表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第四章 平和な日常の終わり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/50

35.愛してる


 リシェルが泣き疲れて眠ったのは、空が白み始めた頃だった。クラウスは椅子に腰掛けたまま、静かに寝息を立てる彼女を見つめていた。


 泣き腫らした目。

 涙の跡。


 けれど、その表情はどこか穏やかだった。



 ーー十八年間。

 彼女はずっと怯えて生きてきた。愛されたいと願うことすら罪だと思い込みながら。

 怯えた目。震える手。

 全てを諦めたような表情。


 クラウスは拳を握る。胸の奥が痛かった。怒りだった、彼女をここまで追い詰めたもの全てへの。


 彼女は何も悪いことをしてない。それなのに、何故…。どこに怒りをぶつけたらいいかすら分からず、ただ、苦しかった。


 だが同時に、それ以上の感情が胸を満たしていた。

 

 ……愛しい。


 ただ、その一言に尽きた。薬草を触る時の優しい指先。誰かを傷つけないよう怯える不器用さ。褒められるたび信じられない顔をするところ。少しずつ笑えるようになったところ。真っ赤な顔。


 全部。

 全部、愛しかった。


「……俺はもう駄目だな」


 苦笑が漏れる。とっくに手遅れだった。

 

 彼女なしではいられない。

 守りたい。

 笑っていてほしい。

 幸せにしたい。



    ◇



「……クラウス、様?」


 掠れた声。

 リシェルがゆっくり目を開けていた。寝起きのせいで、ぼんやりしている。クラウスは思わず表情を緩めた。


「起きたか」

「……私……」


 昨夜の記憶を思い出したのだろう。

 リシェルの頬がみるみる赤くなる。


「ご、ごめんなさい……!あんな、取り乱して……!」

「謝るな」


 クラウスは静かに立ち上がると、彼女の前へ歩み寄った。

 そして片膝をつく。

 リシェルの瞳が大きく揺れた。


「ク、クラウス様……?」

「聞け」


 真剣な声だった。その響きにリシェルの呼吸が止まる。クラウスは彼女を真っ直ぐ見つめた。逃がさないように、誤魔化さないように。


「俺は、君を守りたい」


 リシェルの睫毛が震える。


「誰に狙われても、何を恐れていても、全部まとめて背負う」

「……」

「君が泣くなら支える。苦しむなら隣にいる。もう二度と、一人で諦めさせたりしない。」



 クラウスは一瞬目を閉じた。

 次に開いた瞳には、決意だけが宿っていた。



「……愛してる」




 世界が止まった。

 リシェルの思考が真っ白になる。


「え……」


 理解が追いつかない。だがクラウスは逸らさなかった。


「愛してる、リシェル」


 今度ははっきりと。

 一言ずつ丁寧に告げられる。


「最初は放っておけなかっただけだった。けど気づけば、君のことばかり考えていた」


 クラウスは苦く笑う。


「笑えば嬉しくて、泣けば苦しくて、誰かに取られる想像だけで腹が立つ」

「……っ」

「こんなの、恋以外に何だって言う」


 リシェルの目から涙が零れた。けれど昨夜とは違う。温かい涙だった。


「私、は……」


 声が震える。


「私なんか……」

「またそれを言うなら口を塞ぐぞ」


 真顔で言われた。リシェルが呆然とする。クラウスは深く息を吐いた。


「自分を卑下するな。君が思っている以上に、君は大切にされてる」

「……」

「少なくとも、俺にとっては」


 優しい声にリシェルの胸が締め付けられる。苦しいほど幸せだった。こんな感情、知らなかった。ずっとずっと、欲しかった。誰かに必要だと言ってほしかった。生きていていいと、認めてほしかった。

 

 そして今。

 

 目の前の人が、それを全部くれる。リシェルは泣きながら笑った。


「……ずるいです」

「何がだ」

「そんなこと、言われたら……」


 逃げられない。

 もう、自分の気持ちを誤魔化せない。リシェルは震える手で、そっとクラウスの服を掴んだ。


「……私も」


 喉が詰まる。

 それでも、伝えたかった。


「私も、クラウス様が好きです……」


 クラウスの瞳が見開かれる。


「ずっと…怖かったけど……会えるのが嬉しくて……隣にいてくれるだけで、幸せで……」


 涙が零れる。


「好きに、なってしまいました……」


 沈黙。

 次の瞬間。

 クラウスは勢いよくリシェルを抱き締めた。


「っ、わ……!?」

「……駄目だ、本当に嬉しい」


 声が掠れていた。普段冷静な彼らしくない。リシェルは目を丸くし、それからふわりと笑った。

 その笑顔を見た瞬間、クラウスは完全に理性が吹き飛びそうになる。


「……可愛い」

「えっ」

「自覚しろ」

「む、無理です……!」


 真っ赤になるリシェルに、クラウスは堪えきれず笑った。

 


 北棟に、初めて明るい笑い声が響く。

 長い孤独の果てに、二人はようやく、同じ未来を見つけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ