思って何が悪い」
その瞬間。
ガルディアが杖を掲げた。
「排除しろ」
魔法陣が一斉に輝き、ついに戦闘が始まる。轟音、爆発。地下施設全体が揺れた。レオンもセレナもそれぞれ剣を握り締める。
「お姉様……待ってて」
必ず。
今度こそ。
一人にはしない。




