30.好きだから守る
轟音が屋敷全体を揺らしていた。窓の外では、白銀と蒼の魔術光が激しくぶつかり合っている。リシェルは思わず振り返った。
「クラウス様……!」
胸が苦しい。置いていかれるのが怖い。大切な人を失う気がして…
「リシェル様!」
グレイが焦った声を上げる。
「急いでください!」
地下避難路入口では隠し扉が開かれている。侯爵夫人も不安そうに娘の手を握った。
「今は逃げるのよ」
「でも……!」
「お姉様!」
セレナが真っ直ぐ彼女を見る。
「クラウス様は絶対来てくれます!だから今はとにかく逃げましょう…!」
その言葉に、リシェルは唇を噛んだ。信じたい…けど、どうしようもなく怖い。すると、遠くから
「邪魔だ」
という低い声がした。直後に爆発音、さらに悲鳴が聞こえてくる。王宮魔術師達が次々吹き飛ばされていく。リシェルは思わず目を見開いた。
「……クラウス様」
どんな時でも、あの声を聞くだけで安心してしまう。
一方クラウスは正面広間で王宮魔術師達を迎え撃っていた。もちろんひとりだが、クラウスにとっては何の問題もなかった。
「くっ……!」
「速すぎる!」
複数人が同時に魔術を展開する。炎槍、拘束鎖、氷結結界など次々に襲ってくるが、
「遅い」
クラウスの剣が閃いた瞬間、全ての魔術が真っ二つに裂けた。魔力ごと斬り裂く、異常な剣技だった。
「化け物か……!」
「失礼な。俺を誰だと思っている。こんな攻撃が効くわけないだろう」
クラウスの目は完全に冷えていた。リシェルを狙った時点で、一切容赦する気はない。
攻撃してもしてもクラウスには痛くもかゆくもないようで、魔術師たちがたじろいでいると
「対象確保を優先しろ!」
奥から声が響く。
魔術師達の後方に一人の男が姿を現した。銀縁眼鏡に整った顔、白衣を着用したルヴァインだった。
「やはり来たか」
クラウスの声が低くなる。ルヴァインは穏やかに笑った。
「随分手荒い歓迎ですね、さすがは副団長だ」
「黙れ」
「私はただ、危険因子を管理したいだけですよ?素直に渡してくれれば貴方やアルヴェイン家には何もしな」
「ふざけるな!何が危険因子だ、研究材料の間違いだろ。リシェルは人間だ。物みたいな言い方はやめろ」
話を遮って怒鳴るクラウス。ルヴァインは否定しなかった。むしろ興味深そうにクラウスを見る。
「そこまで執着する理由は?ただの任務とは違いますよね?」
クラウスは剣を構える。
「……好きだから守る。それだけだ」
一瞬、空気が止まった。
王宮魔術師達がざわつく。
「副団長が……?」
「本気か……?」
ルヴァインだけは笑みを深めた。
「なるほど…それは厄介だ。ですが」
ルヴァインの目が冷える。
「彼女は国家管理対象です!」
直後。凄まじい魔力圧が放たれた。床が軋む。王宮魔術師達が息を呑む。ルヴァイン自身、とんでもない実力者だった。
「副団長、貴方は強い。ですが一人で王宮へ逆らえるとでも思っているのですか?」
「そっちこそ。俺を倒せるものならやってみろ。リシェルは絶対に渡さんぞ」
クラウスは一歩も退かない。その姿に、ルヴァインの笑みが僅かに消えた。
◇
一方。
地下避難路を急ぎ足で進んでいたがリシェルは何度も後ろを振り返ってしまう。
「大丈夫ですよ」
グレイが言った。
「副団長は負けません」
「……はい」
頭では分かっている…でも不安だった。
その時。
ズキン。
「っ……!」
突然、胸が痛む。
リシェルが胸を抑えて足を止めた。
「リシェル様?」
魔力がざわつく。嫌な感覚。まるで誰かが傷ついているみたいな。
「う…、クラウス様……?」
息が苦しい、心臓が痛い。涙が出そうになる。これは…
◇
同時刻。
地上ではクラウスがルヴァインの放った高位拘束術を斬り裂いていた。が、避けきれずに掠めてしまう。
「……っ」
腕から血が滴る。僅かに掠っただけで深い傷。普通の魔術ではない。
「魔力侵食型か」
クラウスが舌打ちする。
ルヴァインは静かに笑った。
「さすがですね…これを見切りますか」
危険だ。相手は単なる研究者ではなく、おそらくかなり戦闘経験も豊富だ。油断したらヤバいかもしれない。そう思いつつもクラウスはむしろ笑った。
「面白い」
言うと同時に彼の魔力が爆発的に膨れ上がり空気が震える。とたんに王宮魔術師達の顔色が変わった。
「なっ……!?」
「これが副団長の本気……!?」
「今までは本気じゃなかったのか…」
クラウスは剣を構え、群青の瞳を鋭く細めた。低く響く声で言う。
「リシェルを連れて行きたいなら…。まず俺を殺してみろ!!」
次の瞬間。
凄まじい衝撃波と共に、戦場が爆ぜた。
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