40.奪還作戦開始
夜の王都を、冷たい風が吹き抜けていた。騎士団本部の地下作戦室には、重い空気が満ちている。机の上には旧王立研究所の見取り図と侵入経路。警備配置予測、魔術結界の解析資料。
騎士達が慌ただしく動き回る中、クラウスだけは異様な集中力で資料を読み込んでいた。
「地下三層に封印区画がある可能性が高い」
「転移阻害結界あり。通常侵入は困難です」
「正面突破なら近衛と交戦になります」
「構わない」
あまりの即答に騎士達が遠い目をする。副団長がずっと怖い。
その時。
「私も行きます」
凛とした声が響いて、全員が振り返る。セレナだった。作戦室の入口に立ち、真っ直ぐクラウスを見ている。
クラウスが眉を寄せた。
「駄目だ」
「まだ何も言ってません」
「危険だから駄目だ」
「お姉様を助けに行くんですよね?だから、私も行きます」
「セレナ嬢」
「嫌です」
食い気味だった。クラウスが額を押さえる。セレナは一歩も引かない。
「遊びじゃない」
「分かっています…王宮魔術院がどれだけ危険かも、お姉様が今どれだけ怖い思いをしてるかも分かってます」
その声が少し震える。
「だから行くんです」
室内が静まった。セレナは拳を握る。
「以前までの私は何もできませんでした…お姉様が北棟へ閉じ込められている時も、会いたいのに会いに行けなくて、ずっと苦しませてしまった」
後悔だった。
幼い頃からずっと抱えてきた。
セレナの目に涙が滲む。
「私の体が弱いせいで、お姉様はいつも一人だった。なのに私は、仕方ないで逃げてた、でも、今は違う」
顔を上げる。
「私は、お姉様の妹です。今度こそ隣にいたい。少しなら戦えます。絶対足手まといになることはしません!戦力は1人でも多い方がいいはずです、だから、連れて行ってください!」
強い声だった。
クラウスは黙って彼女を見つめた。似ている、と思った。この姉妹は本当に似ている。大切な人のためなら、自分を後回しにするところが。
確かに、彼女が騎士団に混じって訓練をしているのを何度か見かけたことがある。もしかして、自分が弱いせいで会えないと思っていたのか…。クラウスは小さく息を吐いた。
「……危険だぞ」
「承知の上です」
「泣くかもしれない」
「多分泣きます」
「敵もいる」
「殴ります」
「物騒だな」
「お姉様絡みなので」
一瞬の間ののち、クラウスが吹き出した。周囲の騎士達が驚愕する。副団長が笑った。さっきまで殺気の塊だった男が。
「……分かった」
クラウスはようやく頷く。
「ただし俺の指示には従え」
「はい!」
セレナの顔がぱっと明るくなる。その瞬間。
「セレナ」
低い声。侯爵夫人だった。いつの間にか部屋の入口に立っていた。セレナが振り返る。
「お母様……」
夫人は娘を見つめる。その瞳には不安が滲んでいた。当然だ。危険な作戦に、娘を送り出したい母親などいない。だが夫人はゆっくり歩み寄ると、そっとセレナの頬へ触れた。
「……お願い」
掠れた声。
「リシェルを、連れて帰ってきて」
セレナの瞳が揺れる。夫人は泣きそうだった。きっと本当は、自分で行きたいのだ。けれど母親として侯爵家を守らねばならない、しかも自分には、戦う力はない。だから娘へ託す。
セレナは強く頷いた。
「はい」
涙を堪えながら笑う。
「絶対、お姉様を連れて帰ります」
侯爵夫人は娘を抱き締めた。震えていた。
「お願い……」
「大丈夫です。私も昔の私とは違います」
セレナは母の背を撫でる。
「しかも、お姉様にはクラウス様がいますから」
その言葉に、室内の視線が一斉にクラウスへ向いた。クラウスは真顔だった。
「当然守る」
即答。迷いゼロ。
騎士達がまた遠い目をする。重い空気だった作戦室に、少しだけ笑いが零れた。
クラウスの視線が地図へ戻る。
空気が再び引き締まった。
「出発は一時間後」
低い声が響く。
「ーー奪還作戦を開始する」




