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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第四章 平和な日常の終わり

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33/50

33.嫌じゃない、むしろ


「婚約……?」



 リシェルは呆然と呟いた。全く理解が追いつかない。王太子との婚約?何故そんな話になるのか…。


 侯爵の表情は苦かった。


「確かに王家が昔から使う手だ。利用価値の高い貴族令嬢を囲い込むためのな」


 侯爵夫人が青ざめる。


「そんな……」

「しかも今回は、『保護』という名目も使える」


 グレイが低く続けた。


「王太子妃候補として迎え、その上で王宮管理下へ置くつもりでしょう」



 リシェルの血の気が引いた。それはつまり、一生、自由を奪われるということだ。

     

「嫌です……」


 小さな声。


「絶対、嫌……」


 震える声だった。王太子がどんな人かすら知らないが、これだけは分かる。そこに自分の意思は存在しない。ただ利用されるだけなのだろうということ。


 クラウスの魔力が一瞬だけ揺れた。

 怒りだ。


「勝手に決めるな」


 低く冷たい声。グレイが肩を竦めて言う。


「ですよね…」


 侯爵が難しい顔をする。


「だが王命が絡めば厄介だ」

「だから夜会で既成事実を作る気なんでしょう」


 グレイの言葉に、室内が重くなる。

     

 

「……断れないんですか」


 リシェルが不安そうに尋ねた。侯爵はすぐ答えられなかった。王家相手の婚約辞退。下手をすれば反逆扱いだ。


「普通なら難しい」


 グレイが代わりに答える。


「ですが」


 彼はちらりとクラウスを見る。


「先に正式な婚約者がいれば別です」


 数秒間の沈黙の後ーー



 セレナの目が輝いた。


「なるほど!!」

「え?」

「クラウス様と婚約すればいいんです!」


 リシェルの思考が停止した。


「…………え?」

     


「名案ですね。副団長は公爵家筋ですし、身分的にも問題ない」

「待ってください!!」


 リシェルが真っ赤になって立ち上がる。


「そ、そんな簡単に……!」

「確かに、そんな簡単な話じゃない」

「そう…ですよねぇ……」


 クラウスの言葉にリシェルの心臓が止まりそうになる。やっぱり…化け物なんかと婚約なんて…

 

 マイナス思考に囚われ泣きそうになったその時、クラウスが真っ直ぐ彼女を見て言った。


「でも嫌じゃない」

「っ……!」


 息が止まりそうになる。

 セレナがきゃーっと騒ぎ始めた。


「もうこれ実質プロポーズでは!?」

「落ち着きなさいセレナ」


 侯爵夫人はそう言いながら楽しそうだった。

 侯爵だけが頭を抱えている。


「展開が早すぎる……」

     



 リシェルは完全に混乱していた。王家から逃れるためには確かにそれが1番かもしれない。婚約…クラウスと?そんなの、嬉しくないわけがない。でもーー



「わ、私なんかが……」


 思わず漏れた言葉にクラウスの眉がぴくりと動く。


「またそれか」

「え……」

「私『なんか』って言うな」


 低い声だった。

 怒っているわけではないが、真剣だ。


「君はもっと、自分を大事にしろ」


 リシェルは目を見開く。


「でも、私は危険で……」

「危険なら俺が制御する」


 即答だった。


「誰より近くで。一生でも付き合う」


 静まり返る室内。リシェルの顔が一気に赤くなる。


「ク、クラウス様……!」

「そうすれば大丈夫だろ?」


 本人だけ平然としている。

 セレナが小声で呟いた。


「この人、天然で口説いてる……」

     


 クラウスは少しだけ表情を和らげた。


「リシェル」

「……はい」

「無理にとは言わない」


 静かな声。


「でも、君が嫌じゃないなら、俺は正式に君を守る立場になりたい」


 リシェルの胸がいっぱいになる。クラウスはいつも優しい。ちゃんと自分の意思を待ってくれる、絶対に押し付けない。その誠実さが、どうしようもなく好きだった。


「……嫌じゃ、ないです」


 小さな声。でも確かな本音。クラウスの目が細められる。


「むしろ……」


 リシェルは顔を真っ赤にしたまま俯いた。


「嬉しい、です」


 沈黙。

 次の瞬間。

 セレナが爆発した。



「きゃーーーー!!!」

「近所迷惑だぞセレナ」

「だってぇぇぇ!!」


 侯爵夫人まで涙ぐんでいる。


「まあ……!」


 侯爵は深く顔を覆った。


「娘の成長が眩しい……」



     ◇



 そんな穏やかな空気の中。

 クラウスだけは静かに考えていた。


 夜会。

 王家。

 そしてルヴァイン。


 恐らく簡単には終わらない。

 むしろここからが本番だ。


「……絶対守る」


 誰にも聞こえないほど小さく呟く。その視線の先には、恥ずかしそうに俯くリシェルがいた。


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