29.始まってしまった戦い
「魔力を…喰らう………?」
リシェルの声は震えていた。意味が分からない。いや、理解したくなかった。
グレイは静かに続ける。
「通常の魔喰いは、他者の魔力を吸収する性質です。ですが古い禁書には、それを超える存在について記されています」
侯爵が険しい顔になる。
「……原初の魔喰い」
グレイが頷いた。
「魔力、魔術、結界、加護、ありとあらゆる『魔』を喰らう災厄」
リシェルの身体が小さく震えた。災厄、またその言葉だ。私はやはり、危険な存在なんだ…
「違う!」
クラウスが即座に言った。全員が彼を見る。クラウスはリシェルの肩を抱いたまま、静かに続ける。
「少なくとも、俺はそう思わない」
「副団長……」
「もし本当に危険なら、君はとっくに周囲を壊してるはずだ。今だって、君の周りには誰もいないはず、でもそうじゃないだろ?」
リシェルは目を見開く。
「でも私は、暴走を……」
「制御出来てる。それに君は、自分より他人を優先して苦しむ奴だ。そんな人間が、ただの災厄なわけない」
クラウスは本気でそう思っていた。侯爵も静かに頷く。
「我々も同じ考えだ」
「お父様…」
「確かに、お前の力は危険かもしれんが、それだけでお前自身を否定する気はない。お前が私たちの娘であること、それが事実だ」
侯爵夫人が涙ぐみながら微笑む。
「リシェルは優しい子よ」
セレナも勢いよく頷いた。
「お姉様は世界一優しいです!」
リシェルの胸が熱くなる。怖かった…。正体を知れば、皆離れていくと思っていた。でも違う。誰も自分を見捨てない。
その時だった。
――ビリッ。
突然、屋敷全体が震えた。
「!?」
窓ガラスが軋む。空気が重くなる。クラウスが瞬時に立ち上がる。
「魔力結界が揺らいでる」
グレイの顔色が変わった。
「外部干渉です!」
次の瞬間。
ドォン!! という轟音。遠くで爆発音が響いた。
「敵襲!?」
セレナが青ざめる。
執事が飛び込んできた。
「旦那様! 正門が!」
「何があった」
「王宮魔術師達が強制突入を……!」
空気が凍る。
「早すぎる」
クラウスの目が鋭くなる。召喚命令は三日後だったはずなのに、それを待たずに来た、つまり、王家側は既に強硬手段へ切り替えた。
「リシェル様を確保する気です!」
グレイが叫んだ瞬間、屋敷全体へ警報結界が走った。赤い光が廊下を染める。
「地下避難路を使え!」
侯爵が即座に命じる。
「セレナ、皆を連れて逃げろ!」
「嫌です!」
リシェルが叫んだ。
全員が驚く。
「私のせいで皆が危険になるのは嫌……!」
「リシェル」
「だったら私が行けば……」
「行かせるわけないだろ」
クラウスが遮った。
群青の瞳が真っ直ぐ彼女を見る。
「君を渡さないって言ったはずだ」
「でも……!」
「信じろ」
低く力強い声。
「今度は絶対、一人にしない」
轟音がして再び屋敷が揺れる。窓の外では魔術光が炸裂していた。王宮魔術師達が結界を破壊している。
「副団長」
侯爵が剣を抜く。
「頼めるか」
「当然」
クラウスも剣へ手を掛けた。
空気が張り詰める。
「グレイ」
「はい」
「地下避難路を開け。リシェルを連れて逃げろ」
「クラウス様!?」
リシェルが顔を上げる。
だがクラウスは静かに笑った。
「すぐ追いつく」
「でも危険です……!」
「俺を誰だと思ってる」
少しだけ不敵な笑み。
「王国騎士団副団長だぞ」
その姿があまりにも頼もしくて。
リシェルは胸が締め付けられた。
ドガァァン!!
ついに正門結界が砕け散る。
同時に、複数の魔力反応が屋敷へ侵入した。
「来たか」
クラウスの目が冷える。
そして彼は静かに振り返り、リシェルへ言った。
「……必ず迎えに行く」
次の瞬間。
彼は凄まじい速度で飛び出した。銀光の剣閃。直後、外から悲鳴と衝撃音が響き渡る。
ーー戦闘が始まった。




