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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第五章 奪還

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39.君が来ると信じてる


 騎士団本部は、かつてないほど殺気立っていた。廊下を駆ける騎士達に、飛び交う怒号。

 地図と資料が次々机へ広げられていく。


「王宮魔術院地下施設の候補地点は三つ!」

「転移痕の追跡班、急げ!」

「近衛側の動きは!?」

「既に王宮防衛線が強化されています!」


 完全な非常事態だった。その中心にいる男だけが、異様なほど静かだった。クラウスだ。彼は作戦卓の前に立ち、無言で地図を見下ろしている。

 

 ーーだが。

 周囲の騎士達は知っていた。

 今の副団長が、一番危険だと。


「……副団長」


 側近の騎士レオンが慎重に声を掛ける。


「少し落ち着いてください」

「落ち着いてる」

「全然そう見えません…」


 クラウスの周囲だけ空気が重い。怒気が漏れている。しかも本人に自覚がない、それが余計に怖かった。


「……王宮に正面から突っ込む気ですか」

「必要なら」

「必要しか感じてませんよね?」

「当然だろう」


 クラウスは地図へ指を滑らせる。


「王宮魔術院地下。外部秘匿区域。転移封鎖あり。研究施設を兼ねている」


 淡々と分析する。


「なら実験対象として扱われる可能性が高い」


 その瞬間、机の端が、ミシッと軋んだ。クラウスが無意識に握り潰しかけている。レオンが青ざめた。


「副団長、机、机」

「……失礼」


 全然失礼で済む圧じゃない…。騎士達が震える。だがクラウス本人は気づいていなかった。頭の中が、リシェルでいっぱいだった。あの怯えた顔。


『クラウス様ーー!!』


 最後の叫び、あれが耳から離れない。胸が焼ける程苦しい。怖かっただろう…泣いているだろう。また自分が悪いと思い込んでいるに違いない。その想像だけで理性が削れる。  



「……殺す」


 ぼそり。

 室内が静止した。

 レオンが恐る恐る聞き返す。


「今なんて?」

「いや」


 クラウスは真顔だった。


「まだ殺してない」

「駄目ですからね!?」


 即座に止められる。

 だがクラウスは不機嫌そうだった。


「研究目的で彼女を攫った連中だぞ」

「それでも王宮関係者です!!」

「知るか」


 またそれだ。騎士達は頭を抱えた。副団長が恋愛するとこうなるのか。知らなかった……知りたくなかった。


 その時。

 勢いよく扉が開く。


「クラウス殿!!」


 侯爵だった。その後ろにはセレナと侯爵夫人もいる。皆、顔色が悪い。クラウスはすぐ立ち上がった。


「何か分かりましたか」

「地下施設候補の一つが旧王立研究所跡地だ。現在は閉鎖区域扱いだが、魔術院管轄になっている」

 

 侯爵が地図を叩きながら言う。クラウスの目が鋭くなる。


「転移反応は?」

「そこだけ不自然に遮断されていた」

「……黒ですね」


 クラウスは剣を掴む。だが侯爵が低く言った。


「待て」

「止めないでください」

「単独で突っ込む気だろう」

「当然です」

「当然じゃない!!」


 珍しく侯爵が怒鳴った。クラウスが目を瞬く。侯爵は額を押さえた。


「気持ちは分かる……!」

「なら」

「だが娘を助ける前に、君が死んだら意味がないだろう…!!」


 クラウスが黙る。侯爵は深く息を吐いた。


「リシェルは……君が来ると信じてるはずだ」


 その言葉が胸に刺さった。


「だから焦るな。助け出す方法を一緒に考えよう」


 クラウスは目を閉じる。

 数秒。

 やがて小さく息を吐いた。


「……失礼しました」


 ようやく少し冷静さが戻る。レオン達が心の底から安堵した。本当に怖かった。だが次の瞬間。


「では、全戦力で奪還します」


 クラウスが言った。静かな声だった。しかしその目には、獣のような光が宿っている。


「王宮が相手でも関係ありません」


 騎士達が息を呑む。クラウスは剣を腰に差した。


「リシェルを取り戻す」


 その一言だけで十分だった。

 

 ーー全員が理解する。何を言ってもダメだ。

 

 この男は、絶対に止まらない。

 愛する人を奪われた騎士はもう、誰にも止められない。


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