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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第五章 奪還

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38.檻の中


 冷たい。最初に感じたのは、それだった。肌を刺すような寒気に湿った石の匂い、遠くで水滴が落ちる音。


「……ぁ……」


 リシェルはゆっくり目を開けた。視界がぼやける。身体が重い。手首に鈍い痛みを感じ、視線を落としーー息が止まった。


 銀色の枷。


 複雑な魔法陣が刻まれた拘束具が、両手両足を封じていた。


「……っ」


 王宮級の魔力封印に気づき青ざめ全身から力が抜ける。

 周囲を見回すと、そこは石造りの部屋。窓はなく、鉄格子。薄暗い灯り。完全な牢獄だった。


「……ここ、は……」

「王宮魔術院地下研究棟」


 低い声にリシェルの肩が跳ねる。鉄格子の向こうに、白髪の男が立っていた。ガルディア卿。氷のような眼差しがリシェルを見下ろしている。リシェルは反射的に身体を縮めた。


「安心しなさい」


 ガルディアは淡々と言う。


「君は国家管理下に置かれただけだ」

「……っ」

「『魔喰い』は危険だ。野放しにはできない」


 その言葉が胸に刺さる。危険…管理、やはり自分は、そういう存在なのだ。ガルディアは続ける。


「侯爵家は感情に流され過ぎた。本来なら、幼少期に王宮へ引き渡されるべきだったのだ」


 リシェルの瞳が揺れる。


「……やめて」

「現実を見なさい」


 冷たい声。


「君は普通ではない」 


 リシェルの指先が震えた。分かっているーーそんなこと…ずっと前から。


「その力は災害級だ。一歩間違えば多くの命が失われる」

「……」

「だから管理する。研究し、制御法を確立する」


 まるで人ではなく、道具を語る口調だった。リシェルは俯く。胸が痛い、怖い。

 

 でもーー


 どこかで納得してしまう自分もいた。自分は危険だ、だから閉じ込められる。それが当然なのだと。


 ガルディアは鉄格子越しに彼女を見つめた。


「協力的なら苦痛は少ない」

「……協力?」

「検査だ」


 リシェルの顔色が変わる。ガルディアは表情一つ変えなかった。


「『魔喰い』は極めて希少だ。研究価値は高い」


 研究…?その単語に、胃が冷える。まるで人間扱いされていない。リシェルは小さく震えた。



「……いや」

「拒否権はない」


 その時だった。廊下の向こうから、複数の足音。白衣の研究員達が現れる。彼らは興奮したように囁き合っていた。



「本当に『魔喰い』か」

「思ったより普通の娘だな」

「魔力反応値は?」

「封印下でも異常数値だ」

「興味深い……」




 視線、視線、視線。まるで珍しい動物を見るような目。リシェルは呼吸が乱れた。


「……やだ」


 誰か助けて。頭の中に浮かぶのは、たった一人ーークラウス。


 だが、ここにはいない。もう会えないかもしれない。その事実が胸を締め付けた。


「クラウス、様……」


 小さな声だったが、ガルディアは聞き逃さなかった。


「ヴァルク卿か」


 冷淡に言う。


「無意味だ。ここは王宮魔術院最深部。騎士団ですら容易には踏み込めない」


 リシェルの瞳から涙が零れる。


「……っ」

「諦めなさい」


 その言葉は残酷なほど静かだった。


「君はここで生きるしかない」


 ガルディアは踵を返す。研究員達も続いた。重い扉が閉まる鉄の音がした後は、完全な静寂。リシェルはその場で膝を抱えた。


 怖い。

 寒い。

 苦しい。

 涙が止まらない。


「……やっぱり」


 震える声が漏れる。


「私は……化け物、なんだ……」


 誰かを好きになってはいけなかった。幸せを望んではいけなかった…。期待したから、夢を見たから、こんなふうに壊れる。リシェルは顔を伏せ、静かに泣いた。




 一方その頃。

 王都では、クラウスが騎士団本部の扉を蹴り開けていた。轟音に室内の騎士達が息を呑む。普段冷静な副団長とは別人だった。


「副団長……!」

「総員招集」


 低い声。

 だが圧が凄まじい。


「王宮魔術院地下施設の位置を割り出せ」

「し、しかし相手は王命を――」

「知るか」


 空気が凍った。

 クラウスの瞳には、一切の理性がなかった。


「リシェルが泣いてる」


 拳が震えている。


「だったら、助けに行く以外あるか」


 その瞬間、騎士団全員が悟った。

 ーーああ…

 副団長、完全にキレてる。

 そして。

 誰にも、もう止められない。


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