36.あなたの娘は、愛されている
リシェルは落ち着かなかった。朝からずっと心臓がうるさい。鏡を見るたび昨夜を思い出してしまう。
『愛してる』
『私も、クラウス様が好きです』
思い返す度、顔が熱くなった。
「うぅ……」
ベッドへ突っ伏す。無理だった。恥ずかしすぎる。昨夜の自分はどうかしていたのではないか。いや、でも全部本心でーー
「お姉様?」
「ひゃぁっ!?」
突然の声に飛び跳ねる。セレナが呆気に取られた顔で扉の前に立っていた。
「え、何ですか今の可愛い悲鳴」
「な、なんでもないです!」
「絶対なんでもありますよね!?」
セレナは目を輝かせた。その瞬間、彼女は気づく。姉の耳まで真っ赤だ。しかも机には、明らかに何度も読み返した形跡のあるメモ。そしてふわふわしている。分かりやすすぎた。
「……えっ」
セレナが口元を押さえる。
「まさか」
リシェルの肩が跳ねた。
「まさかまさかまさか」
「セ、セレナ……?」
「進展しましたね!?!?」
「〜〜〜っ!!」
図星だった。リシェルは真っ赤になって顔を覆う。セレナは歓声を上げそうになるのを必死で堪えた。
「聞かせてください!全部!!」
「む、無理です……!」
「姉妹に隠し事ですか!?」
「うぅ……!」
押しに弱い。結局リシェルは昨夜の出来事をぽつぽつ話すことになった。途中で何度も羞恥で止まりながら。だが聞き終えたセレナはーー
「っっっ〜〜〜〜!!!!」
その場で悶えた。
「せ、セレナ!?」
「何ですかそれぇぇぇぇ!!少女小説ですか!?いやいや少女小説でもそんな完璧な告白ありませんけど!?!?」
「お願いだから静かに……!」
「無理です!!」
セレナは机を叩いた。
「『守られていい』!? 『愛してる』!?クラウス様、強すぎません!?!?」
「うぅ……」
リシェルは羞恥で涙目だった。そんな姉を見て、セレナはふっと笑う。
嬉しかった…本当に。姉は優しくて、でもどこか自分を後回しにする人だった。今もそれは変わらない。
けれど今は、隣に手を引いてくれる人がいる。姉が幸せそうで。それがたまらなく嬉しかった。
「お姉様」
セレナはそっと笑った。
「よかったですね」
その言葉に、リシェルは目を丸くする。そして少し照れながら、小さく笑った。
「……はい」
その笑顔は、以前よりずっと柔らかかった。
◇
一方その頃、クラウスは侯爵家本館に呼び出されていた。重厚な執務室。机を挟んで向かい合うのはアルヴェイン侯爵。
…空気が重い。侯爵は無言でクラウスを見つめていた。対するクラウスも視線を逸らさない。やがて侯爵が低く口を開く。
「……娘に近づく理由を聞こう」
試すような声音だった。
クラウスは静かに答える。
「理由ならあります」
「ほう」
「私はリシェル嬢を愛しています」
沈黙。
侯爵のこめかみが引きつった。
「……随分と直球だな」
「誤魔化す必要がありますか?」
「普通はもう少し段階を踏む」
「踏んでいる時間が惜しいので」
侯爵が頭を抱えた。あまりにも真顔だったからだ。クラウスは続ける。
「私は彼女と正式に婚約したい」
侯爵の眉が跳ねる。
「本気か」
「本気です」
「……娘は特殊だぞ」
「知っています」
「王宮にも狙われている」
「承知しています」
「命を狙われる可能性もある」
「それでもです」
何を言っても即答だった。
侯爵は言葉を失う。クラウスの瞳には、一切の迷いがなかった。打算も同情もない。あるのは、ただ純粋な覚悟。侯爵は長く息を吐いた。
「……リシェルは」
ぽつりと呟く。
「自分が愛されることに慣れていない」
「ええ」
「だから、おそらくお前を何度も困らせるぞ」
「でしょうね」
クラウスは苦笑した。
「ですが、そのたび何度でも伝えます」
真っ直ぐに。
「あなたの娘は、愛されていると」
侯爵は目を見開く。
その瞬間。
父親として、理解してしまった。
ーーああ、駄目だ。
この男は本気だ。
娘を、一生離さない気だ。
そしてたぶん。リシェルももう、この男なしでは笑えない。侯爵は額を押さえた。
「……頭が痛い」
「許可をいただけますか」
「まだやらん」
「…そうですか」
「いや諦めるなよ」
「当然です」
ニヤリ。
侯爵は深くため息を吐いた。
だが、その表情は、どこか安心していた。北棟に閉じ込められ、孤独に震えていた娘にようやく、『未来』をくれる相手が現れたのだから。
いつも読んでいただきありがとうございます!
ようやく両思いになれました!長かった…
完結まであともう少しだけお付き合いくださいm(__)m




